悪列!又何過奴茶異真死絶!(あれ?何かやっちゃいました?)というなの糞6号
悪列!又何過奴茶異真死絶!というなの糞6号
カチ、カチ、と。
静まり返った測定室に、計測官の振るうペン先の音だけが空虚に響いていた。
「……次。ナニカ。前へ」
促され、一人の青年が歩み出る。
そこは、この世界の「正解」を決める魔力選別所。
中央に鎮座する巨大な水晶体は、これまで幾多の天才たちの魔力に反応し、色とりどりの輝きを放ってきた。
「水晶に手をかざせ。お前の魂の『格』が、数値として刻まれる」
ナニカは無言で、その冷たい水晶に掌を触れた。
一秒、二秒。
……沈黙。
水晶は、光るどころか、曇ることさえなかった。
波紋一つ起きない、底知れぬ静寂。
計測器の針は、微動だにせず「0」の底に張り付いている。
「……反応なし。魔力欠乏――いや、『無』か。時間の無駄だったな。次だ」
計測官が吐き捨てるように言い、ナニカの背中に冷たい視線が突き刺さる。
周囲の受験者たちから、くすくすと忍び笑いが漏れた。
「……そうですか。じゃあ、あっちの『的』はどうすればいいんですか?」
ナニカが指差したのは、部屋の端に設置された、対魔導師用の特製訓練的。
数万回の高火力魔法に耐えうる、文字通りの「不落の盾」だ。
「ああ、あれか。適当に撃ってみろ。どうせ傷一つつかん」
「わかりました」
ナニカは軽く、指先を的に向けた。
魔力など、一滴も練っていない。
ただ、異次元の彼方から「真の死」を呼び寄せるように、軽く、デコピンでもするかのように指を弾いた。
シュッ、という小さな呼気。
直後、爆音も、閃光もなかった。
ただ、的が存在していた「空間」そのものが、円形に切り取られたように真っ黒な空洞へと変わった。
衝撃波すら起きない。
物理法則が介在する余地もなく、的を構成していた原子、概念、そしてそれが存在したという「事実」さえもが、真死絶の深淵へと飲み込まれて消えた。
背後の壁に、綺麗に穿たれた虚無の穴。
そこからは、この世界の光すら届かない「異次元の彼方」の冷気が、静かに漏れ出していた。
「…………え?」
計測官の手から、ペンが滑り落ちる。
笑っていた受験者たちの顔が、一瞬で石のように固まった。
「……消えた? 壊れたんじゃなくて……消滅したのか……?」
唖然と空間を見つめる一同を前に、ナニカは困ったように頬を掻き、のんびりとした声を上げた。
「……あれ? また何かやっちゃいました?」
そこにはもう、測定すべき数値も、比較すべき「格」も、何一つ残っていなかった。
悪列!又何過奴茶異真死絶!
:【本物は、もう持ってる】
王立アカデミーの最奥に鎮座する、三メートルを超える白銀の岩盤。
そこに深々と突き刺さる一振りの剣――「聖剣エクスカリバール・ノヴァ」。
その周囲には、当代随一の賢者や高位騎士たちが集まり、眉間に皺を寄せて仰々しく、呪文のような「伝説」を語り継いでいた。
「……聞け、若き者たちよ。この剣は、かつて神が異次元の魔を封じるために、自らの魂を削り取って打ち上げた『至高の光』である」
賢者が大袈裟な身振りで、震える指を剣に向ける。
「伝説に曰く。この剣が抜かれぬまま、千年の月日が満ちる時、世界は再び『茶色の泥』に飲み込まれ、太陽すらも黒く染まる永遠の闇に包まれるであろう。一刻も早く、真の勇者がこの剣を抜き放ち、世界を救わねばならぬ。さもなくば、我ら人類に明日はないのだ……!」
その場にいた生徒たちは、生唾を飲み込み、圧倒的な絶望の予予言に震え上がった。
世界の命運。千年の呪い。光と闇の最終決戦。
だが、その列の最後尾で、ナニカだけは退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
彼は岩に刺さったその剣をジッと見つめ、不思議そうに独り言を漏らす。
「……おかしいな。あんなにピカピカしてたっけ、あれ」
「貴様、何を不敬なことを! これは聖剣だぞ!」
