第六話 勇者来ましたが、お一人様のようです。


 そして、半年が過ぎた。

 ついに、運命の『納期』の日がやってきた。


「どど……どうしよう、桑田! 予定通りなら、今日、あやつが来る!

 レベル50になった勇者が、妾の心臓を物理的に貫きに来るのじゃ!」


 綺麗になった魔王の間で、ラピスが落ち着きなくウロウロと歩き回っている。

 三か月の同棲生活で、今やラピスの恰好はジャージ姿だ。

 魔王の威厳はどこへやら。


「落ち着け。準備は完璧だ」


 俺はコーヒーをすすりながら、手元のタブレット(石板)で最終チェックを行う。


「魔王城防衛システム、オールグリーン。

 空調管理、適正温度24度。湿度48%。

 従業員の配置も完了している。……ほら、来たぞ」


 ウィーン……

 城の正門はすでに自動ドア(スライムセンサー付)だ。

 現れたのは、光り輝く剣を携えた少年。


 意外な扉の開き方に戸惑ってる。

 ちょっとかわいい。


 ボロボロのマント、傷だらけの鎧、そして血走った目。

 間違いない、勇者アレックスだ。


「魔王ラピスぅぅ!! 予告通り! 貴様を滅ぼしに来たぞぉぉ!!」


 勇者の叫びがエントランスホールに響く。

 

 ラピスが「ひいっ!」と俺の背中に隠れてガタガタしてる。


 勇者は肩で息をしながら、ズカズカと城内へ足を踏み入れる。


 ……が、三歩目でピタリと止まった。


「……ん?」


 勇者が足元を見る。


 そこには、俺が丹精込めて敷き詰めた『全面床暖房(オンドル)』が稼働している。

 魔導炉の余熱を循環させた、エコで優しい暖かさだ。


「な、なんだこの床……あったかい……?

 冷たい石畳じゃない……?」

 

 勇者の表情が緩む。

 だが、彼はすぐに首を振って気を取り直した。


「ま、惑わされるな! これは魔王の罠だ! 出てこい魔物ども! 俺のレベル48の剣技で……」


 予告より、ちょっと足りなかったらしい。


「いらっしゃいませー」

「お荷物お預かりしますー」


「へ?」


 現れたのは、武器を構えた魔物……ではなく、パリッとした制服を着たオークとゴブリンたちだった。


 彼らは一か月前に戻ってきて以来、俺の指導で『接客スキル』をカンストさせている。


「な、なんだ貴様ら! 襲ってこないのか!? 俺は勇者だぞ! 経験値だぞ!?」


「勇者様、当城は土足厳禁となっております。

 どうぞ、こちらのスリッパにお履き替えください」


「長旅でお疲れでしょう。ウェルカムドリンクの『回復ポーション割り』です」


「ス、スリッパ? ……ごくっ。う、うめぇ……」


 手渡された冷たいドリンクを一気に飲み干し、勇者の殺気が霧散していく。

 

 無理もない。

 レベル上げという名の野宿生活を3ヶ月続けてきたのだ。

 精神は限界だったはずだ。


「さあ、魔王様がお待ちです。こちらへ」


 勇者はオークに先導されて魔王の間へと通された。

 そこには、ジャージ姿の魔王と、作業着の俺が待っていた。


「よ、よ、よく来たな勇者よ!

 わ、わらわが魔王ラピスじゃ!」


 落ち着け、ラピス。


 俺の背に隠れて、ラピスが頑張って虚勢を張る。

 ちょっと声が裏返ってるあたり、可愛い。


 勇者は剣を構えようとするが、その視線はラピスではなく、部屋の隅にある『アレ』に釘付けになっていた。


「なんだ……あの、柔らかそうな物体は……」


「ああ、あれか? スライムの体液を特殊加工して作った、『人をダメにするソファ(魔王城リミテッドモデル)』だ」


 俺が説明すると、勇者の喉がゴクリと鳴った。


「座ってみるか? 試しに」


「ふ、ふざけるな! 俺は戦いに来たんだ! そんな子供騙しの罠に……罠に……」


 フラフラと吸い寄せられる勇者。

 そして、その体がソファに沈み込んだ瞬間。


 ポフンッ……。


「……あ」


 勇者の目から、光が消えた。


 代わりに、安堵と快楽が入り混じった、とろけるような表情が浮かぶ。


「だめだ……もう立てない……。

 なんだこれ……背中が、腰が……包み込まれる……。

 半年ぶりの……柔らかい寝床……」


 カラン、と手から聖剣が落ちる。

 勇者はソファに丸まり、ボロボロと涙を流し始めた。


「つらかった……毎食固いパンと干し肉で……。

 野宿で虫に刺されて……

 仲間は『性格の不一致』って解散して……。

 ううっ……あったかい……」


「……なんか、可哀想になってきたのじゃ」


 ラピスが同情の視線を向ける。

 俺は勇者の前にしゃがみ込んだ。


「おい勇者。戦う気力は?」


「……ないです。もうここで寝たいです」


「そうか。なら、商談だ」


 俺はニヤリと笑い、入居申込書を取り出した。


「勇者アレックス。この城に住まないか? 敷金礼金なし、家賃は月々金貨3枚。 特典として『大浴場使い放題』『まかない付き』、そしてこの『人をダメにするソファ』も付ける」


 勇者がガバッと顔を上げた。


「……契約します! 連帯保証人は実家の父でいいですか!?」


 勝負あり。


 こうして魔王軍は、血を流すことなく最強の入居者を手に入れたのだった。

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