第3話 小さな成果


通路は、人ひとりがようやく通れるほど狭かった。

壁は粗く削られ、人工物だとわかる。だが、長い間使われていないのか、埃が厚く積もっている。


(隠し通路……か)


胸の奥が、僅かに熱くなった。

誰も気づかなかった場所を、自分だけが見つけたという感覚。


《空間把握(狭)》の範囲は心許ない。

だが、壁の向こうに“何もない”か、“空洞がある”かくらいはわかる。


慎重に進む。

数メートル先で、通路は小部屋に繋がっていた。


「……あった」


部屋の中央に、木製の宝箱がひとつ。

装飾は簡素で、罠の気配も薄い。


それでも、クロウはすぐには近づかなかった。


(迷宮だ。油断する理由はない)


床を見る。

壁を見る。

天井を見る。


《遅延感知》が、数秒遅れて違和感を返してくる。

危険――ではない。

だが、何か“仕掛け”がある。


(……箱、か)


《微調整》を、床の一部に使う。

力を加えるわけではない。

ほんの少し、角度を変える。


カチリ、と音がした。


箱の前の床板が、わずかに沈む。

だが、何も起こらない。


「……なるほど」


罠は、重さで発動する。

つまり――箱を開ける前に踏んだら、アウトだった。


遠回りして宝箱に近づき、ゆっくりと蓋を開ける。


中には、小さな革袋と短剣が一本。


短剣は使い古されているが、刃こぼれはない。

今使っている剣より、明らかに扱いやすそうだった。


「当たり……だな」


革袋の中身は、銀貨数枚と、淡く光る結晶。


(魔力結晶……?)


知識が、自然と頭に浮かぶ。

迷宮内でしか採れない素材。

価値は高いが、初心者が持ち帰れることは稀。


「……生き残れれば、の話か」


宝箱を閉じ、深く息を吐く。


――戦って、勝って、報酬を得た。


それだけのことのはずなのに、胸が静かに満たされていく。


《蓄積変換》が、また微かに反応した。

数値は見えない。

だが、確実に“何か”が積み上がっている。


(無駄じゃない……全部)


剣を持ち替える。

重さ。

握り。

振ったときの軌道。


《微調整》を、今度は自分自身に使う。

手首の角度。

踏み込みの深さ。


――違う。


ほんのわずかだが、確実に違う。


「……手応え、か」


強くなった実感はない。

数値が上がった感覚もない。


それでも、

次はもう少し、うまくやれる

そう思えた。


来た道を戻りながら、クロウは迷宮の空気を感じ取る。


危険はある。

死も近い。


だが――

ここには、確かに「積み重ね」が存在していた。


「もう一度だけ……行けるな」


最弱判定の冒険者は、

引き返さず、さらに深くへと歩みを進めた。

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