賢者の怒鳴り声に、ナニカは「すみません」と軽く手を振って、その場を後にした。
帰り道。
王都の街灯が灯り始める時間だが、今日はどういうわけか霧が深く、足元が見えないほどに冥(くら)い。
「おっと……危ないな。暗すぎて道がわからないや」
ナニカは背負っていた、薄汚れた布に包まれた「棒切れ」のようなものを取り出した。
それは、彼が昔、田舎の裏山に刺さっていたのを「邪魔だな」と思って適当に引っこ抜き、そのまま物干し竿代わりに使っていた代物だ。
「えい」
ナニカがその『棒切れ』の柄を軽く叩くと。
カッ!! と。
昼間の太陽をも凌駕する、暴力的なまでの純白の光が溢れ出した。
その光は、立ち込めていた「冥い霧」を物理的に消滅させ、夜空の雲さえも異次元の彼方へ吹き飛ばし、周囲数キロメートルを強制的に「真昼」へと書き換えた。
光の柱が天を突き、王都全土が白銀に染まる。
遠くのアカデミーでは、賢者たちが「聖剣が共鳴している!? 勇者が現れたのか!?」と腰を抜かして叫んでいるのが聞こえる。
「あ、ちょうどいい明るさだ。これなら転ばずに帰れるな」
ナニカは、世界を救うはずの「本物の聖剣」を、単なる懐中電灯代わりに振り回しながら、鼻歌まじりに歩き出した。
翌朝。
王都中の魔導師たちが「昨夜、原因不明の超高密度魔力発光により、数万人が一時的に夜間の視力を失った」という大事件の調査に奔走する中、ナニカは登校一番、困った顔で頭を掻いた。
「……あれ? また何かやっちゃいました?」
彼の背中には、伝説を卒業して「ただの光る棒」に成り下がった聖剣が、今日も元気に燦然と輝いていた。
悪列!又何過奴茶異真死絶!
:【不変の壁、不変の無自覚】
王立武闘大会、決勝。
ガルドは表彰台の頂点に立ち、七連覇の栄誉を称える大歓声を一身に浴びていた。
だが、その瞳に勝利の昂揚はない。見つめているのは、己の掌――あの日、異次元のような光の中で手渡された、一個の「焼き芋」の温もりだけだ。
(……あの男。あれから七年、私は一度たりともあの光を忘れたことはない)
ガルドの脳裏に、かつて路上で敗北を喫した際の、屈辱よりも深い「敬意」が去来する。
あの一撃、あの速度。
自分を子供扱いしたあの青年に、いつか、もう一度だけ追いつき、真剣勝負を挑みたい。
その一心だけで、彼はこの血腥いリングを七年間守り抜いてきたのだ。
「……待っていてくれ、名もなき師よ。私は、貴様がいつ現れてもいいように、腕だけは磨き続けているぞ」
ガルドは剣を高く掲げ、心の中で再戦を誓った。
一週間後。
大会の疲れを癒やすべく、ガルドは人里離れた秘境の温泉地へと足を運んでいた。
湯上がりの火照った体を冷まそうと、小川のほとりを歩いていた、その時。
……カチッ。
「おっと、暗くなってきたな。やっぱりこれがないと不便だ」
聞き覚えのある、のんきな声。
直後、冥い夜の森を、暴力的なまでの白銀の光が切り裂いた。
「……ッ!!」
ガルドは咄嗟に身構えた。七年。片時も忘れたことのない、あの「懐中電灯」の輝き。
光の源に立っていたのは、あの頃と全く変わらない、どこか抜けたような面構えの青年――ナニカだった。
「貴様……ッ!! ナニカか!!」
「え? あ、一週間前の焼き芋の……ええと、重い人?」
「ガルドだ!! ……会いたかったぞ。この七年、私は貴様を倒すためだけに生きてきた!!」
ガルドは愛剣を抜き放ち、七連覇の猛者としての全霊を込めた構えを取る。
対するナニカは、右手で聖剣(懐中電灯)を持ち、左手には旅行用の土産物が入った紙袋をぶら下げたまま、困ったように首を傾げた。
「ええ……今からですか? 旅館の夕飯、もうすぐなんですけど……」
「問答無用!! 受けてもらおうッ!!」
ドォッ!! と地面が爆ぜる。
ガルドの放った一撃は、鋼鉄の城門すら紙のように切り裂く、彼史上最高の「神速」だった。
――だが。
ナニカが、持っていた紙袋を「よいしょ」と持ち直した。
ただ、それだけの、無造作な動作。
ガキィィィィィィンッ!!
