最終話 手の届かない後悔

寒い夜の事だった。布団からエラが消えていた。俺は何故か自分が殺したからだと納得して寝た。戦争の夢と相まって錯乱していたのは確かだが、朝にみたエラの顔色は共に同じ戦地へ向かった親友、ジョーの死に際に似ていた。実は分かっていたと思う。ずっとエラの身体が弱い事を。一生は添い遂げる気がない事を。


「エラ、おはよう」


「お゛、ゴボッ、、おはよ…」


明らかに擦り切れた喉の調子にも気づかないふりをした。毎日、毎日、知らなかった。エラが死んでしまうまで…知らなかった。そう言う事なのだ。




予想通り…ではなかった。ジョシュは本当に女々しくて、エラの事を考えるとものの分別がつかなくなり、エラさえも傷つける行動に走った。まぁ、これも面白いと思ったのは確かで、最近はジョシュに依存されすぎて見境がなかったから丁度良いのかもしれない。これくらいの感情の起伏が激しい方が美しく、エラ以外の女とも会っているようでまさに典型的な現状逃避だと思う。


「私の最後は誰が看取るのだろう」


これがしばらくの議題だったけれど、恐らくは___ もう5年にわたるノートとの別れであった。さぁ、みつけてもらえると良いわね。アリスを。



学校でそれは起きてしまった。前後の出来事の記憶は曖昧であり、ふわふわと浮いているような、確かに苦しいようなそんな感覚だった。


「ロバートッ…どうして?」


無邪気な笑顔と見透かすような瞳がどうも私の中では引っかかっていたが、こんな最後は想定外だった。彼はどうして舞台に上がってきてしまったのか、観客としての理解ではなかったのか。


「どうせすぐに死ぬんでしょ?なら僕に殺させて欲しい…きっと君の脚本にピッタリだ」


微笑みながらただ手の中で枯れゆくブロンドを見つめた。電話はしてある。「エラ」の大切なジョシュさんに。これで良いんだろう?アリス。君のノートは僕の人生を捧げても良いと思うくらい魅力的だったんだ。僕がいない事を除けば。




「何してるんだっ‼︎その手を離せよ!」


「良いですけど…少し遅かったですね」


俺の目に映ったのは、ただ青白く震えるエラだった。髪なんかとっくに細くなっていて、知らないフリをし続けた代償と言わんばかりに脳内のエラとはギャップがあった。毎日会っていたというのに。

俺の腕の上にいるエラの状態なんて測るよしもないくらいに分かりきっていた。


「エラ…エラ…」


名前を呼ぶくらいしかしてやれない自分に怒りを覚えた気がした。


「う゛っ…ジョシュ…」


少しの微笑みを感じたが、これも気のせいかもしれない。目頭に熱は篭らない。分かっていたからだろう。


「エラ…」


エラの振動が腕に伝わらなくなった。何故かこうなるような気がしてた。心のどこかでこうなるべきだと考えていた。どこか死んで欲しかった。強く力んだ俺の唇から出た真っ赤な血をエラの唇に塗った。


「美しいよ」



『嘘つけ』



息もできない。そんな夜があったのに、女を抱けば一瞬で忘れる。10年もこんな事をしている。皮肉にもムショにぶち込まれたロバートの兄貴とつるみ、酒を交わすのが日常で、女もそこからやってくる。


「筋肉すご〜い!スポーツとかなにかしてたの?」


ブロンドだがエメラルドの瞳ではなく、濁ったブルーの女だった。何より品がない。馴れ馴れしくて、隙がないような雰囲気が無い。


「軍人だったんだよ、さぁ、お嬢さん少しあっちで飲み直そう」


気持ちの悪い人間だよ。本当に。エラの使っていた勉強机を視界に入れながらそんな生活をしてるんだ。そろそろ片付けないとな。


仕事終わり、次の日は休みなのに暗闇の深夜にエラの机の引き出しを開ける。


「教科書なんかは、あの日リュックに入ってたからなぁ、何もないだろうけど…」


分厚いノートが奥にしまわれていた。


【紅のつかない唇】           脚本、演出アリス・ブラウン


アリス?違和感を覚える名前だが、ノートのしおりのように挟まれた処方箋が物語る。

アリス・ブラウン様 10歳 1回1錠


何も知ろうとは思わなかった。俺にとって、ただ一つエラであったから。

ノートには俺の依存度や様々なパターンの場合のグラフ、今までにあったエラとの生活が描かれていた。少しの齟齬はあるものの綺麗にまとまった話の流れで、まるで最初から…最後のページまで読んだが、何やら裏表紙の裏に油性のペンで書かれている。


さぁ、終わり。             ご共演ありがとうございました。

ジョシュ・テイカー様へ


「ゔっ、ゔっ…」







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紅のつかない唇 桜庭 奏 @Sakurakanaderu

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