第5話 外宇宙からの来訪者(?)

「……頼む、離れてくれ。社会的に死ぬ」


 駅前ロータリーのど真ん中。

 俺は周囲の視線に針のむしろを感じながら、背中にへばりつく銀色の生物(美少女)を引き剥がそうと必死だった。


「やだ。充電中」

「家でやれ家で! ここは外だ!」

「じゃあ家ならいいの?」

「言葉のアヤだ!」


 なんとか物理的に彼女を引き剥がし、俺は早足で歩き出した。

 目指すは実家……の、正反対の方向にある知らない住宅街だ。


 正直、限界だった。

 羞恥心だけじゃない。

 密着された時に感じた、パーカー越しの柔らかさと体温。

 そして、鼻腔をくすぐる甘い花の香り。

 悔しいが、こいつの見た目は俺のストライクゾーンど真ん中なのだ。

 あんな状態でくっつかれては、健全な男子大学生の理性が焼き切れてしまう。


「……はぁ、はぁ。ここまで来ればいいだろ」


 駅から十分ほど歩いた人気のない公園脇で、俺は足を止めた。

 彼女――ヴェルは、散歩を楽しむ犬のように上機嫌でついてきている。


「ねえ、手繋がない?」

「ポケットから出すな。ステイ」


 俺は彼女を牽制しつつ、歩きながら尋問を開始した。

 情報を吐かせないと、対策も立てられない。


「まず一つ目。なんで大学に来なかった?」

「んー?」

「昨日の執着ぶりなら、教室まで乗り込んでくると思ったんだが」

「あー……それね」


 ヴェルは小石を蹴りながら、少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。


「行こうとは思ったよ。でも、校門の前で想像しちゃってさ。ボクが教室に入ったら、君、すっごく嫌そうな顔するだろうなって」

「……お前、意外と空気が読めるんだな」

「君に嫌われるのは本意じゃないし。我慢したんだよ? 偉いでしょ?」


 彼女は「褒めて」と言わんばかりに顔を近づけてくる。

 確かに、そこまで気を遣ってくれるなら……と思いかけたが、結局駅前で待ち伏せして俺を社会的に抹殺しかけたのを思い出して、前言撤回した。

 こいつの配慮はベクトルがおかしい。


「二つ目。お前は何者だ? 名前は?」

「名前? 地球の言語だと発音できないけど……」


 彼女は口を開き、『■■■■(チュイィィィン)』という、ガラスを引っ掻いたような高周波ノイズを発した。


「耳が!」

「ね? 不便でしょ。だから『ヴェル』でいいよ。」

「アナグラムか?」

「直感だよ」


 ヴェルは悪びれもせず笑う。


「正体は、君たちの言葉で言うなら『外宇宙からの来訪者』かな」

「宇宙人かよ。……で、侵略でもしに来たのか?」

「ううん。『つがい』を探しに来たの」


「……は?」


 俺の足が止まった。

 彼女は夜空を見上げながら、ロマンチックな口調で語り出した。


「ボクの種族、個体数が少なくてさ。星の海を渡って、魂の形が合うパートナーを探す旅をしてるんだ」

「それで、地球に?」

「うん。何万光年も探して、やっと見つけた。君だよ、ダーリン」


 彼女は俺の手を強引に握りしめ、熱っぽい瞳で見つめてきた。


「昨日、君を見た瞬間に『運命線』が見えたんだ。今までにない相性の良さ。ボクの全てを受け入れてくれる器。……君以外、考えられない」


 重い。

 設定も愛も、物理的な距離も、何もかもが重い。

 だが、その瞳があまりに真剣すぎて、俺は毒気を抜かれてしまった。


「……そうかよ。買いかぶりすぎだと思うけどな」


 俺は溜息をつき、目の前のボロアパート(築四〇年・木造)を指差した。


「で、ここが俺の家だ」

「…………」

「家族がいるから、お前を入れることはできない。ここでサヨナラだ。星に帰ってくれ」


 大嘘である。

 俺の実家はここから徒歩三〇分の場所にある、ごく普通の一軒家だ。

 ここで彼女を撒いて、タクシーで帰る。完璧な作戦だ。


 ヴェルは、傾いたアパートと、俺の顔を交互に見た。

 そして。


「ぶっ……あはははは!」


 腹を抱えて爆笑した。


「な、なんだよ」

「あはは! 最高だよ君! 本当に可愛いね!」

「笑い事じゃないぞ!」


 ヴェルはひとしきり笑うと、涙を拭いながら俺の胸を指差した。


「ねえダーリン。昨日、ボクが君の心臓に『マーキング』したの忘れた?」

「マーキング?」

「そう。あれ、GPS機能もついてるんだよね」


 俺の顔が引きつった。


「君の家、あっち(正確な実家の方角)でしょ? 座標、バッチリ見えてるよ?」

「……は?」

「なんなら、君が今どれくらい心拍数上がってるかも分かるし」


 終わった。

 俺の小賢しい嘘も、三〇分の遠回りも、全て彼女の掌の上だったのだ。


「……じゃあ、なんで黙ってついてきたんだよ」

「だって、必死に嘘ついてボクを遠ざけようとしてる君が可愛くて。つい、もっと困らせたくなっちゃった」

「性格悪っ!!」


 彼女は悪戯っぽく舌を出すと、俺の腕にギュッと抱きついた。


「さ、無駄なお散歩は終わり。帰ろう、ダーリン」

「ちょ、待て! だから親がいるんだって! どう説明するんだよ!」


 俺は最後の抵抗を試みる。

 いきなり銀髪の美少女(宇宙人)を連れて帰ったら、昨日の比じゃないくらい親父の雷が落ちる。


「説明? いらないよそんなの」


 ヴェルは事も無げに言った。


「洗脳(催眠)かければ一発でしょ」

「犯罪だっつってんだろ!!」


「大丈夫、後遺症は残らないようにやるから。……たぶん」

「たぶんって言った!? 今たぶんって言ったよな!?」


 俺の抗議も虚しく、ヴェルは俺を引きずって歩き出した。

 向かう先は、俺の本当の実家。

 こうして、俺のささやかな抵抗は、宇宙的な科学力の前に無残に散ったのだった。

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