第5話「聖なる清掃」

 練馬区の地下水道ダンジョン。

 入り口に立った瞬間、強烈な腐臭が鼻をついた。ヘドロと汚水、そしてモンスター特有の獣臭さが混じり合った最悪の空気だ。


「うぷっ……これはキツいです……」


 舞は防毒マスクを装着し、涙目で言った。


「ふむ。確かに瘴気が溜まっているな。これでは近隣住民も頭痛がするだろう」


 レオンはマスクもつけず、平然としている。異世界の毒沼に比べれば、この程度の空気は森林浴のようなものらしい。


「よし、始めるか」


 レオンは一歩前に出ると、足元の汚水を見下ろした。

 水面が波打ち、無数の赤い目が光る。

 ジャイアント・ラット。猫ほどの大きさがある凶暴なネズミ型モンスターだ。その数、数百匹。


「キシャァァァ!」


 一匹が鳴き声を上げると、壁や天井からもドブネズミたちが一斉に襲いかかってきた。黒い津波のような光景に、舞は悲鳴を上げてしゃがみ込む。


「ひぃぃっ! 無理無理無理!」


「慌てるな。掃除だと言ったろ?」


 レオンは剣を抜かなかった。

 代わりに、右手をスッと前に掲げる。


「『聖域展開・浄化の光(サンクチュアリ・クレンズ)』」


 カッ!!


 レオンの手のひらから、目が眩むような純白の光が爆発した。

 それは攻撃魔法ではない。本来は、呪われた土地を清め、アンデッドを昇天させるための最上級神聖魔法だ。

 だが、その圧倒的な「清浄なる力」は、不浄を糧とするモンスターたちにとって、猛毒以上の効果をもたらした。


『ギ、ギギッ……!?』


 襲いかかってきたネズミたちが、光に触れた瞬間に動きを止める。

 苦しむ様子はない。ただ、その薄汚れた毛並みが光に包まれ、次の瞬間、サラサラとした砂のように崩れ去っていった。

 汚水も、壁のヘドロも、充満していた悪臭すらも、光が通り過ぎるだけで消滅していく。


 光はダンジョンの奥深くへと奔流となって駆け抜け、わずか十数秒で全てが終わった。


「……はい?」


 舞が恐る恐る顔を上げる。

 そこには、驚くべき光景が広がっていた。


 あれほど汚かった地下水道が、まるで新築のようにピカピカに輝いている。

 水は透き通り、コンクリートの壁は白く清潔だ。

 そして、床一面に、キラキラと輝く無数の石が転がっている。


「これが、俺の『清掃』だ」


 レオンは満足げに腕を組んだ。


「神聖魔法で不浄な概念そのものを浄化した。物理的な汚れも、魔物という名のバグも、まとめて初期化したわけだ。これなら、死体処理の手間も省けるだろう?」


「初期化って……これ、魔法ですか? 現代の魔法使いでも、こんな規模の浄化なんてできませんよ!?」


「まあ、俺は一応勇者だからな。それに、見てみろ」


 レオンが指差した先には、ネズミたちが残した魔石があった。

 通常、Fランクのモンスターから落ちる魔石は、小指の先ほどの濁ったクズ石だ。

 しかし、そこに転がっているのは、ビー玉ほどの大きさがあり、透明度の高い美しい石だった。


「不純物ごと浄化したからな。純度100%の魔力結晶だ。これなら高く売れるんじゃないか?」


 舞は震える手で石を拾い上げた。

 その手触りは温かく、魔力の輝きはSランクの魔石にも匹敵する。それが、数百個、いや数千個転がっている。


「……億、いきます」


「ん?」


「これ全部換金したら、億単位になりますよ社長!!」


 舞の叫び声が、ピカピカになった地下水道に木霊した。

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