第4話 資格
「急に試験監督なんて頼んで悪かったなあ。大変だったろ。」
「いいえ、ちょうど今期は暇だったので、大丈夫ですよ。」
ヒゲを生やしたガタイのいい男性と、黒髪メッシュの少年が、廊下を並んで歩いている。
「にしても、縁さん。今回の試験は思い切りましたよね。各グループに1人ずつ“レジスタ隊員”を紛れ込ませるなんて。」
「そうだよなあ。おかげで関東支部だけじゃ手が足りなくて、お前までわざわざ本部から呼んでるんだもんな。」
原則、試験監督が可能なのはC以上の等級の隊員である。そして、C以上の隊員となると顔が知れていることが多く、受験者が隊員について知っていることがあるため、知れ渡っていない隊員は数少ない。
そして、試験は通常、管制室のモニターで全受験者を写し、それを見て試験官が判断すると言うものだ。今回の試験は、かなり異常なのである。
「各グループに1体ずつ、等級がDの怪物を紛れ込ませてあるから。が理由って......。まあ、前々回の試験で”量“を合格させたせいで、支部内F〜D層の治安が悪化。そして前回は“質”を求めすぎたせいで合格者は0。」
「安全装置としてC以上の隊員を混入させて、現地とモニターの両方で審査。”質“を求めるために、D等級への対応もみる。まあ、よく考えたよ。あの人。」
「あはは、僕もそう思います。」
「......んで、お前がさっきから背負ってる、その子は?」
ヒゲの男性が、少年の背中を指差す。
そこには、すうすうと眠る1人の少年___彰の姿があった。
「ああ、僕が行ってたグループの、唯一の実技合格者ですよ。」
黒髪の少年は、笑顔で答えた。
●
「......う。」
うめき声を上げながら、体を起こす。目を開けると、ベッド脇には、あの”黒髪メッシュの少年“が座っていた。
「起きたんだね。」
そう言って、少年はゆるりと笑う。
「......ここは。」
僕は周囲を見回しながら、状況を把握しようとする。と、ふと違和感に気づく。
「あれ、怪我が......。」
「そう。擬似怪物につけられた傷は、全てホログラムで再現されたもの。」
「痛みや血の感覚は、本当にリアルに最新技術で再現したものになるよ。だから、痛みは体験していても、実際体には1つも傷がつかない試験だったんだ。」
そう言われて、驚愕する。確かに、血が流れ出て、全身が冷え切るような感覚があったはずだったのに。全部、技術で再現したものだったなんて。
その証拠に、僕の体には今傷一つ見られない。
と思ったが、それよりもまず、少年に聞かなきゃいけないことがあった。
「あなたは、誰ですか......?」
「ん、僕はね。君たちのグループに紛れ込んだ、”レジスタの隊員“。つまり試験監督だよ。」
「試験監督......?」
兄から聞いていた話では、試験監督は現地にはおらず、モニターでフィールドの外から逐一僕らを観察している。とのことだった。
が、今回は現地に試験監督がいたのか......?
