第4話 暗闇の中で触れた、柔らかくて熱いもの
手を入れる?
脳みそが「ぶん」と音を立てた。さっきまで考えていた身体の境界だの、存在の絡み合いだのといった哲学的思索が、一瞬でものすごく具体的で、むしろ熱くなった連想に変わった。
彼女はぼくに……中を触れと? どこを? 箱の中は真っ暗で、何も見えない。
ぼくはその場に固まり、足が根を生やしたようだ。その手は辛抱強く待ち、指を軽く曲げて、空中でそっと揺れている。
「早くよ」
彼女の急かす声には、小水特有の、疑う余地のない無邪気さがこもっていた。
彼女の声がぼくを呼んでいる。どんどん遠くに。ぼくは入口で、彼女は洞窟の奥底にいる。
ぼくは立ち止まった。
絶対にこんなことできないと確信した。
道徳的束縛でもなく、心理的制御でもない。ぼくはその両方を持ち合わせていると確信している。
普段から一生懸命勉強しているし、成績は小水と同じくらいだけど、ぼくの成績は努力で得たものだ。天才の小水には努力の過程がないから、彼女の人生は不完全で、当然ぼくには及ばない。
ぼくはかなり健全な人間だ。社会の赤線からはまだかなり離れている。
なら。
ぼくの心が善良で、普段も身体力行して善行を積んでいるなら、仏教の神様だってぼくを信徒に入れてくれるだろう。「小水を触る」ことで来世に地獄に落とされるなんて、たぶんでたらめだ。
ぼくは拳を握りしめ、自分に気合いを入れようとした。この時すでに手のひらには少し汗をかいていた。
その声に導かれるまま、ぼくは箱のそばへと一歩一歩近づく。
しゃがむ。
箱の口は底知れぬブラックホールのようで、古い段ボールと綿布の匂い、それにほんの少し……小水の、暖かく甘い香りを放っている。
ぼくは目を閉じ、深く息を吸い、ゆっくりと手を中へ差し入れた。
最初の感触は滑らかで、微かな温もりがした。
肌だ。腿の肌。数分前に想像していたのとまったく同じ。
ストッキングを脱いだ後のあの滑らかさが、暗闇の触覚の中で無限に増幅される。ぼくの指先は熱さに弾かれたように一瞬縮こまり、血液が全部頭に上っていく。
箱の中の小水が少し動いたようだ。
触りたくないのに、ぼくの指が誤ってもっと柔らかく、カーブの違う部分をかすってしまう。
……そこか?
呼吸は完全に乱れた。頭の中は真っ白で、指先から伝わる、信じられないほど繊細な感触だけが残る。
その感触は柔らかく、ふっくらとして、生命の弾力と温もりを帯びていた……こ、これは一体……?
「触れた?」
小水の声がすぐそばに聞こえ、笑い声が混じり、いたずらが成功したという狡ささえ感じられた。
「柔らかいでしょ? 気持ちいい?」
いや。
理屈で言えば、ぼくは拒絶し、嫌悪すべきだ。次の瞬間、ぼくは狂ったようにここから走り出し、小水とは絶交し、友達に彼女の悪口を言いふらし、今後一切関わらないと宣言するはずだ。
でも、ぼくはただ少し気持ちいいと思っただけだ。
なぜ?
