貴族の本気

昨日はしきゃきゅ......また噛んだ。




刺客が乱入してきて美味しいものを食べ切れなかった。


そのため、冷蔵庫もないこの世界じゃ調理済みのものはすぐに腐ると思っていたんだけど......




それはずるじゃない?




なんと、魔法で一部の空間だけ時間の進み方を遅くする。


更に菌のみを死滅させる魔法で腐食を遅らせる。


結果、あっちの冷蔵庫より高性能なものだった。




さらに、保温性能も高い。


丸一日放置しても、そこにさえ入れておけば出来立てをいつでも楽しめる。


流石にズルすぎ......




そんなでも、あれほどの量の料理。


何に使うのだろうと思っていたら、


昨日中断したパーティーの続きのためだそうだ。




曰く、あのようなことはたまにあるらしく、慣れてしまったそうだ。


王族、胆力おかしいでしょ。




まあ、そうでもしないと精神を保っていけないのだろう。






――てことで、パーティーが再開した。


本当に始めちゃったよ、この王様。




王様も大概だけど、それに付き合う貴族も大概だな。


そんなふうに思っていたら。




「イリムちゃ~ん。」




そんな、どこからか気の抜けた声がした。


しかし、僕のことをちゃん読みとは......




「昨日探したんだけど見つからなくて――」


「えっと、服貸してくれた人ですよね?」




そう問うと彼女は驚い様子を見せた、


そのまま、後ろにいた人に小声で喋りかけていた。




「ねえ、イリムちゃんって中身藤村くんであってるよね?」


「確かそうだったよ。」


「流石に二年間一緒のクラスだったのに名前覚えてないってひどくない!」




そんな感じで話していたが残念かな、イリムの耳にはバッチリ聞こえてた。


話し合いが終わったのか、二人はイリムの方を振り向いて、




「えっと、まずは自己紹介から入ろうかな。桜凛咲苗って言います。趣味はおしゃべり。そして、私の親友の......」


「栗山葉月といいます」




そう自己紹介をしてくれた。


正直、栗山さんはあまり好ましくない。


なぜなら、この人が僕の写真を撮っている第一人者だからだ。




現に今も後ろにスマホを構えている。


昨日のこともありそこそこ警戒してるので“魔力感知”を常に使っている。


そのため、隠してようがわかってしまうのだ。




その時、栗山さんの腕が動いた。


少し身構えたが思っていた音は来なかった。




ほんのわずかな魔力の揺れ。


撮ろうとして、やめた。


その一瞬の動きが、魔力感知にははっきり映る。




「……撮らないんですか?」




思ったよりも、声が素直に出た。




すると栗山さんは、少しだけ目を丸くしてから肩をすくめた。




「昨日の今日だしね。さすがに警戒されてるかなって」




……自覚はあったんだ。




「それに、今は“勇者様”の場だし、空気は読む主義なの」




そう言って、スマホをポケットにしまう。




その様子を見て、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。




「ねえねえイリムちゃん」




桜凛さんが、すっと距離を詰めてくる。


近い。普通に近い。




「昨日さ、めっちゃ探したんだよ?急にいなくなるし、刺客来るし、大騒ぎだし」




「……すみません」




反射的に謝ると、二人は顔を見合わせた。




「ほら、やっぱ中身そのまんま」


「藤村くんだよね」


「うん、これは藤村」




やめてほしい。


確認作業みたいに言わないでほしい。




「……一応、今はイリムです」




そう言うと、桜凛さんは楽しそうに笑った。




「了解、イリムちゃん。じゃあさ、改めてパーティー行こ?」




その言葉に、周囲の喧騒が耳に戻ってくる。




音楽、笑い声、食器の音。


昨日と同じはずなのに、どこか違う。




——ああ、そうか。




昨日よりも、


“知ってる人”が増えたんだ。




でも、だからこそ警戒しないと。


今度こそ守りきれるように――






――だからこそ、みんなとこの国を、世界を守っていきます」


会場に拍手が起きる。




いやー素晴らしいスピーチだった、神山。


ご飯しか見てなかったから後半しか聞いてなかったけど。




これには王様も満足げに、




「素晴らしかったぞ、神山よ。これからも我が国――もとい、世界のために精進したまえ」




王様はそう言って、神山を称えた。




「そして、呀狼戦での疾呀狼討伐への多大なる貢献。加え、先日の刺客を見事打ち破ってみせた……」




ん?


