第9話 勝ち筋


広間に足を踏み入れた瞬間、

空気が、ぴたりと止まった。


石と金属でできた獣――

それが、ゆっくりと首を上げる。


音はない。

だが、床に伝わる振動だけで、重さがわかる。


(……硬い)


刃が通らない相手だ。


クロウは、すぐに攻撃を考えなかった。

距離を保ち、視線を走らせる。


脚部。

関節。

胸部の装甲。


どれも分厚い。

だが、完全ではない。


(……動きが、ぎこちない)


像のように静止していた反動か、

最初の一歩が、僅かに遅い。


――守りが強い代わりに、初動が鈍い。


獣が踏み出す。


床が、軋んだ。


(床……?)


《空間把握(狭)》を使う。


広間の床下。

部分的に、空洞がある。


(……罠か、劣化か)


迷宮は、完全ではない。


クロウは、距離を取りながら円を描くように動く。

獣は、正面から追ってくるだけ。


(知能は……低い)


攻撃は単純。

腕を振り下ろす。

踏みつける。


速くはない。

だが、当たれば終わりだ。


《遅延感知》が、遅れて反応する。

攻撃のあとに、感覚が残る。


(軌道……覚えた)


クロウは、床の一部に視線を落とす。


(……ここだ)


《微調整》を、床に使う。

ほんのわずか。


次の瞬間、

獣の踏み込みで、床が沈んだ。


バランスが崩れる。


――今。


クロウは、攻撃しない。


さらに後退し、

同じ場所へ誘導する。


獣は、同じ動きを繰り返す。


二度、三度。


床の軋みが、確実に増していく。


(……来る)


《遅延感知》が、

今までで一番はっきりと、

“崩れる”感触を返してきた。


獣が踏み出した瞬間、

床が抜けた。


轟音。


石と金属の身体が、半身沈み込む。


完全に落ちない。

だが、動けない。


クロウは、距離を詰めた。


狙いは、唯一の露出部。

胸部の継ぎ目。


《微調整》を、自分に。

呼吸。

踏み込み。


短剣を、隙間へ差し込む。


刃は通らない。

だが――


内部構造に、引っかかった。


(……芯だ)


力を込めない。

捻る。


内部で、何かがずれた。


獣の動きが、完全に止まる。


数秒後、

光が失われ、石像へと戻った。


静寂。


クロウは、その場に立ち尽くした。


「……勝った、のか」


派手な一撃はない。

剣戟もない。


だが、負ける要素は潰した。


《蓄積変換》が、今までにない量で反応する。


――内部リソース、閾値突破。


身体が、熱を帯びる。


だが、暴走はしない。

あくまで、静かに。


(……これで終わりじゃない)


広間の奥。

壁に、扉がある。


今まで感じたことのない圧。


(……まだ、先がある)


クロウは深く息を吸い、

扉の前に立った。


最弱判定の冒険者は、

力ではなく、

勝ち筋を作ることで、

迷宮の一角を制した。

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