第2話 彼は猪突猛進にしか進めない

直哉は、自分が大学生として「平均」からどれくらいズレているのか、いまいち理解できていなかった。


 朝九時。二限の講義が始まる十分前。

 キャンパスの中庭を突っ切りながら、直哉は小走りで教室を目指していた。


「やべ、またギリだ」


 口に出して言うほど焦ってはいない。

 遅刻常習犯というほどでもないが、時間に余裕を持つという発想が、そもそも彼の人生にはあまりなかった。


「おーい直哉。走ると余計汗くさくなるぞ」


 後ろから声をかけてきたのは友田だった。

 細身で、黒縁眼鏡。いかにも理系に見えるが、性格は意外と軽く、いつも一歩引いたところから周囲を観察しているタイプだ。


「うるせえ。汗は努力の証だろ」

「努力してないやつほど言うセリフな」


 二人は並んで歩き、講義棟に入る。

 友田は直哉と違って、いつも少しだけ余裕がある。遅刻しないし、ノートも取るし、教授の名前も覚えている。


 直哉にとって友田は、大学という場所における安全装置みたいな存在だった。


「で、昨日の占いどうだった?」

「……聞くな」


 友田はニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。


「また外れ?」

「外れどころじゃない。真逆だ」


 直哉は思い出す。

 ボロアパートの一室。金色の髪。強気な視線。

 星見翠という女。


 ――あなた、今日は“運命の出会い”があります。


 結果はどうだったか。

 出会ったのは教授に怒られる未来と、コンビニの割引弁当だけだった。


「占いってさ、当たる当たらない以前に、信じるやつがバカなんだと思うんだよ俺」

「昨日まで信じてたやつの発言とは思えないな」


 教室に入ると、すでに数人が座っていた。

 その中に、直哉は見覚えのある顔を見つけてしまう。


「あ……」


 小笹だった。


 高校時代の幼馴染。

 黒髪で、どこか大人びた雰囲気の女の子。

 そして――直哉が、人生で初めて全力で告白して、全力で振られた相手。


 よりにもよって、隣には友達らしき女子が二人。

 楽しそうに話している。


 直哉は見なかったことにしようとして、失敗した。


「……あ、直哉じゃん」


 声をかけられてしまった。


「久しぶり」

「お、おう……」


 気まずさが一瞬で場を支配する。


「ねえねえ、この人があの“伝説の告白”の?」

「ちょ、やめろよそれ」


 小笹は笑いながら言った。


「急に校舎裏に呼び出されてさ、『好きです! 一生大事にします!』って。

 あれ、猪突猛進すぎでしょ」


 周囲の女子がくすくす笑う。

 直哉の耳が熱くなる。


「……悪かったな」

「いや、嫌だったってわけじゃないよ? びっくりしただけ」


 フォローになっていない。


「直哉って昔からそうだよね。考える前に突っ込む」

「……」


 直哉は返す言葉を失った。


 講義開始のチャイムが鳴り、会話は強制終了した。

 だが胸の奥に、鈍い痛みが残る。


 席に着いた直哉は、机に突っ伏した。


「……俺、やっぱダメだわ」

「今さら?」


 友田が小声で言う。


「でもさ」

 少し間を置いてから、友田は続けた。

「お前のその猪突猛進、俺は嫌いじゃないけどな」


「慰めになってねえ」

「なってるって。少なくとも俺は、お前が本気で走るところ、ちゃんと見てる」


 直哉は黙ったまま、天井を見上げた。


 考えてから動く、ということができない。

 思ったら行く。感じたら突っ込む。

 その結果、だいたい転ぶ。


 それでも。


 ――あの占い師の目。


 昨日の翠の視線が、なぜか頭から離れなかった。


「なあ友田」

「ん?」

「もしさ。運命とか未来とかが、本当にあるとしたら――」

「また占いの話?」


「……それを、誰かの“気持ち”で狂わせることって、あると思うか?」


 友田は一瞬考えてから、肩をすくめた。


「さあな。でも、人の人生狂わせるのなんて、だいたい恋心だろ」


 直哉は息をのむ。


 そのときだった。


 スマホが震えた。

 知らない番号からの通知。


 ――《次に会う時、あなたの運命はもっと歪む》


 短い一文。

 心臓が、どくりと鳴った。


 直哉はまだ知らない。

 自分の大学生活が、すでに“起”を終えてしまったことを。

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2026年1月15日 21:00
2026年1月16日 08:00
2026年1月16日 22:00

未来が全部見える占い師は、俺の前でだけ余裕がない daaaaaaaawn @zakosi2

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