……なにか嫌な予感がする。


やめてよ、王様。




「暫定勇者、イリム=テルミア。そなたの考えを、皆に示すが良い」




……最悪。




まだ人の視線には慣れきっていないのに。


頑張れ僕。ストックホルムを思い出すんだ。




そう自分に言い聞かせながら、さっき神山が立っていた場所へ向かう。


どうやら僕の舌は、前世と比べても、一般的な長さと比べても短いらしい。


そのため、噛まないように――心を「演説モード」に切り替える。




「まずは、このような場所にお招きいただき、ありがとうございます」




開口一番、そう口にした。




王様を含め、会場の人々が一様に目を丸くする。




無理もない。


先程まで料理にしか目がなく、刺客とすらまともに言えなかった子が、こんなにも丁寧な挨拶から始めたのだから。




「ただ、私は神山のようにはいきません」




会場がざわめいた。


これから何を言うのか――期待と不安が入り混じった空気。




「私は、英雄のような思考も、勇者らしい理想も持ち合わせていません」




神山と目が合う。


少し心配そうな視線。


……まあ、大丈夫だろう。




「そのため、世界中の人々を救うなどと、保証することはできません」




一拍、間を置く。




「ただ――目の前で助けを求める者は、救いたいと思っています」




「それが子供でも、国王でも、勇者であっても」




会場の空気が、はっきりと変わった。


先ほどまであった不安げな視線は、もう見当たらない。




「私は、ここに誓います」




自然と、言葉に力がこもる。




「私の届く範囲のものは、すべて守り抜く。


たとえ――私の命が脅かされることになっても」




次の瞬間。




会場に、大きな拍手が巻き起こった。


感激したように目を潤ませる者、涙を堪えきれず崩れ落ちる者もいる。




……そんなに、良かったか?




だが、すぐに理解する。


前の世界と違い、この世界では、人々は現実に魔物の恐怖に怯えて暮らしている。


貴族であっても、その恐怖から逃れることはできない。




だからこそ。




同じ「守る」という言葉でも――


ここでは、その重みがまるで違うのだろう。






――その後は、ダンスのお誘いが後を絶たなかった。




……いや、本当に。




「イリム様、ぜひ一曲」


「こちらこそ、ぜひ」


「次は私と――」




次から次へと声を掛けられ、気づけば逃げ場がない。


さっきまで命を賭ける誓いを立てていたはずなのに、どうしてこうなる。


というか、外見は幼女と言ってもいいからコイツラはただの変態か?




「いや、その……」




断ろうとするたび、視線が刺さる。


貴族、騎士、見覚えのない顔。


男女の区別なく、妙に距離が近い。




……待って。


これ、完全に詰んでない?




助けを求めるように会場を見回すと、


神山はというと、なぜか満足そうに頷いていた。




お前は助けろ。




王様は王様で、面白そうにワインを傾けている。


完全に観戦モードだ。




そんな中――


すっと、視界の端に見慣れた影が入った。




「イリムちゃん」




桜凛さんだ。




「今なら逃げられるよ」


「……本当ですか?」




小声でそう言うと、彼女はにやりと笑った。




「うん。ダンスフロアの裏、給仕用の通路。


 今は誰も使ってないから」




神か。




「ほら、行こ」




腕を引かれ、人の波の隙間を縫うように移動する。


背中に感じる視線の多さに、心臓が縮む。




――やっぱり、慣れない。




誓いも、拍手も、視線も。


全部まだ、重すぎる。




通路に入った瞬間、喧騒が嘘のように遠ざかった。




「……助かりました」




そう言うと、桜凛さんは少しだけ声を落とす。




「さっきのスピーチ、すごかったよ」


「……そうですか?」




「うん。英雄じゃないって言い切るの、逆に強い」




その言葉に、少しだけ胸が軽くなった。




ただ、こう感じたときに限って毎回……




――いや、前とは違うのだ。今はイリムであって藤村はすでに死んだ。


考え方の根幹には残っているだろう。だが、ここでの関係性はイリムが築づいたものだ。




――死神と揶揄された僕は、もういない。




只今は、廊下に響く足音が妙に心地よい。


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