序章2
その日、わたしは部屋にいるのも飽いて中庭で一人暇を持て余していた。
中庭の真ん中には小さな池があり、すぐ横に公園などでよく見かける屋根付きの休憩所――たしか四阿と言うんだっけ? ――があり、わたしはこの暑い中、そこのベンチに座りテーブルに顔を突っ伏していた。
木陰でちょっとはマシ。頬に当たるひんやりとした木の温度でさらにマシ。
クーラーはきらい。お腹いたくなるから。昔っからだ。
「あー、あっつい。あっつい。辛い」
スマホを開いて友達にメッセージを飛ばす。
『暑い。ごめん。具合悪い。また今度にしよ』即返信。『えー! もー!』ちょびっとだけ悩んだ末、文言を付け加える。『また来週にしよ』『もー! 絶っ対だからね!』『わたし嘘つかない』『嘘ばっか! まあ、確かに暑いもんね。倒れられるよりはいいや』
「良い子」
今日は隣街まで友だちと買い物に行く予定だったが、あまりの暑さに早々にやる気を失くした。まあ行く気は誘いを受けた時点で五十パーセントくらいしかなかったんだけど。行けたら行くってやつね。当日の時点でその気も一割未満まで減。
夏休み序盤。今日も変わらず暑かった。この家含めたわたし周辺の女子高生たちは元気が有り余ってるようだが、わたしは全然そうじゃない。
庭を見渡す。
趣味人の碧姉(あおいねえ)がガーデニングと称してあっちこっちにわけのわからない植物を植えるものだから、一部が森みたいになっている。嫌いじゃないけど暑苦しい。これ以上この家を妙な様相にしないで欲しい。ただでさえ、風通り悪いのに。色んな意味でさ。
「…………!」
ふと、甲高い女性の声が聞こえたような気がして顔を上げた。
「?」
二階かな? 二階はここからだとほとんど見えない。各部屋は窓からベランダに続いているため、中庭のこの位置からだと二階はベランダの一部しか見えないのだ。
「沙弥姉(しゃみねえ)の部屋かな」
あの引きこもりがどうしたんだろう?
もう五年になる。わたしが中学の時に引きこもってそれきりだ。
ガタガタ音がした。窓ガラスを内側から叩くような、どこか切迫感のある音。
気になって四阿から出てみる。暑い日差しが肌を刺すのも構わず、二階の沙弥姉の部屋を見上げる。ベランダが影になっていてやはり見えない。
碧姉が植えた向日葵の真ん中を突っ切って進んで行く。向日葵は天高く伸び、黄色の花たちは、東の沙弥姉の部屋へ向けて咲き誇っているよう。青臭いったらない。
覗き見なんていけないいけないと思いつつ、好奇心が抑えられなかった。沙弥姉の顔も久しく見ていない。もし顔でも合わせられれば嬉しいなと思ったのだ。直接行っても無理なのは分かり切っているから。ならばこうして隅から覗くくらい。
ざらざらっとした茎を手で押しのけ、向日葵の二階を覗く。左から三番目の部屋。紺のカーテンが半分ほど開かれていた。「お」とわたしは声を出す。それが開いているところを久しぶりに見たから。
そして、沙弥姉の姿も久しぶりに見たから。そう、沙弥姉のああした、生まれたばかりの姿を見たのは、一体いつ以来か。一緒にお風呂に入ったのなんて、それこそ五年やそこらじゃ利かな――
「――って。はあ!?」
沙弥姉がいた。
素っ裸の。生まれたばかりの姿の。あら、成長しちゃってまあ。
おっぱいなんてぶるんぶるん。誰の遺伝子だ? て、半分くらいわたしにも宿っているんだけど、この差はなに? って、そうじゃなくてさ。
「なんで。あいつが」
後ろに、長兄がいた。素っ裸の。生まれたばかりの姿の。
こいつのは、記憶を探る限り、見るのははじめてかもしれない、なんて思って、じっくり観察している場合じゃなかった。
沙弥姉が、お兄ちゃんに、突かれている。
お尻を。
まあつまり、性行為をしていた。セックス。
そう、セックスをしている。目の前で。同じ家で。同じ家族同士で。
は?
は?
は?
あ?
「あ。まっず!」
咄嗟に向日葵の群れの中へ隠れた。こちらから見えると言うことは、あちらからだって見える。
羽田沙弥(はねだしゃみ)――怠惰でずぼらで、何かと愚痴ばかり。沙弥姉が伸ばしっぱなしの黒髪を乱して一心不乱に、まるで誰かに見せ付けるようにして性行為をしている。
わたし、混乱。
え? え? お兄ちゃんと? なんで? なして? そんな様子、今まで微塵も……。と今言えるほど、直近の沙弥姉をわたしは知らない。
恐る恐るもう一度顔を出してみる。
ちょうど行為を終えたのか、沙弥姉が荒っぽい息を吐いていた。よくよく見れば、沙弥姉は右手でカーテンを掴んでいて、それで体を支えながらも隠すようにしている。口を尖らせ、お兄ちゃんに何か文句を言っているようだ。先ほどの沙弥姉の仕草も思い返してみれば、口を押さえ、声を殺すようにしていた。
……終えたあの状態ってまだ兄のアレが入ってるってことなのかな? こっからじゃ見えないから分かんないんだけど、男の人ってそのくらい維持出来るもんなの?
「って、それはどうでもいい。や。よくないけど。大事だけど。大事ではないな。や」
大事だ。
重大な事柄だ。家族の。
息を吐く。混乱を鎮める。まさか。
「むりやり?」
でも、たぶん、違う。お兄ちゃんも笑顔で沙弥姉の文句を受け流しているようだし、沙弥姉も微かに微笑んでいる。アレがむりやりだとはどうしても思えない。
お尻突き出して振り向きぶう垂れている沙弥姉は、めちゃくちゃにエロかった。あっ、ちょっと動いた。沙弥姉の肩とおっぱいがビクついたのが、ここにいても分かる。汗に塗れたお兄ちゃんの表情はいつかどこかで見たことある嗜虐的なそれで、その表情に自分の体が震えるのが分かる。苦い中学の記憶。
よし、一旦、落ち着こう。わたしは夏の青臭さに身を隠す。あっちはどんな匂いがしているのかな。なんて場合じゃなくて。これ以上見たくもないから目を閉じる。
こめかみに手をやる。頭痛がする。これじゃあ日射病の方がナンボかマシだ。今は熱中症って言うんだっけ?
「……ばか」
見たくもないけど、チラと見てしまう。蹲って顔上げて。あは。
あんなに楽しそうにしちゃって。
同意の元でやっているんだな。
奴ら。
「だったら」
わたしは想う。家族を想う。家族だからこそ想う。説教しようだなんて今の段階では思わない。けれど、問うてみるくらいはしなきゃならないだろう。ね。家族として家族として家族として。
「沙弥姉……は無理、だから、お兄ちゃんか」
溜息をつく。ちょっと億劫。いやだいぶ億劫。
聞いてもいないことまでぺらぺら話してくれそうではあるが、肝心なところは煙に巻かれそうな気もする。けれど逃げるわけにもいくまい。家族だから。そう、家族なら。
ハーレムエンドの成れの果て ミズノトアミ @yumies
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