未来が全部見える占い師は、俺の前でだけ余裕がない

daaaaaaaawn

第1話  彼女の占いは外れない

 星見翠の占いは、外れない。


 それは噂話でも、誇張された評判でもなかった。

 駅前の古びた雑居ビル二階。エレベーターもない階段を上った先の一室で、彼女は人の未来を言い当てている。一時的な出店のようだがだが、「よく当たる」という噂は年齢問わず、人々の間に知れ渡った。


「その恋は、夏前に終わります」

「今の仕事はやめた方がいい。来年、後悔します」

「三限に出席してください。今日は点呼があります」


 断言。迷いなし。

 未来を“占う”というより、“確定事項を読み上げる”態度だった。


 大学生でありながら、占い師として生活費と学費を稼いでいる少女。

 金色がかった長い髪に、端正すぎる顔立ち。

 強気で、他人の人生に遠慮がない。


 それが星見翠だった。


「……次の方」


 名前を呼ばれて、俺は軽く手を挙げた。

 大学二年の四月。新学期。

 友人に「当たりすぎて怖い占い師がいる」と連れてこられただけだ。


 正直、占いは信じていない。


 占いが外れることを、俺は知っている。


「座って」


 対面の椅子に腰を下ろすと、翠は俺を一瞥した。


「占い、好きじゃなさそう」

「初対面で決めつけますね」

「顔に出てる」


 自信満々に言い切られる。

 その態度に、なぜか腹が立たなかった。


 翠は水晶に手を伸ばす。

 細い指先が触れた瞬間、室内の空気が変わった気がした。


「名前」

「宮坂直哉」

「生年月日」

「四月十二日」


 告げた瞬間だった。


 翠の動きが、止まった。


「……」


 一秒。二秒。

 沈黙が長い。


 これまで淀みなく未来を語っていた占い師が、

 水晶を見つめたまま、言葉を失っている。


「どうかしました?」

「……静かに」


 声が、わずかに硬い。


 翠はもう一度、水晶に集中する。

 けれど、眉間の皺は深まるばかりだった。


「……おかしい」


 小さく、誰にも聞かせないように呟く。


「何が?」

「あなたの未来が……」


 言葉を切り、翠は俺を見る。


「見えません」


 はっきりと、そう言った。


「……見えない?」

「はい。進路も、恋愛も、事故も、成功も。

 “起きるはずの未来”が、全部ノイズで潰れています」


 冗談を言っている顔じゃない。

 占いが外れた、というより――存在しないと言われている感覚だった。


「そんなこと、あるんですか」

「……普通は、ありません」


 翠が視線を逸らす。

 未来が見えないことへの動揺か、その頬が、わずかに上気している。


「今日はここまでにしてください」

「え?」

「料金はいりません。占い、終了です」


 立ち上がり、ブースのカーテンを閉めようとする。

 拒絶に近い態度だった。


「俺、何か悪いことしました?」

「してません。ただ……」


 翠は言いかけて、口を噤んだ。


 数秒の沈黙。

 そして、絞り出すように言う。


「あなたに関わると、私の占いが壊れる」


 思わず、笑いそうになった。


「大げさですね」

「大げさじゃない」


 翠はきっぱりと言った。


「私の占いは、外れない。

 ――外れたことが、ないんです」


 それが、彼女の“絶対性”だった。


 なのに。


「なのに、あなたを見た瞬間から……」


 翠の声が、少しだけ震える。


「私自身の未来まで、見えなくなった」


 空気が凍る。


 占い師が、自分の未来を失う。

 それがどれほど致命的なことか、占いを信じない俺でも分かった。


「もう、帰ってください」


 それ以上、話す気はなさそうだった。


 廊下に出た瞬間、背後で扉が閉まる音がする。

 その向こうで、翠が深く息を吐く気配がした。


 ――やっぱり、外れた。


 それだけのはずなのに、胸の奥がざわつく。


 俺は昔から、占いが当たらない。

 それは偶然じゃない。

 そういう星の下に生まれただけだと思っていた。


 けれど。


 階段を下りながら、ふと気づく。


 あのとき、翠は占いを外したんじゃない。

 自分の心を、外し始めていた。


 そして、その原因が――

 俺だということだけは、確かだった。

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