「今回の試験、君が最後に対峙した怪物は“D”等級だった。他の怪物が“F”なのに対して、ね。」
「それで、“万が一”の時のために僕らがいたのさ。じゃあここで1つ質問。怪物が“それ”をもっていると、ワンランク等級が上がるものが何か。知ってる?」
「知性、ですか?」
「そう。その通り。」
「Fの怪物たちには“知性”がない。それに、攻撃の威力が“致命傷にならない”ものばかりだから、蓄積でのみ“死”に近づく。」
「それに、知性がないから”とどめ“を刺しに来ない。倒れたらそこで”死んだ“って誤認するからね。」
「痛みの蓄積データが“死”に届く前に、試験官が指示を出して、安全で特殊な電波で受験者の意識を無くせば、受験者は“死”を体験しないんだ。」
「でも、”知性“がある怪物は違う。人間を徹底的に殺すため、確実に”とどめ“を指しにくる。それも、一撃で。」
あの時の感覚を思い出し、背筋がヒヤリとする。
「そうなると、いくら画面越しの試験官が指示を出そうとしても、間に合わない。受験者が”死“の強烈な痛みを感知する可能性がある。」
「じゃあ、その怪物と遭遇した時点で、意識を刈り取るっていうのは...?」
「それだと、試験の意味がない。」
「だから、その怪物と対峙して。“死”を体験しないようにするのが、今回の僕の役目。」
少年はそう言うが、その場合、疑問が残る。
「じゃあなんで、あの倒れてた人はあんなに深傷を負ってたんですか......?」
男性が言っていたのが本当なら、あの倒れてた人は“急に飛び出してきた”あの怪物にやられて、倒れたんだと思われる。なら、あの怪物なら不意打ちをしているだろうし、それは確実に”致命傷“となる一撃だっただろう。
じゃあ、あの人は”死“を体験しているのではないか?
「ああ、あの人はね。死を体験する直前に僕がその人の意識を刈り取り、怪物の攻撃を防いだんだ。その後は”見かけだけの深傷“を、画面の向こうの試験監督に、プログラムで組み込んでもらったんだよ。」
「その後は近くに隠れてたよ。違う方向に行ったはずの僕が、近くにいたら明らかに怪しいでしょ?」
「ちなみに、その時点で君たち以外は全員怪物にやられてたよ。」
そう言われて、僕は息を飲む。そして、目の前の少年のすごさに戦慄した。
そして、もう一つ。
自分の実技試験の合否に、期待が生まれた。
●
「あの。ところで僕の、実技試験の結果は......?」
会話が一区切りしたところで、恐る恐る少年に聞いてみる。
すると少年はこちらを見て、数度瞬きをした後に。
「あ、そういえば言ってなかったね。もちろん合格だよ。それに、このグループでは唯一の。」
「え......?」
あのグループで、唯一。ということは、僕と一緒にいたあの男性や、倒れていた人。他に散らばっていった人たちも、不合格だったということなのか。
「合格理由、聞く?」
「は、はい。」
少し動揺しながらも、少年の話に耳を傾ける。
「まずは状況適応能力。これは数人のチーム分けの時、賛同しなかったあの人はもうすでに不合格決定だったよ。」
「レジスタでは、隊員は基本1人で任務を行わない。2人以上、場合によっては数十人の共同作戦だってあり得るんだ。あの状況で、チームにならないなんて、あり得ないんだよ。」
「次に、基礎体力。フィールド、やけに広かったでしょ?それに、怪物の集まるポイントまで行くにしても、道中襲いくるから、ある程度基礎体力がないと無理なんだ。」
「西に向かった人たちは、基礎体力不足で怪物のポイントにたどり着けなかった。だから不合格だね。」
「3つ目、戦闘力。北東に行った4人のうちの2人は、ここまで君と同じくクリアしていたんだ。試験経験者だから余裕そうだったよ。」
僕はその2人に比べると、余裕がなかったのだろう。あの距離を走ってなお、戦闘力が継続して出せるのは、正直すごいと思う。
「でも、次。」
「“命”の判断力。これが1番問われる。」
「レジスタは“抵抗”する組織。怪物に“命を奪われる”ことを見過ごすなんて、絶対にしちゃいけない。レジスタの隊員は、それに命を費やす覚悟がいる。」
「北東の2人は、残りの2人を囮にする作戦を決行し、結果失敗。全員怪物に囲まれて終わった。」
「北東の経験者2人は合格するって期待してたんだけど。まさかこんな事になるって思わなくてね。」
「だから、君だけ。わかった?」
ごくり、と。
喉が生唾を飲み込む。
「......はい。」
僕は、どこからか込み上げてくる、少しの寂しさと、嬉しさを、胸の奥で感じた。
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