『ドールガーデン 中編』
「んぅ……寒い……」
ミソギは肌寒さを感じて目を覚ました。
しかしそれは本来、ありえない事だ。
職員の着る制服には最先端技術がこれでもかと言うほど使われており、たとえ南極や砂漠であろうと、支障なく行動できる環境適応機能が搭載されている。
これは職員の一人が持つ
すなわち、異常事態であった。
「──ッ!」
そこまで思い至ったミソギは、寝起きの頭をすぐさま覚醒させて周囲を見渡す。
もしも攻撃を受けているのであれば、ここから先は何が命取りになるか分からない。
あるいは既に、手遅れかもしれないが。
「……あれ?」
敵らしき姿は何一つとして見つからない。場所こそ、別の少し大きな応接間のような場所に移っているが、それ以外に異常はなかった。
ならば何故、と思った彼女は、次いで自分の身体を見る。
そして気付いてしまう。
「制服じゃ、ない?」
いつの間にか、発電所支給の制服は、ロングスカートの落ち着いたメイド服へと変わっていた。
肌寒いのも当然だろう。
そもそも違う服を着ているのだから。
しかし、原因が分かったからといって、ミソギは全く安心することが出来なかった。
むしろ、ますます警戒を強めることとなる。
彼女はこんな服に着替えた覚えなどないし、ましてや移動した覚えもない。
誰かが自分をここへと運び込み、わざわざ着替えさせたのだ。
現在、この屋敷において存在しているのは、ミソギとドール、そして生きているかも分からない、早々にはぐれてしまった二人の同僚。
それから──
「──起きましたか」
美しい女だった。
赤を基調としたドレスに身を包む、貴族のような女だ。しかし人ではない。
人と間違えるような、精巧な作りをしているが、その無機質なガラスの瞳が、彼女が人外であると知らしめてくる。
直前までは確かに居なかったはずの女。
ミソギはこれを、この屋敷の主であると直感した。
「……あなたがこの屋敷──ドールガーデンの?」
「えぇ、えぇ。わたくしがそうです。このお屋敷の主です。お客様が可愛らしかったもので、特別に招待させて頂きましたの」
人形の女は、嬉しそうな声音を出した。
しかし表情は一切動いておらず、ただひたすらに不気味である。
眼前の相手が、今回の業務における討伐対象であることを確認したミソギは、気付かれないよう、なるべく自然に自らの身体へ視線を巡らせた。
──拘束、なし。
──異能による制限、なし。
幸いにも、この屋敷に来てから異能は使っていない。ミソギの手の内は殆どバレていないだろう。
女に隙が出来た瞬間、異能を撃ち込む。
──“
直接触れたものに対し、爆発する印を刻む能力だ。たとえドールであろうと、問答無用で四散させる威力を持つ。
使用後の消耗が激しいために温存していたが、ここが使い所だろう。
「どうして、メイド服を?」
まずは会話をして、どうにかこちらから視線を外させる。
ミソギは企みを悟られないよう、無難な話題を切り出した。
「お客様にはその服が似合うと思いましたの。それにわたくし、執事は沢山雇っていますが、メイドはまだ持っていなくて……思った通り似合っていますし、よろしければ、ここで働きませんこと?」
執事──おそらくドールのことだ。
しかし、こんな所でメイドとして働くというのは、ゾッとしない。
恐らくミソギがここで頷けば、女は喜んでミソギを加工して、ドールの仲間にでもしてしまうのだろうから。
「……それは、遠慮させてもらいます」
「あら、残念ですわ。でしたら、あなたの目的を聞かせてもらおうかしら。本日はどのようなご用件で、わたくしの屋敷に?」
さして残念そうな様子もなく、女はミソギへ問い掛ける。そこには妙な圧力があった。
まるで、嘘は許さないと言わんばかりに。
しかし正直に「あなたを殺しに来ました」などと言ってしまえば、そこで終わりだ。
故にミソギは、一瞬考えたのち、口を開く。
「……ここには、仕事で来ました」
上手い言い訳は何も思いつかなかった。
ミソギは短く事実を話す。嘘はついていない。だがあまりにも簡潔。
追求は避けられない。
「あらあら。それでは、早く要件を済ませないといけませんね。そのお仕事とは一体──」
虚を突いた、そのつもりだった。
予備動作をなるべく抑えて放ったミソギの抜き手は、女の眼前で止められている。
横合いから伸びてきた手によって、掴まれたのだ。
やられた、とミソギは奥歯を噛んだ。
最初から、誘われていたのだ。
弄ばれていた。
ミソギが仕掛けてくることを分かっていて、そのタイミングをあえて作った。
右手首が締め付けられる。
掴んでいるのは、いつの間にか現れていた異質なドール。
まるで騎士のように甲冑を身に纏い、他のよりも一回り小さな体躯をしている。
遠目に見れば、完全に騎士だろう。
「おやまぁ、随分と唐突で、乱暴でいらっしゃること。わたくしはただ、平和に会話を楽しみたいだけですのに……」
「……それは悪かったね。こっちも仕事だから」
異能──ダメだ、近すぎる。
ここまでの密接状態で使えば、ドールの手だけでなく自分の手まで吹き飛んでしまう。
ならばと、ミソギは思い切り腕を引いてみる。
職員の身体能力は、特殊な改造手術によって個人差こそあるが向上している。
通常のドール相手なら、互角に力比べができるはずだった。
「ぐっ……」
「あら、面白いことをなさるのね」
しかし、騎士型のドールはどうやら見た目通りの特殊個体らしく、どれだけ引いてもまるで勝負にならない。
逆に、腕を更に強く握られて苦悶の声を上げることとなった。
万事休す。
脳裏を掠める『詰み』の二文字。
ミソギは、自らの右腕を諦めて、ドールの手に印を刻もうとする。
その時だった。
「──おいおい、本当にこっちであってるのかい? 僕はもう歩きたくないよ?」
「──大丈夫、です。こっちの、方から……は、反応が、あります」
部屋唯一のドアの向こうから、誰かの話し声が聞こえてきた。
どちらも少女の声だ。それも、ミソギにとっては聞き覚えのある。
突然のことに、女はミソギを見るのを辞めて、ドアの方にビー玉のような目を向ける。
──直後、華奢な女の身体が掻き消えた。
「助けに来たぜ、ミソギちゃん! 死んでないよね?」
「……死んでないよ。アンタの方こそ、死んでると思ってた」
重厚な木の扉を蹴り飛ばした人物が、大股で部屋へと入ってくる。
左目を眼帯で覆い、目の覚めるような白髪を背中の半ばまで伸ばした、ある種の神秘性を纏う少女。
その後ろには、猫背で伏せ目がちな、帽子を深く被った同僚の姿。緊張しているのか、それとも状況把握に努めているのか、視線を忙しなく動かしている。
彼女達の名前は、
ドールガーデンにミソギと共に出勤し、早々にはぐれた二人であった。
厄ネタ少女はFIREを目指す 虚言ペンギン @purin2147
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