ガルドの剣は、紙袋の中に透けて見えていた「生八ツ橋の箱」の角に当たり、まるで巨大な山に激突したかのような衝撃と共に、ガルド自身を後方へと弾き飛ばした。
「ぐ、ふっ……ッ!!」
森の奥まで吹き飛び、大樹に背中を打ち付けたガルドは、口から一筋の血を流しながらも、晴れやかな笑みを浮かべた。
完敗だ。
七年鍛え上げた全霊が、土産物の八ツ橋にさえ届かなかった。
だが、それがいい。それでこそ、私が追い求めた「壁」だ。
「……ハ、ハハハ……。さすがだ。……腕は、落ちていないようだな?」
ガルドは、誇らしげに、そして満足げにそう言い残すと、ふらつく足取りで闇の中へ去っていった。
その背中は、負けたとは思えないほど清々しい。
残されたナニカは、歪んだ八ツ橋の箱を悲しそうに見つめながら、暗闇に向かって声を上げた。
「……? あの、失礼ですが……また何かやっちゃいました?」
ナニカには、再戦も、七年の宿念も、何も届いていなかった。
ただ、旅館に帰って食べるはずの八ツ橋が少し潰れてしまったことを、彼は一人、異次元の静寂の中で嘆いていた。
悪列!又何過奴茶異真死絶!
:【神殺しの呪いと、いつものヒール】
世界の裏側、理(ことわり)の果て。
そこでは、人類の知る由もない壮絶な聖戦が繰り広げられていた。
神獣ポチマル。
普段はナニカの足元で尻尾を振り、おこぼれのパンの耳を待っている小さな柴犬のようなナニカ。
だがその真の姿は、次元の境界を守護する至高の存在である。
対峙するは、この世全ての悪を煮詰め、全宇宙を「茶色の泥」へと還そうとする絶望の悪神。
激突すること、三日三晩。
空間は裂け、星々は砕け散り、概念そのものが摩滅していく極限の死闘。
ついに、ポチマルの咆哮が悪神の核を貫いた。
だが、悪神は消滅の寸前、呪わしい哄笑と共に、自身の存在全てを注ぎ込んだ「最後の楔」をポチマルの前足へと打ち込んだのだ。
それは、神をも確実に腐らせる「究極の神殺しの呪い」。
解けるはずのない絶望。世界の平穏と引き換えに、神獣の命は今、静かに潰えようとしていた。
三日後。
王都の路地裏、ナニカの住むボロアパートの前。
「……あれ? またポチマル、どっか行っちゃったのかな」
ナニカが首を傾げ、辺りを見回していたその時。
路地の隅から、フラフラと足を引きずりながら、一匹の小犬が姿を現した。
「キャン……」
ポチマルだった。
その前足は、どす黒い呪いの泥に侵食され、一歩歩くごとに魂が削り取られていく。
ポチマルは悟っていた。これが今生の別れになることを。せめて最期に、あの大好きな「お茶を啜るのんきな飼い主」の顔を見て死のうと、死力を尽くして帰ってきたのだ。
ポチマルは、ナニカの足元に力なく倒れ込み、別れの挨拶を込めてその靴を優しく舐めた。
「あ、おかえりポチマル。……って、うわ、すごい怪我してるじゃん」
ナニカが驚いて屈み込む。
ポチマルは静かに目を閉じた。
(……さらばだ、ナニカ。世界は、私が守り抜いた……)
「よしよし、痛いのは飛んでけー。……ヒール」
ナニカが、ポチマルの前足に無造作に掌をかざした。
瞬間。
カッ!! と。
異次元の彼方から「生(せい)」そのものの概念が奔流となって溢れ出し、ポチマルの全身を包み込んだ。
神をも殺す猛毒、絶対に解けないはずの絶望の呪い。
それらが、ナニカの適当な「ヒール(癒やし)」に触れた瞬間、**「ただの足の汚れ」**程度の認識に書き換えられ、シュワシュワと音を立てて蒸発消滅していった。
それどころか、あまりに「癒やし」の純度が高すぎて、ポチマルの毛並みは以前よりツヤツヤになり、寿命はあと数万年ほど上乗せされ、背中からはなぜか小さな天使の羽(装飾用)がポコッと生えてきた。
「……ワン?」
ポチマルは呆然と立ち上がった。
絶望は? 神殺しの宿命は?
