第8話 2019年4月17日(水) #夕方

 今日は未来の僕の助けもありはじめて1日の架電ノルマを達成することができた。結果的には自力でやったテレアポの件数が135件、未来の僕が手伝ってくれたテレアポ件数が30件だった。午後の業務が始まるタイミングで未来の僕から連絡があり、

「とりあえず30件はやってやったぞ。あとは頑張れ。」

というメッセージと共に架電済みのデータリストが送られてきた。大して期待もしてなかったがたった30件しか手伝ってくれないなんて随分と非協力的なやつだ。

 

 何がともあれ仮配属が始まってからはじめての目標達成だ。先輩や上司からはかなり驚かれたし異様なほど褒め称えられた。東雲さんは自分の事のように喜んでくれた一方で「なんかズルでもしたんじゃないの〜?」とニヤニヤ笑ってもいた。本人は冗談のつもりだったろうが何かを見透かされた気がして大分挙動不審な態度になってしまっていた気がする。

 とはいえ人に褒められるってのは中々気分がいい。社会人になってからは怒られてばかりだったので尚更だ。はじめてタイムマシンを有効活用できた気がしてそれも嬉しかった。遠くの島から肥後が今日も罰ゲームの社訓を読んでいるのが聞こえる。哀れなやつだ。悪いがひと足先に底辺争いからは抜けさせてもらったよ。

 

 今日もいつも通り東雲さんと帰ろうと思ったが、少し仕事が長引きそうということで今日は1人で帰ることにした。

 駅で電車を待っているとゴツゴツとしたデカい手が僕の肩を叩いた。

「おう相棒!おめえ今日はノルマ達成したんだってな!抜け駆けするなんて水臭ェじゃねえかぁ。」

 肥後だ。同じ社宅で同じ終業時間なのだからそりゃ帰り道に会うのもしょうがないが帰り道で一緒になるのは初めてだ。ただ、いつもはむさ苦しいこいつの顔や声も今日は気にならない。

「よう、お前は今日も元気に社訓を音読してたな」

「くぅ〜っ!言ってくれるぜ。どうせイカサマでもしたんだろ!俺っちの"セックス"センスがビンビン反応してるぜ。」

「"シックス"センスな。セックスセンスがビンビンって、ただムラムラしてるだけじゃねぇか。」

「んあ?そうなんか?まあここで会ったのもなにかの運命よ。ラーメン食いに行こうぜ!」

 いつもなら適当な理由をつけて断るところだが今日の僕は気分がいい。

「……豚骨ラーメンなら行ってやらんこともない。」

「そうこなくっちゃぁな!豚骨ならいい店知ってんだよ。」


 僕らは最寄駅と社宅のちょうど間にある、濃厚さが売りの豚骨ラーメンの店に入った。年季は感じるがこの手の店にしては珍しくテーブル席があり、ゆっくりと落ち着いて過ごせる雰囲気もある店だった。席に腰掛けて肥後が口を開く。

「んで?おめぇ今日はどんな手ェ使ったんだ?」

「は?なんのことだよ。」

「なぁにとぼけてんだぁ。俺っちと毎日ぶっちぎりのドベ争いしてたオメェがいきなりノルマ達成なんてありえねぇだろ!そういうのは親友にもちゃんと教えてやるもんだぜ」

「いつ僕とお前が親友になったんだ?」

「かぁーッ!冷てぇやつでやんの!」

「そもそもお前のことをまだよく知らないんだし当然だろ。僕がお前のことで知ってることと言えば、名前と、留年してて歳が一個上ってことと、声と体がデカいことくらいだ。」

「ハンサムが抜けてるぞ」

「言葉選びが古臭いも追加で。」

「がっはっは!やっぱオメェおもしれぇな。俺っちが見込んだだけのことはあるぜ。じゃあちと自己紹介でもすっかな。名前は肥後守。ピチピチの24歳。東北のど田舎出身で男5人兄弟の長男だ。趣味は野球とパチンコと競馬だ。高校時代は甲子園にも行ったことあるぞ。スポーツ推薦で大学入ったんだけど全然勉強についていけなくてな。パチンコと競馬に明け暮れてたらいつのまにか留年しちまった!好きな女のタイプはぁ〜…」

「い、いや、もう十分だ…。」

「お?そうか?まだ10分の1も喋ってねぇぞ?」

「なんつーか…、お前が見た目通りの人間ってことがよく分かったよ。」

「じゃあ次はお前ェの番だ。まずは好きな女のタイプから聞かせてもらおうか」

「いきなりそこかよ」

「まあ仲良くなるにゃぁこういう話が一番手っ取り早いからな!んで、どうなんだよ。」

「え、う、うーん……。そうだなぁ、色が白くて身長が高くて……」

「おめぇチビ助なのにか?」

「う、うるさいな!それで…よく笑って、ポジティブな人かな。」

「んだよ。ありきたりすぎてクソつまんねぇじゃねえか。」

「無理やり聞いておいて文句言うなよ。」

 そんな事を話してると注文したラーメンが届いた。ドロドロに白濁したスープに背脂が浮いている。割り箸を割って食い進めていく、

「そういうお前はどんな女性が好きなんだ?」

「俺っちか?俺っちは彫りが深くてケツがデケェ、アジア人離れした女がタイプだなぁ。……あとは気が強ェ、金髪美女とかもいいよなぁ…」

「ふーん、中々ハードルが高そうだな。」


「何にも分かってねぇなぁ〜」


 箸を止めて大きな溜め息をつく肥後

「恋愛において"ハードル"なんて言葉使うやつは恋愛をする資格のねぇシャバ僧よ。相手が学年のマドンナだろうがハリウッド女優だろうが好きになっちまったら関係ねぇ。仮にそのハードルとやらを下げて適当な女と付き合ったとして、お前ェもその女も幸せになれるか?妥協した男と妥協された女じゃ"最高"にはなれねぇ。俺は"最高の人生"を送りてぇんだ。」

 こいつは本気で言っている。誰に笑われようが、馬鹿にされようが関係ないといった表情で、初恋したての中学生みたいな話を一点の曇りもない眼で語っている。


 それがたまらなく、羨ましかった。


 僕はどうだ。東雲さんのことが好きなくせに、「映画の話ができるだけでいい」とか「友達として仲良くできれば十分」とか、後々傷つかないための納得できそうな理由を後付けして勝負の土俵から逃げていた。"最高"を目指すのではなく"最悪"を避けることばかり意識していた。就活だってそうだ。本気で就活をして内定が出ないと悲しいからって、特に行きたくもない選考基準が低そうな会社ばかりを受けていた。だがこれは大きな負けを小さい負けに細かく分割してるにすぎない。こんな負けっぱなしで逃げっぱなしの人生で本当にいいのか。もしかしたら今の僕はこの男に学ぶべきところがあるのではなかろうか。自分と相手が釣り合うかなんて関係ない。一度"好き"と感じたなら猪突猛進に突き進む。この生き方こそ漢の生きる道なのではなかろうか。


「……確かに肥後の言う通りかもな……。」


「だろ?

 だから俺っちは絶対ェ、"エマワトソン"と結婚すンだよ。」


「…え?………あぁ…。そう…。」


 その瞳は一点の曇りもなく僕の目を貫いていた。

 スープはもう冷め切っていた。


 

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