第8話「深淵からのSOS」

 現場は、神奈川県の丹沢山系奥地に位置する「第3実験ダンジョン」だった。

 本来は厳重に管理された閉鎖区域だが、現在はパトカーの赤色灯と、マスコミのフラッシュ、そして抗議する人々の怒号でカオス状態となっていた。


「どいてください! ここは立ち入り禁止区域です!」


 ギガント・インダストリーの警備員たちが、ロープを張って人々を押し留めている。その向こうには、泣き崩れる遭難者の家族たちの姿があった。


「息子を返して! まだ中にいるんでしょう!?」

「なんで救助隊を出さないんだ! 見殺しにする気か!」


 怒号が飛び交う中、一台の軽トラックが猛スピードで突っ込んできた。

 急ブレーキの音と共に、土埃を上げて停車する。運転席から飛び降りたのは一ノ瀬舞、助手席から降りたのは作業着姿のレオンだった。


「株式会社ブレイブ・ソリューションです! 遭難者家族からの依頼を受けて参りました!」


 舞が叫びながら名刺代わりのタブレットを掲げる。

 警備員のリーダーらしき男が、不快そうに顔をしかめて立ちはだかった。


「帰れ。ここはギガント社の管理地だ。部外者の立ち入りは許可していない」


「中の状況は!? 遭難からすでに48時間が経過しています! 御社の救助隊が撤退したという情報は掴んでいます!」


 舞は一歩も引かなかった。彼女の後ろには、スマホを構えた配信者や、テレビ局のカメラマンたちが集まり始めている。世論を味方につける。それが舞の作戦だった。


「公表できない。これは機密事項だ」


 男は冷たく言い放つ。その目は、人の命よりも会社の利益と保身しか見ていない目だった。

 舞がさらに反論しようとした時、レオンが彼女の肩に手を置いた。


「舞、交渉は終わりだ」


 レオンの声は静かだったが、その場の空気を凍りつかせるほどの重圧感を含んでいた。

 彼はゆっくりと警備員の前へ歩み出る。


「どけ」


 たった一言。

 だが、その言葉には、千の言葉を尽くした説得よりも強い強制力があった。

 警備員の男は、蛇に睨まれた蛙のように硬直し、喉をヒクリと鳴らして後ずさる。


「き、貴様、強行突破する気か!? 法的に……」


「法? 契約? 知ったことか」


 レオンは男の横を通り過ぎ、封鎖用のバリケードを、まるで暖簾(のれん)をくぐるように片手でひしゃげさせた。

 鉄パイプが飴細工のように曲がる音に、周囲が静まり返る。


「中に人がいる。助けを求めている。俺がここに来た理由はそれだけだ。文句があるなら、俺が全員連れ戻してから聞いてやる」


 レオンはそのまま、黒い口を開けているダンジョンの入り口へと歩を進めた。

 家族たちの中から、悲鳴のような声が上がる。


「お願いします! あの子を……あの子を助けてください!」


 レオンは振り返らず、片手だけを上げて応えた。


「舞、ドローンの準備はいいか?」


「はい! ライブ配信用のカメラ、接続完了しました。全世界に、この会社の『不手際』と、私たちの『仕事』を見せつけてやりましょう!」


 舞は震える手でタブレットを操作し、ドローンをレオンの頭上へと飛ばした。

 覚悟は決まっていた。これで完全に業界最大手を敵に回すことになる。でも、目の前で助けを求める声を無視して、何が「ブレイブ」か。


「行くぞ。残業代は弾んでもらうからな」


 レオンがダンジョンの闇へと足を踏み入れる。

 その背中を追いながら、舞は心の中で叫んだ。

(頼みますよ、社長。本当のヒーローを見せてください!)


 ネット上の配信画面には、すでに数万人の視聴者が集まり始めていた。

 コメント欄が加速する。

『あれ、例の清掃ニキじゃね?』

『ガチで突入するのか』

『ギガント社の闇を暴け』

『無謀だろ、あそこSランク指定だぞ』


 世界中が見守る中、現代の勇者による、前代未聞の救出劇が幕を開けた。


 ***


 ダンジョン内部は、異様な湿気と腐敗臭に満ちていた。

 ここは「密林型」と呼ばれるダンジョンだ。コンクリートの壁の代わりに、鬱蒼とした巨大植物が迷路を形成し、天井からは蔦が垂れ下がっている。


「視界不良。気温32度、湿度80%。環境最悪ですね」


 舞は後方支援用の小型モニターを見ながら言った。彼女は入り口付近に簡易ベースキャンプを設営し、そこからレオンに指示を送っている。

 レオンは単身、深部へと進んでいた。


『問題ない。むしろ懐かしいくらいだ』


 インカム越しのレオンの声は落ち着いている。


『痕跡がある。血痕と、引きずられた跡だ。まだ新しい』


「生存反応は!?」


『微弱だが、ある。奥だ。地下3階層相当の広場あたりか』


 レオンが足を速める。

 その時、茂みがガサリと揺れた。

 飛び出してきたのは、体長3メートルを超える巨大なカマキリ型モンスター「キラー・マンティス」だ。その鎌は鉄をも切り裂く鋭さを持っている。


『シャァァッ!』


 死角からの奇襲。カメラ越しに見ている視聴者たちが悲鳴を上げるタイミングだった。

 だが、レオンは歩く速度すら緩めなかった。


「遅い」


 一閃。

 レオンが腰の剣を抜いたかどうかも見えない速度で、マンティスの首が宙を舞った。

 緑色の体液を撒き散らす暇もなく、巨体は光の粒子となって消滅する。


『えっ……?』

『今、何が起きた?』

『リプレイ! リプレイ頼む!』


 コメント欄が追いつかない。

 レオンは落ちた魔石を拾うこともせず、先を急ぐ。


「雑魚にかまってる時間はない。舞、最短ルートを解析しろ」


「は、はい! サーモグラフィーの反応、右手の通路奥に熱源多数! おそらく遭難者たちです!」


「了解」


 レオンが走る。その速度は、人間の陸上選手を遥かに凌駕していた。

 障害物となる太い蔦や岩を、パルクールのような身軽さで飛び越え、あるいは破壊して突き進む。


 やがて、開けた空間に出た。

 そこには、絶望的な光景があった。


 十数名の探索者たちが、岩陰に身を寄せ合い、震えている。彼らの装備はボロボロで、多くが負傷して動けない状態だ。

 そして、彼らを取り囲むように、無数の赤い目が闇の中で光っていた。

 ウルフ型モンスターの群れ。その数、50匹以上。

 さらに、群れの中心には、一際巨大なボス個体の姿があった。


「終わりだ……もう、助からない……」


 リーダー格の男性が、折れた剣を握りしめながらつぶやく。

 死を覚悟したその瞬間、頭上から声が降ってきた。


「諦めるのはまだ早いぜ、おっさん」


 ドォォォン!!


 轟音と共に、モンスターの群れのど真ん中にレオンが着地した。

 着地の衝撃だけで数匹のウルフが吹き飛ぶ。

 土煙の中から現れたその姿は、絶望に沈んでいた探索者たちにとって、神の使いのように見えたことだろう。


「お待たせ。ブレイブ・ソリューション配送担当です。お荷物は『皆様の命』で間違いありませんか?」


 レオンはニカッと笑い、剣を担いだ。

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