悪運旅団

Slumber Party

短編小説「悪運旅団」

 元々は駐車場だったという小さくて古い雑居ビルの地下は、今は誰が持ち込んだのかわからない、汚いソファーやマットレス、赤と白の企業ロゴがペイントされたベンチ、Bluetoothスピーカー、小型の冷蔵庫などが置かれていた。電気は通っているが、ここを使う者は誰もいなかった。ビルのオーナーも倉庫代わりに使っている程度で、地下の管理などには全く気を配っていなかった。


 いつの間にか、ここは地元のスケーターや不良の溜まり場になっていた。学校帰りの者、サボった者、ドロップアウトした者が集まり、誰かが持ち込んだタバコや酒、マリファナ、時にはコカインを嗜みながら、女の子の話や噂話を延々と語り合っていた。たまに女の子を連れ込む奴もいるが、ここに馴染む女の子は殆どいない。サボる場所としては最高だが、デートスポットとしては最低だった。


 以前、ブラジル人の父親を持つMが彼女を連れてきたことがある。彼女はMと同じ中学のクラスメイトで、顔立ちは可愛らしいが服装は地味で、性格も大人しいが真面目というわけでもなく、スマホをいじっては側に置くのを繰り返し、無気力な1日を過ごすような子だった。


 ベトナム人の母親を持つKが面白がってMを冷やかし始めると、仲間内の男連中がそれに便乗して盛り上がった。


「お前、また違う女の子連れてきたのかよ」

「お前の連れてくる子は可愛い子ばっかだよな」

「そいつ、絶対に浮気するから捨てた方がいいよ」


周囲が騒ぎ立てる中、Kはこそっとジッパーのついたビニール袋から金属製の耳かきで粉をひとすくいし、粉が落ちないよう慎重に左の鼻の穴に持っていくと、一気に吸い込んだ。が、これが良くなかった。コカインがヒットして、Kの瞳孔が開き切った。


 Kが彼女の前に歩み寄ると、その顔をジッと見つめながら、


「やっべー!!」


と繰り返し言い続けた。


「お前の彼女、やっべー可愛いな!!」


Kの目を見て異変を感じ取ったMは、さり気なく右手で彼女を押しのけ、自分の後ろに移動させた。


「お前大丈夫かよ?」

「大丈夫!!大丈夫!!」


彼女は完全にKの様子を訝しんで見ていた。Mは彼女に配慮をしながら、Kを刺激し過ぎないように、この場から立ち去る口実を考えていた。周囲の仲間たちは馬鹿しかいなかった。時には良い意味で、時には悪い意味で。

--今回は、悪い意味で。


「彼女さんがビビってるじゃんか!」


高校をサボったTが、3人の様子を見て言い放った。その瞬間、Mは目を瞑った。Tによって、最悪の瞬間に最悪なセリフがKに投げかけられたからだ。


「はあ?オレ、怖くねーって」


案の定、Kは反応してしまった。KはTに顔を向けて睨みつけた。

 Tは仲間内では年上の方で、いつもどこからかマリファナを調達して皆に回していた。ジョイントを綺麗に裏巻きで巻け、ハーブの調合も上手い。Tのジョイントはスッとキマり、スッキリ抜ける。いつも大量のバッズを仕入れてくるが、その金とブツの出所は誰も知らない。高校の先輩がギャングだとか、実家が金持ちだとか、噂はいろいろあったが、仲間内のことは詮索しないという暗黙のマナーがあるので、結局誰も本当のことを知らない。


 しかし、Kのことは皆がよく知っていた。いい加減で危機意識が薄く、バカみたいなことを平然とやるし、感情的にもなりやすい。相手を見ずに喧嘩をして痛い目に遭うのもしょっちゅうで、怖い大人や警察にも顔が知れていた。何にせよ、Kと半日一緒にいれば、誰でもKという人間のことを大体知ることができる、そんなキャラクターだった。良くも悪くも。


「ねえ、何かこの人ヤバくない?」


Kの様子を見て、人見知りを発揮して大人しかった彼女がMに尋ねた。その声は不安と恐怖でか細かったが、ギャンギャン喚くKにもしっかり届いていた。多分、コカインがヒットして聴覚が鋭くなっていたからだろう。


「ヤバくねーよ!!」


瞳孔が開き切った目で、今度はMの後ろにいる彼女に迫ってきたが、Mが身を挺してKを止めた。


「わかった!わかったから鎮まれ!!」


半分本音、半分冗談混じりでMが諭すが、これも良くなかった。


「大丈夫だってオレは!」


さらにKがヒートアップしてしまい、Mは2度目の閉眼をした。苦い表情を浮かべて。それを見て、他の馬鹿連中が大笑いして囃し立てる。


 Mの父親はクリスチャンで、日本人の母親は仏教徒だが信仰心はなく、Mは初詣や七五三以外の行事ではクリスチャンとして育てられた時期があった。毎週集会所へ行ったり、聖書の絵本を読まされたり。だが結局、様々な苦難を神が救ってくれない事実が積み重なり、経験的な真実を重視して神の存在を否定するようになった。そんなMでも、2度目の閉眼では心の中で(主よ…)と救いを求めていた。


