あなたと私の逃避行
藤泉都理
あなたと私の逃避行
「もう絶対に城には戻らんっ!!!」
庭に飛び出した次期魔王が大声を出してそう宣言するや否や、使い魔である黒竜の背中に飛び乗ると、毒親が居る城から、毒親が支配する魔界から飛び出して、人間界へと向かったのであった。
目的はひとつ。
次期魔王に匹敵する力を持つ勇者と闘うために。
「勇者様はもう居ないわよ」
「なにっ!? 嘘を申すな」
「嘘じゃないわよ。だって魔界と人間界が平和条約を結んだから闘う必要がなくなったでしょ。だから勇者様は不要になったってわけ」
人間界の森に降り立った次期魔王が黒竜の背中からも降り立ったのち、そこで眠っていたお嬢様に勇者がどこに居るのかを尋ねると、以上の言葉が返されて絶句してしまった。
「まさか。魔界だけではなく、人間界も腑抜け者しか居なくなってしまったのか」
「あなた、魔物なの? まあ、このところ人間界に旅行に来ている魔物が多くなったから珍しくも何ともないんだけどね。あなたは、勇者の居場所を尋ねる当たり旅行者じゃないみたいだけど」
「武力こそ次期魔王の証と思い鍛えて鍛えて鍛えてきた。もう武力は必要ない、闘いは不要、誰とでもにこやかに仲良くなれるようにと腑抜けた事しか言わぬ毒親に背を向けて鍛え続けた。平和条約など知った事か。わしは勇者と闘うために生まれて来たのだ。だというに、あの毒親。言う事を聞かぬわしにとうとう痺れを切らし薬を使おうとしたのだ。闘争心を減退させる薬をだ。わしは相棒の黒竜に乗り城から飛び出した」
「ああ。なるほど。次期魔王様だったんだ。しかも闘争心が有り余っている。薬を飲んで来てほしかったなあ。暴れまくって人間界を滅ぼしそう」
次期魔王はお嬢様を睨みつけた。
「莫迦にするな、小娘。わしは誰も彼もに闘いを挑む阿呆ではない。わしが闘うに値すると定めた者しか闘いを挑む事はない。わしは誇り高き次期魔王ぞ」
ぱちくり。
お嬢様はやおら瞬かせてのち、じっと次期魔王を真摯な瞳で見つめながら、ごめんなさいと謝罪した。
「偏見の目で見て偏見の言葉を言った事を謝ります」
「分かればよい」
「待ってください」
お嬢様は即座に立ち上がると、黒竜の背中に颯爽と飛び乗った次期魔王を呼び止めた。
「私も毒親から逃げ出して来たんです。あなたとは逆で。闘いを仕込まれた。魔物は信用できない。いつか必ず平和条約を反故にする。だから魔物を確実に殺せるようにと。幼い頃から。嫌だと訴えても、他の家では魔物を信用しているって訴えても、親は聞き入れてくれなかった。親に殺されるって、いつもいつも恐れていた。漸く逃げ出せて、これからどうしようか森の中で考えていたところにあなたが来た。暴力者の魔物が来たって思った。私、恥ずかしい」
「懺悔ならばもう聞き入れたぞ」
「私と闘いませんか?」
「なに?」
「勇者になれるようにと鍛え抜かれました。あなたを失望させないだけの力はあると自負しています」
真摯な瞳と真剣な表情で見上げてくるお嬢様を暫し無言で見つめ返した次期魔王。やおら色気が注がれた酷薄な微笑を浮かべると、聞いておらなかったかと言った。
「わしが闘うに値すると定めた者しか闘いを挑む事はない。と言ったはずだ。貴様がそこそこ力を持つ者である事は一目見て分かった。ゆえに、わしは尋ねた。貴様は話すに値すると定めたからだ。ただし、闘うに値すると定めた者ではない。ゆえに闘いは挑まなかった」
「………」
「互いに自由を謳歌しようぞ」
「あっ。あ~あ。振られちゃった」
黒竜が羽ばたかせた際に生じた風圧にたじろがずその場に立ち続けたお嬢様は、力強く漆黒の両翼を羽ばたかせて地面から一気に天空へと飛翔した黒竜と、黒竜に乗っていた次期魔王を目を細めて見続けながら、もう一度呟いたのであった。
「あ~あ。ふられちゃった」
(2026.1.9)
【経緯】
〇「毒親」。「毒親」は悲しい物語にしかならなそうな。「毒親」。難しい。救いのある話、できれば、悲しい物語にはしたくない。世間一般的な「毒親」は今はまだ書けそうにない。では、世間一般的な「毒親」ではなく、例えば。魔王とかの「毒親」だったらどうだろう。闘争心が有り余っている次期魔王に闘うなと言い続ける親は、次期魔王にとっては「毒親」になり得るのではないか。
〇「毒親」を持つ次期魔王とお嬢様の王道ラブロマンスとかはどうだろうと思っていたのに、次期魔王にその気がなかった。無念。いやもしかしたら、お嬢様もその気がなかったのかもしれないどうなんだろう。
〇次期魔王が闘うなと諭し続ける「毒親」を持つので、ではお嬢様は正反対に闘えと鍛え続ける「毒親」にしよう。楚々としたお嬢様ではなく、勇者に仕立て上げられる強かなお嬢様に
これらを組み合わせて完成しました。
あなたと私の逃避行 藤泉都理 @fujitori
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