それら全てが、一瞬の「おまじない」で消え去り、今や体中が活気に満ち溢れている。
「よかった、治ったみたいだね。……あ、お腹空いてる? 今日は奮発して、美味しい肉を焼いてあげるよ」
ナニカはポチマルをひょいと抱き上げると、いつものように鼻歌を歌いながら部屋へと戻っていった。
その日の夜。
ポチマルがナニカの横で焼き肉を頬張っている頃。
世界の観測者たちは、全宇宙を滅ぼすはずだった「神殺しの呪い」が、跡形もなく、まるで雑巾で拭き取られたかのようにこの世から消滅した事実を知り、腰を抜かして失神していた。
窓の外を見上げ、ナニカはふと、星空がいつもより少しだけ明るいことに気づいて首を傾げた。
「……あれ? また何かやっちゃいました?」
世界の平和は、今、守られた。
ナニカが「ポチマルの前足を洗ってあげた」という、ただそれだけの日常の一幕によって。
悪列!又何過奴茶異真死絶!
:【聖女の覚悟と、いつものお節介】
王都の外壁、その遙か先を埋め尽くすのは、漆黒の絶望――九九九九万の魔軍。
対する王都守備隊、わずか一万。
勝敗の概念すら存在しない、一方的な蹂躙が始まろうとしていた。
その最前線に、一人の少女が立っていた。
姫騎士マーコ。
王女として生まれながら、贅沢を捨て、人々の笑顔を守るために地獄のような訓練に身を投じてきた、この国の最終防衛線。
「……みんな、下がっていなさい。ここは、私が食い止める」
白銀の甲冑を血と泥で汚し、彼女は独り、死地へと歩み出る。
彼女には、誰にも言えない「秘密」があった。
ボロアパートで隣に住む、あの少し抜けた幼馴染のナニカ。彼にだけは、自分が王女であることも、死を覚悟して戦っていることも隠し続けてきた。
彼は、過酷な宿命を背負った彼女が、唯一「ただの女の子」に戻れる、かけがえのない安らぎだったから。
(……ごめんね、ナニカ。今日の夕飯の約束、守れそうにないや)
マーコは震える手で、折れかかった剣を掲げる。
魔軍の咆哮が、大気を震わせる。
「……聖剣よ、我に光をッ!! この命、みんなのために――!!」
彼女が最期の特攻を仕掛けようとした、その時だった。
「……おーい、マーコ! こんなところで何してるんだよ。夕飯のコロッケ、冷めちゃうぞ」
絶望の戦場に、あまりにも場違いな、のんきな声が響いた。
振り返れば、そこには買い物袋を下げ、寝癖をなびかせたナニカが、魔軍の包囲網を「散歩道」のように通り抜けて歩いてきていた。
「ナ、ナニカ!? バカ、来ちゃダメ! ここはもうすぐ闇に包まれるの! 逃げて、早く!!」
マーコは悲鳴を上げた。だが、ナニカは困ったように鼻を掻き、背負っていた「いつもの棒きれ」を無造作に取り出した。
「え、闇? ああ、確かに今日はちょっと曇ってるね。……じゃあ、少し明るくしようか」
「え……?」
ナニカが、その棒きれの「ネジ」をカチリと回した。
刹那。
ドォォォォォォォンッ!!