「うるせーんだよ、お前ら!!」


ついにKが全員にがなり始めた。Mは彼女をさらに自分の背後へと引き寄せ、彼女もMの着ているパーカーの袖を強く掴んだ。Tはジョイントを吸いながら、「やめろって!」とヘラヘラ叫ぶだけだった。本気で止めるつもりがないTに苛立ちながらも、殴り合いでは誰もKに敵わないとわかっていたので、Tが歳上の体裁を繕うのに精一杯なのも仕方ないと、Mは思った。


「見てろよ、お前ら!!」


そう叫びながら、KはTシャツを脱ぎ始めた。周囲がさらに囃し立てる。MはKがTシャツを捲り上げて首から脱ぐ一瞬、視界が遮られるタイミングで彼女と2歩後ろへ下がった。脱いだTシャツを地面に叩きつけた上半身裸のKは、次にズボンのベルトを緩め始めた。MはKが何をするのか予想できた。


「またか…」


案の定、Kはズボンと下着を一緒に脱ぎ、靴下と靴だけを残して全裸になった。彼女は目をのけぞらせ、自分の予感が的中したMは3度目の閉眼をした。主よ…


「最悪なんだけど!」


彼女が叫ぶ。Mも同感だったが、これはまだ序の口だった。


「お前らを浄化してやる!!」


そう叫ぶと、Kは両手でナニを握り、小便を撒き散らしながら走り始めた。先ほどまで笑っていた仲間たちも本気で逃げ回ったが、馬鹿なのでそれすら楽しんでいた。Tは短くなったジョイントを吸いながら、安全圏からその様子をヘラヘラ眺めていた。


Mは彼女を守るために肉の盾に徹したが、彼女が着ていた白いダウンジャケットにKの小便が少しかかり、小さな染みを作った。


「…もう帰る」


染みに気付いた彼女が呟く。Mも同じ気持ちだった。即座にここから離れ、家に帰って汚された服を洗濯し、熱いシャワーを浴びてから、部屋に隠し持っているマリファナとガラスパイプを持って誰もいない夜の公園に行きたかった。


肩を落として出口へ向かう彼女から少し離れて、Mもその場を後にした。


「あんな人たちとずっと一緒にいるの?もう嫌!もう、あそこに行かないで」


帰り道で彼女にそう言われて、Mは「わかった」と了解した。だが翌日には午前中に学校を抜け出し、地下で仲間たちとスケボーをしていた。

休憩中、あの場にいた仲間にその後の顛末を聞いた。Kは小便を出し切ると、Mと彼女がいないことに気づき、裸のまま外へ飛び出して行ったらしい。それをきっかけに笑い疲れた連中も解散になったと。


「Kは?あいつ裸じゃん」


Mがそう尋ねると、仲間が地下の隅を顎で刺した。そこにはズボンとTシャツとバックパックが雑に置かれていた。昨日Kが身につけていた衣類だった。


「あいつ、裸のままどこに行ったんだ?」

「さあ?でも、頭を冷やすなら丁度良かったんじゃね?」


妙に納得のいく返事に、Mは何も言えなくなった。


「おっつー!」


Tが片手にスニーカーを持ってやってきた。


「あれ?Kいないの?」


Mが隅の衣類の山を顎で刺すと、Tが笑いだした。


「あいつマジかよ!この靴、さっき拾ったんだけどあいつのだよな?」


仲間達も笑ったが、Mは冷静にKのことを考えていた。服も着ずに、今どこで何をしているのかと。


 結局、あれ以来Kは地下室に来なくなった。Kの親が警察に捜索願いを出しているらしいが、Kの素行を考えれば本気で探しているかは怪しい。

とにかく、あれからKは裸のまま、どこかへ消えたままだった。結局、Mも彼女とは長続きしなかった。Mの浮気が原因の一つだったが、喧嘩の度に、「あのヤバい人の方がチンチンが大きかったよ!」と言われるのがトラウマになった。Kがいなくなった後も、あの日のことを思い出しては、自分の方がデカいはずだ、と気にするようになった。


 Kの裸の記憶が思考の流れを悪くすると、Mはバッズとガラスパイプとライターを入れたポーチを持って、いつもの公園へ行く。ベンチに座り、パイプのくぼみに刻んだバッズを入れ、ターボライターで炙って深く吸う。マリファナの臭いと煙に咽せながら、涙が出る。人差し指で涙を拭うと、爪の間に残るマリファナの香りに気付いた。爪を鼻に近づけ、嗅ぐ。少し考えてから、また炙って深く吸った。




──短編小説「悪運旅団」

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