第7話 2019年4月17日(水)


 今日、朝起きると僕が僕の部屋にいた。

 

「やあ、僕。」

 

 スーツ姿の僕だ。僕がここにいるということは、昨日のことがあったのにまた懲りずにタイムマシンを使ったらしい。

「え、なんで僕がここに…?過去に戻って本人と接触なんて1番ダメじゃないか。歴史が変わって今の君が存在しなくなっちゃう。」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。僕の記憶でも今朝僕が僕の部屋に来たから歴史は変わってない。」

 ということは僕は今日中にまたタイムマシンを使ってこの時間、今日の朝にタイムスリップをすることになるのか…。それにしたって本人に直接会いに来るなんて我ながら思い切ったことをしたものだ。

 

「僕がこの時間にタイムスリップしにきたのはとある"タイムスリップの有効活用"を思いついたからなのだけど、なにか分かる?」

「タイムスリップの有効活用……。あ!アレを本当にやるつもり!?」

「さすが僕!話が早くて助かるよ。」

 

 実は昨日の夜から考えていたタイムマシンの使い方がある。このタイムマシンはいわゆる"タイムリープ系"のタイムマシンではない。つまり現在〜僕が生まれるまでの時間にタイムスリップするとその時間に僕は"2人"存在することになる。

 "自分が2人いる" というメリットが1番発揮されるのは何かお分かりだろうか。そう、"仕事" だ。誰しもが「自分が2人いればもっと楽に仕事できるのになぁ」と考えたことがあるのではなかろうか。

 

「君の今日の160件のテレアポ。未来の君が手伝ってあげるよ。」

「そりゃあいいや!初めて社訓の読み上げをせずに仕事が終われるってわけだ。それじゃあ僕と君で半分ずつ。1人80件が最低ノルマだね。」

 未来の僕がムスッとした顔をする。

「おいおいちょっと待ってくれ。僕はもう仕事を終えて君を手伝いにきてあげてるんだ。いわばやらなくてもいい残業しにきてやってるようなもんだよ。善意で来てやってるのに半分も押しつけるのか?」

「なんだよ、僕のくせに気が利かないやつだなぁ。」

 まあ少し減るだけでもマシか。

 そんな話をしているともう家を出なければいけない時間になった。急いで服を着替え髪をセットする。

 

「じゃあ僕は出社するから未来の君はこの部屋でテレアポ業務をやってくれ。さすがに2人で出社するわけにはいかないからね。」

「りょーかい。いってらっしゃい。冷蔵庫のシュークリーム食べといていい?」

「お好きにどうぞ。じゃあ行ってきます。」

 自分自身に見送られながら出勤というのは中々気持ち悪い体験だ。とはいえ初めてこのタイムマシンを有効活用できている気がしてワクワクしている自分もいる。何より初めて架電ノルマを達成できるかもしれないのだ。

 

 駅に向かって歩いていると交差点で東雲さんが信号待ちをしていた。今日はとても良い日だ。何もかもが上手くいくようなそんな気分になる。

「あれ?東雲さん。この時間に出社なんて珍しいね。」

 

「あ、おはよう〜。昨日ちょっと同期とご飯行ってて寝るのが遅くなっちゃって。」

 

 ...…不意打ちを喰らった。


 同期の中では男女問わず自分が東雲さんと1番仲が良いと自負していた。どうやら完全に自惚れだったようである。胸がキュッと締まり、手足が冷たくなっていくのを感じた。その同期が男なのか女なのかが何よりも気になるところだが、とにかくこの動揺がバレるわけにはいかない。男たるもの常に余裕を持って女性に接しなければ。

 

「へ、ヘェ〜。美味しかった?」

なんだその質問。

「うん!美味しかったよ!」

……。そりゃそう返ってくるに決まってる。そんなことが聞きたいわけではないのだ。

「そ、その同期の人って結構仲良いの?」

 どうだ。ギリギリのラインを攻めた気がするが不自然な質問ではないはず。

「そうだね〜。高校時代からの知り合いだから付き合いは結構長いかな。」

「高校時代!?東雲さんって秋田出身だよね?偶然同じ会社の同期として入社したの?」

 

「さすがに偶然じゃないよ(笑)。そもそもこの会社に入ったのってその人の紹介なの。私本当は国家公務員になりたかったんだけど、試験の日に体調崩しちゃって全部受けられなくなっちゃってさ。浪人するか迷ったんだけどこれ以上親に迷惑かけるわけにもいかなかったしギリギリで就活始めちゃったんだよね。」

 

前から疑問に思っていたことがようやく紐解けた。就活市場で引く手数多であろう東雲さんがなぜこんな会社に入社してしまったのか。

 

「でももう私が就活始めた頃にはほとんどの会社が新卒採用終わっててね。途方に暮れてたところにその同期が声をかけてくれたの。」

「なるほど……。そうだったんだ…。」

本人はさらりと話してはいるが、目指していた道を諦めるのは辛い選択だっただろう。

「だから昨日はそのお礼と近況報告ってことでご飯にいってきたんだ。元々東京には出たいなって思ってたし、この会社はこの会社で結構気に入ってるの!今の時代には珍しいアンティークな激レア物件って感じで!」

「それディスってない?」

「君の心が汚れてるからそう聞こえるんだよ〜」

 

今日も晴れやかな顔でハハッと笑う彼女を見て僕は安堵と尊敬の念を抱いた。就活をサボって今の会社に就職した自業自得の僕とは全然違う。側から見れば彼女はまさしく「運が悪かった人」だろう。だが彼女はそんな悲壮感を一滴も見せることなく"今"を受け入れ乗りこなしている。きっと彼女はこの先もどんなことがあっても"今"を100%楽しんで生きていくのだろう。

 

「ほら、ボーッとしてると電車乗り遅れるよ!走って走って!」

 

彼女のように「今」を笑って受け入れることは、僕にはまだ難しい。

けれど今日の通勤路は、ほんの少しだけ、“これから”の色をしていた。


 

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