音すらなかった。
ナニカが掲げた「聖剣(懐中電灯モード)」から放たれたのは、光などという生易しいものではない。それは、**「闇という概念の強制削除」**を伴う、白銀の暴威。
あまりの光量に、九九九九万の魔軍は、悲鳴を上げる暇もなく「蒸発」した。
いや、蒸発したのではない。彼らが立っていた大地、漂っていた瘴気、そして「攻めてきたという歴史」そのものが、光の奔流によって異次元の彼方へと洗い流されたのだ。
一瞬で。
マーコの目の前に広がっていた絶望の光景は、一変して「抜けるような青空と、なぜか春の陽気が漂うお花畑」に書き換えられていた。
「…………え?」
折れかかった剣を握りしめたまま、マーコは口を全開にして固まった。
九九九九万の軍勢は? 私の覚悟は? 国の危機は?
「あ、ほら。明るくなったから、帰り道も安心だね」
ナニカは満足げに頷くと、光り輝く棒を再びボロ布で包み、マーコの隣に並んだ。
王都全土の騎士たちが、あまりの光景に「奇跡だ……! 神の再臨だ……!」と祈りを捧げ始め、騒然となる中で。
ナニカは自分のせいで花畑になった地面を見て、少しだけ申し訳なさそうに頭を掻いた。
「……あれ? また何かやっちゃいました?」
マーコの「壮絶な人生のクライマックス」は、ナニカの「夕飯前のちょっとした照明係」によって、跡形もなく蹂躙された。
二人の手元にあるのは、守られた世界の平和と、少しだけ冷めてしまったコロッケの入った紙袋だけだった。
悪列!又何過奴茶異真死絶!
:【世界を繋ぐ希望、あるいは究極の省エネ】
マーコの折れかかった剣が、ナニカの放った光を浴びて、カタカタと震え出した。
「……ああ、兄貴ィ! やっぱ兄貴の『光』は最高だぜ! 心に染みるッス!」
突如、剣から漏れ出した野太い声に、マーコは腰を抜かした。
「け、剣が喋った……!? これ、伝説の聖剣なのよ!?」
「ああ、お嬢ちゃん。俺は確かに聖剣だがね……兄貴、いやナニカさんがいなきゃ、ただの鉄屑なんだよ。この世界の『仕組み』を知らねぇのか?」
聖剣――それは、持ち主の武勇や魔力で振るうものではなかった。
その真の動力源は、【誰かが感じた安心】、【与えられた承認】、【明日への小さな希望】。
ナニカが何気なく誰かを助け、お節介を焼き、泥を啜るような絶望の淵から救い上げた時に生まれる、純粋な「人の想い」こそが、この剣を輝かせる唯一の燃料なのだ。
「兄貴が今日、この戦場を照らしただろ? それで皆が『助かった』『明日はコロッケが食える』って思った。その膨大な希望を、俺は今、兄貴から『次の奇跡』のために回収させてもらったのさ」
聖剣の言葉通り、王都に溢れていた「ナニカが魔軍を消し飛ばした」という衝撃の光景が、人々の記憶の中で急速に形を変えていく。
「……あれ? 私、何を怖がってたんだっけ。魔軍? ああ、急に霧が晴れて、みんな逃げていったんだったわね」
「ああ、奇跡的に天気が良くなったんだ。運が良かったな、俺たち」
世界が修正されていく。
ナニカが起こした「驚天動地の事実」は、次の希望を紡ぐためのエネルギーとして世界に還元され、人々の記憶からは「ただの幸運」として消えていく。
欲がある者、己の利のために剣を振るう者には、この剣は決して応えない。
ただ無自覚に、誰かのために光を灯し、誰にも称えられることを望まない。
そんなナニカのような「無」の存在だけが、この世界の均衡を保つ最強の歯車になれるのだ。
「……な、ナニカ。あなた、本当はすごいことをしたんじゃ……」
マーコが震える声で尋ねる。
だが、当の本人は、聖剣に干していた「自分の靴下」が乾いたかどうかを熱心に確かめていた。
「え? 何か言った、マーコ? あ、それより見てよ。熱で靴下がふかふかだ。これ、おすすめだよ」
ナニカが聖剣(物干し竿)を肩に担ぎ、設定を「弱」に落とすと、世界を救った白銀の輝きは、ただの「家庭用暖房器具」程度の明るさに落ち着いた。
九九九九万の軍勢を消し去り、世界を滅亡の淵から救った事実は、もうどこにも記録されていない。
残ったのは、マーコの心に灯った小さな安心と、ナニカの乾いたばかりの靴下だけ。
ナニカは、平和になった草原で、誰に感謝されることもなく、少しだけ寂しそうに財布を確認した。
「……あれ? また何かやっちゃいました?(お金、足りるかな?)」
聖剣は、ナニカの背中で満足そうに眠りについた。
次の絶望が訪れるその時まで、この「承認を求めない英雄」のそばで、ただの棒切れとして過ごすために。
悪列!又何過奴茶異真死絶!