ぼくはどうやらこんなことが起こることを期待していたらしい。最初から。彼女がストッキングを脱ぎ始めたときから、今のこの過激な行動まで、抵抗はなかった。
ジャイアンがのび太をいじめるとき、中立でいるのはまさしく悪を助長することだ。邪念が優位に立ち、ぼくがそれを止めなかったら、それはぼくの落ち度だ。
ぼくが自分はかなり健全だと思っているのは、どうやら大間違いらしい。たぶん本当に底抜けの悪い子なんだ。
なら、もう悪いまま終わらせよう。
壊れた壺はもう割れているんだから、箱を開けて彼女を見てやる、彼女の姿を――
ルシファーの翼が生えてきそうだ――
「ぱちっ――」
小さな音がした。
ぼくはぱっと目を見開き、立ち上がる。のぞき込む。
模型の横には、ふわふわとしたぬいぐるみがいくつか、カツラ、そして肌色の違う弾力性のある布のロールが散らばっている。
小水は上を向き、暖かい光を受けた目が驚くほど輝き、口元には悪戯が成功した大きな笑みを浮かべていた。
「びっくりした?」
彼女はにっこり笑いながら、抱えているあのリアルすぎる模型をぽんぽんと叩いた。
「これ、お姉ちゃんの劇団で使わなくなった小道具! 本物みたいでしょ? 私も最初お姉ちゃんにいたずらされたとき、びっくりしちゃった!」
彼女はぼくが一瞬呆然とし、次に真っ赤になり、最後に白紙になった顔を見て、ますます楽しそうに笑い、ウサギのように少し前歯を見せた。
「あーみ、さっき絶対変なこと考えてた顔してた!」
彼女は断言し、それから模型のパーツを抱え、真剣に前に差し出した。
「でも、触ってほしかったのは、これなんだ」
「こ、これを?」
声がかすれる。魂はまださっきの天地がひっくり返るほどの誤解と羞恥から戻ってきていない。
「うん」
小水はこくりと頷き、笑みを少し収めて、珍しい、ほとんど頑固なほどの真剣な表情を見せた。
「あーみ、いつも私が『本当の女の子』だって言うじゃん?」
「でも、『本当の女の子』ってどんななんだろう? 肌がこんなにすべすべしていること? ここがこんなに柔らかいこと? それとも、この模型みたいに、標準的な曲線を持っていること?」
彼女はうつむき、無意識に模型の表面を指でなぞる。
「違うと思うんだ。こういうもの、道具屋で五千円も出せば買える。『似てる』けど、『私』じゃない」
「だから」
彼女は顔を上げ、澄んだ目でぼくを見つめ、再び模型をぼくの手元に押しやった。
「あーみ、触ってみて」
「この『本物みたいな』ものを触って。それから、私を触って」
彼女の口調は穏やかだったが、抗いがたい力がこもっていた。
「さっき心臓がドキドキして、頭の中がぐちゃぐちゃになったときに触れた『対象』が、いったい何だったのか知ってほしいんだ」
「量産された道具なのか、それとも……」
「ここに座っている、呼吸して、悪戯して、頭がちょっと悪くて、大きな箱が必要な、私なのか」
ぼくは彼女をまっすぐ見つめ、照明に照らされた彼女の真剣な顔、あの滑稽でリアルな模型、そしてさっき犯罪のように震えていた自分の手を見た。
冷たいシリコンの感触がまだ指先に残っているようだが、今より鮮明な記憶は、彼女がさっき背中に寄りかかっていた時の重さ、ストッキングを脱ぐときの首の曲線、そして今目の前の、暖かい光を映し、ぼくの心の底までまっすぐ見つめるこの目だ。
模型は滑らかで、標準的で、命がない。
小水は暖かくて、変で、生き生きしている。
ぼくが欲しかったもの、心臓が乱れたもの、頭の中のすべての大胆な「好き」の投射対象……
あの「本物みたいな」ものでは、決してなかった。
箱の中は静かで、小さな連続ライトの微かな電流音だけが響く。小水はまだ小道具を掲げ、ぼくの反応を待っている。自分の一番大切な作品の検収を待つ子どものように。
ぼくの指先が、そっと彼女の頬に触れる。
暖かく、柔らかく、生温かい血が脈打つ、微かな鼓動が伝わってくる。シリコンとはまったく違う。
「……触れたよ」
声が少しかすれた。
「うん。私のほうがシリコンより絶対気持ちいいってわかってた」
「……うん」
「あそこも触りたい? 触らせてあげるよ」
「……いらない」
嫌そうに顔を背ける。
でも、ちょっとくらいなら……いいかも。
もちろん、そんなこと言わない。ぼくは変態じゃない。
「箱の中、入ってみる?」
「うん」
ぼくは頷き、箱の中へと押し込まれた。
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