第7話 圧倒的で、魅力的なカオス。

カオスとしか言いようのない夕食だった。


「ヴェルちゃん、好き嫌いない? 宇宙食……じゃなかった、向こうの料理とは違うでしょう?」

(今宇宙食って言った!?変な知識まで植え付けられてない!?!?)

「ううん、お義母さんの唐揚げ、宇宙一美味しいです(モグモグ)」

「まあ! 嬉しいこと言ってくれるわねぇ!」


 洗脳の効果は絶大だった。

 両親はヴェルを「理想の嫁」として完全になじませていたし、ヴェルもヴェルで、胃袋がブラックホールなのか、大皿の唐揚げを一人で八割方平らげた。

 俺の分は二個しかなかった。理不尽だ。


 そして食後。

 俺はようやく解放され、至福のひととき――入浴タイムを迎えていた。


「……はぁ、疲れた」


 湯船に浸かり、天井を見上げて長嘆息を漏らす。

 今日一日で起きた出来事のカロリーが高すぎる。

 チュパカブラ、お姫様抱っこ、ストーカー、そして許嫁。

 俺の「事なかれ主義」ライフは、もはや風前の灯火だ。


「まあ、風呂に入ってる間だけは平和だろ……」


 俺がタオルをお湯に浮かべ、現実逃避のために目を閉じた、その時だった。


 ガラララッ。


 浴室の引き戸が、無遠慮に開いた。


「ん?」


 母さんが替えのタオルでも持ってきたのか?

 俺はのん気に振り返り――そして、石化した。


「やっほー、ダーリン。湯加減どう?」


 湯気の中に立っていたのは、一糸まとわぬ銀色の裸身だった。


「ぶほォッ!!??」


 俺は湯船の中で盛大にむせた。

 鼻にお湯が入る激痛。だがそれどころではない。


「な、ななな、なんで入ってきてんだお前ェェェッ!! 鍵! 鍵かけたよな俺!?」

「あんなプラスチックの鍵、爪で撫でたら開いたよ」

「ピッキングかよ!」


 ヴェルは悪びれもせず、洗面器とタオルを持って入ってきた。

 隠す気などゼロだ。堂々とした仁王立ちである。


「なんでって、お義母さんに言われたからね」

「母さんに!?」

「『透は背中洗うの下手だから、ヴェルちゃんが流してあげて』って。あと『孫の顔が早く見たいわねぇ』ってウインクされた」


「あのバカ親ァァァッ!! 洗脳の副作用が変な方向に出てるぞ!!」


 俺は頭を抱えた。

 許嫁設定にしたせいで、両親の倫理観リミッターが外れている。


「ということで、失礼しまーす」

「待て待て待て! 来るな! 俺の理性が死ぬ!」


 俺は必死にタオルで股間をガードし、湯船の隅に縮こまった。

 だが、そんな抵抗も虚しく、ヴェルはシャワーで軽く身体を流すと、当然のようにこちらへ歩いてくる。


 その肢体が、目に毒すぎた。


 普段のボーイッシュな服の下に隠されていたのは、とんでもない凶器だ。

 全体的にはスレンダーで、余分な脂肪など一切ない。戦闘種としての機能美を感じさせる、しなやかな筋肉のライン。

 

 スレンダーなのに、触れば吸い付くような柔らかさがありそうな、絶妙な肉感。



「……ん? 何じろじろ見てるの?」

「み、見てない!」

「嘘つき。心拍数、爆上がりしてるよ?」


 ヴェルはニヤリと笑うと、俺の隣――狭い日本のユニットバスの湯船――に、無理やり身体をねじ込んできた。


 チャプン、と水位が上がる。

 それと同時に、スベスベした肌が俺の腕に密着した。


「ひぃッ!」

「あー、いいお湯。やっぱり一緒に入ると温まるねぇ」


 彼女は俺の腕に抱きつき、濡れた銀髪を俺の肩に貼り付けた。

 太ももの裏や、柔らかい胸の側面が、容赦なく俺の肌に押し付けられる。


「ち、近い! 当たってる! いろいろ当たってるから!」

「当たるよ、お風呂だもん。……ねえダーリン、洗ってあげようか?」

「結構です!!」


 彼女の手が、湯船の中で俺の腹筋(そんなに割れてない)をツーっとなぞり、下腹部へと伸びようとする。

 俺は必死でその手を掴んで止めた。


「あのな、俺だって健康な男子大学生なんだぞ。こんな状況で我慢できるわけないだろ!」

「え? 我慢しなくていいのに」


 ヴェルはキョトンとして、小首を傾げた。

 その瞳は、純粋無垢な子供のようにキラキラしている。


「だってボク、ダーリンのモノだよ? 許嫁だし、つがいだし」

「そ、そういう問題じゃなくて……順序とか、心の準備とか!」

「面倒くさいなぁ、地球人は」


 彼女はふわりと笑うと、俺の耳元に唇を寄せた。

 吐息がお湯の熱気よりも熱い。


「ボクはいつでもいいよ? 君になら、中身全部かき回されてもいいって思ってるし」


「ブフッ!!」


 その言い回しはやめろ。

 想像力が刺激されて、俺の理性の堤防が決壊寸前だ。


「……まあ、今日は疲れてるみたいだから、これくらいにしてあげる」


 俺の顔が真っ赤になっているのを見て満足したのか、ヴェルはクスクス笑いながら少し身体を離した。

 だが、離れたのは上半身だけだ。

 水中では、彼女の滑らかな足が、俺の足にしっかりと絡みついている。


「逃がさないけどね」


 そう言って目を細める彼女は、間違いなく「捕食者」の顔をしていた。

 俺の平穏な日常は、もう戻ってくることはないのだと確信した...。

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