第3話 あけおめ

 読書が一向にはかどらないのであきらめ、幸子は動画を見ることにした。お気に入りのお笑い芸人の平和なやり取りを見ているうちにあっという間に時間は過ぎ、気がつけば時計の針は23時を回っていた。眠気を感じたので、寝落ちする前にお風呂に入ることにする。


 湯舟につかり、深く息を吐く。ぐるぐるとめぐっていた思考が、お湯に溶け出していくようだ。


 幸太は幸子と違って行動力がある。かと言って強引さはなく、ちゃんと気遣いや気配りができる。友人も多く、幸子も何度か誘われて一緒に遊んだことがあった。名前も顔も覚えきれないほどの同年代の男女が集まっていた。みな気さくでいい人たちだった。

 しかし、人見知りで団体行動が苦手な幸子にとっては、つらい時間でもあった。気心が知れた数少ない友人と過ごすことが当たり前の幸子には刺激が強すぎたようで、翌日体調を崩した。身体じゅうに蕁麻疹ができて、かゆくて夜も眠れない状態が3日以上続いた。心底、自分には向いていない環境だったのだと感じた。


 今幸太が行っている友人たちとの宴会も、参加しようと思えばできた。しかし気疲れしてしまうのが目に見えていたので辞退した。また具合が悪くなるかもしれないという恐怖もあった。


(こーたん、私のことなんか忘れて楽しんでいるんだろうな)


 自分が彼らの輪に入っていけない心苦しさやら、彼氏が恋人よりも友情を選んだという敗北感やら、こんなことをいつまでもひとりでぐずぐずと考えてしまう自分の器の小ささやらで、幸子の心はずっしりと重くなった。知らなかった。自分がこれほど重い女だったとは。


(きっとみんな、今ごろすごく盛り上がっているだろうな。年明けまでのカウントダウンとかしちゃってさ。あ、そういえばもうすぐ日付が変わるころかも)


 浴室の液晶モニターに表示された時刻を見ると、午前0時11分を迎えたところだった。宵っ張りの幸子には、よくある年越しのパターンである。

 恋をして、仕事も頑張って、それまでの自分とは大きく変わったつもりでいたけれど、実は大して進歩していないのかもしれない。

 のぼせそうになりながら、幸子はまた深いため息を吐いた。



 髪を乾かしてから自室へ戻り、今度こそは読書に集中しようと机に向かった。そして、机の上のスマホに目がいった。もしかしたら幸太がメッセージを送ってくれているかもしれない。


(いやいや、だって友達と一緒だもん。きっとたぶん、みんなとボードゲームで賭け事とかして大騒ぎしてるよ)


 そう思いつつも、手のほうはスマホのロック画面を解除している。

 すると意外なことに、メッセージの通知が1件来ていた。まぎれもなく、幸太からである。幸子はどきどきしながら、画面をタップした。


あけましておめでとう!

今年もよろしくね!

いい1年にしよう!


 とてもシンプルな文面だった。しかし、それでも飛び上がるほど嬉しかった。

 送信時刻を確認すると、0:00となっている。


(0時ぴったりに送られてきた……ってことは、友達と盛り上がってる最中かもしれないのに、私のこと思い出してくれてたんだ。へえ、そっか……)


 幸子は机の引き出しにしまいこんでいたクマのぬいぐるみを取り出し、再び机に飾った。そしてぽんぽんと頭を撫でた。あまりにも単純な心の変化に自分でもあきれる。しかし、恋とはそういうものかもしれない。

 幸子は頬をゆるませて文字を打つ。


あけましておめでとう!

今年もよろしく!

笑顔あふれる1年にしようね♪


 それから「大好き!」と打ってみたものの、やはり気恥ずかしくなって消し、代わりに馬の絵文字を連ねて送信した。

 するとすぐに既読になり、ひゃっほーいと飛び跳ねるクマのスタンプが送られてきた。思わず声を出して笑う。


(早く会いたいなぁ……)


 幸太は友達が多いから、この先も寂しい思いをすることがあるかもしれない。でも、今はそのことは忘れて、幸せな気分に浸っていたい。


 眠気が吹き飛んでしまった幸子は、旅行のための荷造りを始めた。何を着ていくべきか。寒いから上着は必要だ。マフラーと帽子も持っていこう。それから下着と、スキンケアセットと、ヘアアイロン、化粧品、スマホの充電器、写真を撮るための三脚、携帯用の加湿器なんかもあったほうがいい。それと、車の中で食べるお菓子も……と、荷物はどんどん増え続け、夜もどんどん更けていった。


 パンパンに膨れ上がった旅行用のバッグを見て、幸子は思う。

 今年はこんなふうに、幸せではち切れそうな1年にしよう。

 つらいことも悲しいことも全部小さく折りたたんで、豆粒くらいにぎゅっとして、空いているスペースに大好きなものをぎゅうぎゅうに詰めていくんだ。

 そしてバッグを移動しようと持ち上げたところで、あまりの重さによろけ、苦笑した。


「幸せって重たいんだねぇ」


 幸子は言い訳するようにつぶやいて、荷物をサブバッグに振り分ける作業に取り掛かった。


(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あけおめ、大好き! 文月みつか @natsu73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画