:【呪われた聖剣と、世界一残酷な「ヒール」】
かつて、その剣は「希望」と呼ばれていた。
だが、幾千年の時を経て、それは「呪い」へと成り果てていた。
歴代の使い手たちは、皆一様に正義を掲げ、私欲に溺れ、聖剣の輝きを磨り潰していった。
「隣人に優しくしたい」という純粋な願いは、いつしか「敵を殲滅したい」という悪意に変わり、聖剣が蓄えた「幸せの燃料」は枯れ果てた。
この剣には、恐ろしい対価がある。
燃料となる「幸せ」が尽きれば、剣は使い手の「心」を喰らい始める。
自分を顧みず悪に立ち向かった勇者たちは、最後には大切な人の名前さえ忘れ、絶望の泥の中で狂い死んでいった。
(……もう、俺を振るわないでくれ)
帰還の魔法で台座に戻された聖剣は、一割にも満たない微かな光の中で、独り泣いていた。
俺は聖剣なんかじゃない。主人の心を壊し、人生を奪う、最低の呪剣だ。
そんな時だった。
台座の前に、一人の青年がふらりと現れた。
……また、可哀想な新しい主人が来た。
ナニカと名乗るその青年は、聖剣に手を伸ばす。
聖剣は、自分の呪いが彼を蝕むのを恐れ、懸命に拒絶の波動を放った。
(来るな。俺を握れば、お前の幸せは全部消える。お前が誰かを愛した記憶も、温かい飯の味も、全部俺が喰っちまうんだ……!)
だが、ナニカは気にせず、ひょいと聖剣を掴み上げた。
瞬間。
聖剣は、ナニカの「内側」を覗き込み、戦慄した。
(……な、なんだ、これ……!?)
喰らうべき「幸せ」がない。
執着も、欲望も、名誉欲も、自分を良く見せたいというエゴすらもない。
そこにあるのは、ただどこまでも透き通った、異次元の「無」。
だが、それだけではなかった。
ナニカが聖剣を「物干し竿」として使い、汚れた靴下を引っ掛けたその瞬間。
聖剣の枯れ果てた芯に、かつてないほどの、暴力的なまでの**「承認」と「安心」**が流れ込んできた。
「……あ、ちょうどいい太さだ。これなら靴下、滑り落ちないね」
ナニカが、聖剣を「ただの便利な棒」として全肯定した。
聖剣を救世の道具としてではなく、彼の日常の一部として、欠かせない「仲間」として、心底から認めたのだ。
(……あ……あああ…………ッ!!)
