エピローグ:炎の中で嗤う

葬儀の日は、予報通りの雨だった。


空気を湿らせる冷たい雨音が、参列者の黒い喪服に染み込んでいく。

読経の声と、すすり泣く声。

線香の煙が立ち込める中で、俺はただ立ち尽くしていた。



感覚がない。

悲しいのか、悔しいのか、それとも現実を受け入れられていないのか。

心が麻酔をかけられたように鈍くなっている。


妹の時と同じだ。

また、俺は守れなかった。



「……〇〇様」


セバスチャンが俺の横に立ち、静かにハンカチを差し出してくれた。

彼もまた、能面のような無表情を貫いているが、その目は赤く充血していた。


「お嬢様は、最期まで貴方様のことを案じておられました」


「……俺なんかを」


「ええ。貴方様に出会えて、お嬢様は本当に幸せだったのです。

 ……たとえ、このような結末になったとしても」


幸せだった?

本当にそうか?


花火も見せず、約束も果たせず、ただ冷たい棺の中に閉じ込めて。


俺は祭壇の遺影を見上げた。

一番調子が良かった日に、病院の庭で撮った写真だ。

オパールの瞳が、悪戯っぽく俺を見つめている。



『約束ですよ?』


その声が耳の奥で蘇り、ようやく俺の涙腺が決壊した。



ボロボロと涙がこぼれ落ちる。

拭っても拭っても止まらない。



~~~



最後のお別れの時間。

棺の小窓が開けられる。


オリアは白いドレスを着て、無数の花に埋もれていた。

死化粧を施された頬はほんのりと赤く、今にも目を覚まして「驚きましたか?」と笑い出しそうだ。


けれど、触れた額は石のように冷たく、硬かった。


「……ごめんな」


俺は彼女の冷たい手に、自分の手を重ねた。


「俺がもっと早く気づいてやれば。……もっと、わがままを聞いてやればよかった」


火葬場へ移動するバスの中、俺はずっと窓の外を流れる灰色の景色を見ていた。


彼女が嫌がっていた「暗くて寒い場所」には入れない。

骨は俺が引き取る。

それだけが、俺にできる最後の償いだ。


火葬場の炉前ホールは、ひんやりとした静寂に包まれていた。


コンクリートと鉄の冷たい匂い。


職員が機械的に手順を説明し、棺が台車に乗せられる。



「それでは、これより荼毘に付させていただきます」


重厚な金属の扉が、俺たちの前で口を開けている。

まるで、彼女を飲み込む巨大な怪物の口だ。


棺がゆっくりと、その暗闇へと滑り込んでいく。


俺は息を詰めてその光景を見つめていた。



(熱い炎で焼いてくださいね)


昨日の彼女の言葉が蘇る。



『中途半端な火力じゃ、私の想いは燃え尽きませんから』



「……頼みます」


俺は職員に頭を下げた。


「あの子、寒がりなんです。……だから、一番強い火力で送ってやってください」


職員は怪訝な顔をしたが、遺族の錯乱だと思ったのか、小さく頷いてくれた。


ガゴン、という鈍い音と共に、分厚い鉄の扉が閉ざされた。


彼女の姿が、完全に俺の世界から遮断される。


「さようなら、オリア」


俺は扉に手を突き、絞り出すように呟いた。


「……愛してたよ」


スイッチが押される音が響く。



直後、炉の奥から「ゴォォォォ……」という低い唸り声のような燃焼音が聞こえ始めた。


業火が彼女を包んでいるのだ。

あの美しい髪も、透き通るような肌も、全てが炎に舐められ、灰へと変わっていく。



俺はその場に崩れ落ちた。


もう二度と、あの温もりに触れることはできない。

あの輝く瞳に見つめられることも、我儘を言われることもない。


俺の人生を彩ってくれた虹色の光は、こうして永遠に失われたのだ。


嗚咽が漏れる。

大の大人が、人目も憚らず声を上げて泣いた。


後悔と絶望が俺を押しつぶす。



(オリア、オリア……ッ!)


燃え盛る炎の音だけが、俺の慟哭をかき消すように轟いていた。



ただ、俺は泣いていた。


二度と戻らない日々を想って。





続く?

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