第9話「Sランクの洗礼」

「な、なんだ君は!? どこから入った!?」


 遭難していた探索者の一人が、驚愕と混乱の入り混じった声で叫んだ。

 無理もない。彼らはSランク相当のダンジョンで、三日間も飲まず食わずで戦い続け、精神の限界を迎えていたのだ。そこに単身、作業着姿の若者が飛び込んできたのだから。


「自己紹介は後だ。まずはこの犬っころどもを片付ける」


 レオンは視線を前のモンスター群に戻した。

 群れのボス、「ドレッド・フェンリル」が唸り声を上げる。漆黒の毛並みに、電気のようなスパークを纏った上位種だ。通常なら、Aランクパーティーが総出で挑んでも全滅しかねない相手だ。


『グルルルゥ……!』


 ボスの命令一下、数十匹のウルフが一斉に飛びかかってくる。

 全方位からの同時攻撃。逃げ場はない。


「社長! 囲まれてます! 魔法障壁を!」


 インカムから舞の悲鳴が響く。

 だが、レオンは動じない。


「障壁? 必要ない」


 レオンは剣を真横に構え、深く息を吸い込んだ。


「剣技・円舞(ロンド)」


 コマのように回転したレオンから、不可視の斬撃が全方位に放たれた。

 それは魔法ではない。純粋な身体能力と技量による衝撃波だ。

 飛びかかってきたウルフたちが、空中で見えない壁に激突したかのように弾け飛び、次々と光の粒子へと変わっていく。


 一瞬で、包囲網が崩壊した。


「ば、馬鹿な……魔法も使わずに……」


 探索者たちが呆然とつぶやく。

 残ったのはボスのフェンリルだけだ。仲間を一瞬で失った怒りで、フェンリルが咆哮する。その口から、高圧電流のブレスが放たれた。


 バリバリバリッ!!


 青白い雷撃がレオンを直撃する。

 地面が焦げ、視界が白く染まる。


「やったか!?」


 誰かが叫んだ。

 しかし、煙が晴れたそこには、服の端が少し焦げただけのレオンが、退屈そうに立っていた。

 彼は手で煤を払う仕草をする。


「痺れもしないな。魔王軍の参謀が撃ってくる雷魔法に比べれば、静電気みたいなもんだ」


 フェンリルが後ずさる。野生の勘が告げているのだ。目の前の存在は、獲物ではなく捕食者だと。


「さて、終わらせるか」


 レオンが一歩踏み込む。

 フェンリルが恐怖に駆られて飛び退こうとするが、遅い。

 レオンの姿がかき消え、次の瞬間にはフェンリルの背後に立っていた。

 遅れて、フェンリルの巨体が左右にずれるように崩れ落ちる。


「……回収完了」


 レオンが剣を鞘に納める音と同時に、巨大な魔石が転がった。


 圧倒的だった。

 戦闘時間はわずか30秒。

 生存者たちは、言葉を失っていた。助かったという安堵よりも、目の前の異常な強さに対する畏怖が勝っていた。


 レオンはそんな彼らの反応を気にする様子もなく、ポケットから小瓶を取り出して投げ渡した。


「ほら、これを飲め。異世界の薬草を煮詰めて作った特製ポーションだ。味は最悪だが、骨折くらいならすぐ治る」


「え、あ、ありがとう……」


 リーダーの男が恐る恐る小瓶の中身を煽る。

 途端に「ぐえっ!」と声を上げてむせ返ったが、みるみるうちに顔色が良くなり、血が止まっていく。


「す、すごい……痛みが引いていく……」


「よし、動けるな。舞、脱出ルートの確保はどうなってる?」


『はい! ですが社長、問題発生です!』


 舞の声が焦っていた。


『入り口付近の空間反応が乱れています。どうやら、ダンジョン自体が変異を起こしているようです。出口が……閉じようとしています!』


「なんだと?」


 レオンが眉をひそめる。

 ダンジョンの変異。それは、ダンジョンの主(ダンジョン・マスター)が、侵入者を逃がさないために構造を書き換える現象だ。


「つまり、親玉がお怒りってわけか」


『震源地は地下最深部。そこにある「核」を破壊しない限り、出口は開きません』


 生存者たちの顔に、再び絶望の色が浮かぶ。


「そんな……ボスなら今倒したじゃないか!」


「いや、あいつはただの門番だ」


 レオンは冷静に言った。


「真のボスは奥にいる。お前らはここで待機だ。俺がそいつを叩いて、風穴を開けてくる」


「無茶だ! ここより深い場所なんて、誰も到達したことがないんだぞ!」


 止める声を制し、レオンはニヤリと笑った。


「安心しろ。俺は定時で帰る主義なんだ。サクッと終わらせてくる」


 レオンは再び深淵へと向かう。

 その背中には、一切の迷いがなかった。

 配信を見守る視聴者の数は、すでに10万人を超えていた。


『これ映画じゃないよな?』

『ポーションの効果やばすぎw』

『定時退社RTAはじまるぞ』


 ネット上では、レオンの強さと、ブレイブ・ソリューションという会社の謎めいた技術力に、世界中が釘付けになっていた。

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