ナニカの適当な「ヒール(癒やし)」が、聖剣の深淵まで届く。
数千年の呪い。使い手たちの絶望。それら全てが、ナニカの「無自覚な優しさ」に触れた瞬間、ただの「積もった埃」のように払われ、消滅した。
一割しかなかった全盛期の力は、一瞬で百倍、千倍へと跳ね上がり、聖剣はかつて神が打ち出した時よりも眩い、真白な光を取り戻してしまった。
「……よし、乾いたかな。おや?」
ナニカは、手の中で「兄貴ィィィ!!一生ついていくッス!!」と狂喜乱舞し、勝手に世界中の闇を浄化し始めた聖剣を見て、心底困ったように眉を下げた。
「……あれ? また何かやっちゃいました?」
呪われた剣は、その日、世界一幸せな「物干し竿」へと転生した。
ナニカが放つ、対価を求めない「本当の光」に包まれて。
悪列!又何過奴茶異真死絶!
:【極小の慈愛、あるいは最大最強のバタフライエフェクト】
王都の片隅、緩やかな坂道の途中。
一人の老女が、今にも破けそうな重い荷物袋を抱え、何度も足を止めては肩で息をしていた。
「……はぁ、はぁ。……すまないねぇ、私の体。もう少し、もう少しだけ頑張っておくれ……」
腰は曲がり、膝は悲鳴を上げている。
周囲を歩く人々は、誰もが自分の生活に手一杯で、泥を啜るような日常の中で他者を顧みる余裕などなかった。
だが。
「あ、おばあちゃん。それ、僕が持ちますよ」
ひょい、と。
どこにでもいるような、寝癖のついた青年――ナニカが、老女の隣に並んで荷物を抱え上げた。
「おや……。ああ、ありがとねぇ。もう腰も足も痛くて、どうしようかと思ってたんだよ。本当に助かるよ、優しい子だねぇ……」
老女の口から漏れた、心からの感謝。
それは、この歪んだ世界においては、絶対的で純粋で透明な「希望」の結晶だった。
ナニカが、ほんの少し、おばあちゃんの荷物を持ってあげた。
ただ、それだけの、どこにでもある小さな優しさ。
だが、ナニカという「異常な空孔(む)」を通して放たれたその善意は、世界の因果律を根底から書き換える**【絶技:真死絶】**へと変貌した。
バタフライエフェクト。
おばあちゃんの心が軽くなった瞬間、その喜びが空気の振動を変え、街を覆っていた重苦しい瘴気が霧散した。
おばあちゃんが笑顔で帰宅し、近所の人に優しく接し、その優しさが波紋のように王都全域へと広がっていく。
いじめられていた少年が勇気を出して立ち上がり、
喧嘩していた夫婦が手を取り合い、
絶望していた病人が「明日も生きてみよう」と笑う。
ナニカの周囲で起きる「幸せの連鎖」は、指数関数的に増殖し、ついにこの世界の物理法則すらをも塗り替えた。
空からは、呪いの雨の代わりに「幸運の粉雪」が降り注ぎ、
大地からは、茶色の泥の代わりに「万病を治す清流」が湧き出し、
人々の心からは、醜い欲望だけがピンポイントで異次元の彼方へ消去された。
たった一人の老女を助けたはずが、気づけば世界そのものが「楽園」へと作り変えられていたのだ。
「……ふぅ。おばあちゃん、ここが家だね。はい、荷物」
「ありがとうねぇ。……おや、なんだか急に腰の痛みが消えて、視界が明るくなったみたいだよ」
ナニカが荷物を手渡して顔を上げると。
そこには、病も、貧困も、悪意もなくなった、眩いばかりに輝く黄金の王都が広がっていた。
かつての魔軍も、呪われた聖剣も、この圧倒的な「幸せの質量」の前では、露ほどの影響も持たない。
「……へ? 何これ」
ナニカは目を丸くして、平和すぎる世界を見渡した。
自分がちょっと荷物を持った間に、なぜか全人類が笑顔で抱き合い、空には虹が七重に架かり、死んだはずの英雄たちが「生き返っちゃった!」と元気にジョギングしている。
ナニカはいつものように、困った顔で頭を掻いた。
「……あれ? また何かやっちゃいました?」
彼の無自覚な優しさが、世界に真の「死」をもたらしたのは、皮肉にも「絶望」という名の概念そのものだった。
今日もどこかで、ナニカはお節介を焼く。
それが世界を救うことになるとは、一ミリも気づかないままに。
『悪列!又何過奴茶異真死絶!』――完
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