糞5号改稿ストレス軽減失敗編


「無能は去れ。貴様に振るう剣など、この国には一本も残っていない」

白亜の王宮。勇者レオンの嘲笑と共に、コウタの愛剣が床に投げ捨てられた。濡れ衣を着せられ、すべてを剥奪されたコウタは、無造作に転がっていた一本の「演習用木刀」を拾い上げる。


「……そうか。なら、それはお前にやるよ。剣に振り回されるだけのガキには、お似合いの玩具だ」


「なんだと……!?」


振り返りもせず、コウタは国境の死地へと歩み出す。背後から放たれたレオンの魔法を、一瞥もせず木刀の背で「軌道」だけを叩いて逸らしながら。


「――ねえ、不愉快じゃない? あんなゴミ、私が一瞬で『消して』あげようか?」


影から現れたのは、封印を解かれた災厄の少女、ユウコ。彼女が指先を鳴らそうとした瞬間、コウタは冷徹にその手首を掴んだ。


「……ユウコ。俺の研鑽(じかん)を、お前のそんな安っぽい『チート』で汚すな。死にたくなければ、黙って見ていろ」


「……っ、ふふ。いいわ。貴方がボロボロになって私を求めるまで、特等席で見物してあげる」


国境を越えた瞬間、待ち構えていたのは三千の断罪騎士団。空を埋め尽くす必中の魔法。

コウタは深く、静かに息を吸う。


「――邪魔だ」


爆炎の中を、コウタが「歩く」。

魔法の弾幕が、彼の髪一筋さえかすめない。飛来する熱線の「継ぎ目」を見切り、最小限の体捌きですり抜ける。それは魔法やスキルではない、極限まで磨き抜かれた『生存の技術』。


「なっ、なぜ当たらない!? 範囲攻撃のはずだぞ!」


「……どんな攻撃にも、必ず『理(ことわり)』がある。それが見えていれば、当たるはずがない」


肉薄。コウタは木刀を突き出した。

重厚な魔力障壁に覆われた騎士の喉元へ、木刀の先端が吸い込まれる。障壁の波長が変化する一瞬の隙間。そこを針の穴を通すような精密さで貫いた。


「ガッ……!?」


障壁を維持したまま、中身の喉仏だけを粉砕された騎士が崩れ落ちる。

コウタは止まらない。木刀が折れれば、落ちている石を拾う。石がなければ拳で「急所」を断つ。

三千の軍勢が、たった一人の「普通の人間」の前に、恐怖で道を空けた。


「……あ、あはは! すごい、すごいわコウタ! 神様が作ったルールを、貴方はただの『腕一本』でゴミ屑に変えていくのね!」


ユウコは戦場の真ん中で、返り血を浴びて立ち尽くすコウタを見つめ、恍惚と頬を染める。

コウタは、傷だらけの右腕を無造作に振り、次の敵を指差した。


「……ユウコ。俺の剣が届く範囲に、お前の『消去』の出番はない。……俺がこの世の全てを『技術』で分からせるまで、そこでお利口にしていろ」


「……ええ、そうね。……貴方のその傲慢な背中、一生離さないわ」


チートを拒絶し、己を証明し続ける剣士と、その圧倒的な「個」に魅せられた災厄。

世界で最も不機嫌で、最も最強な二人の進撃が、ここから始まる。



「――聖剣デュランダル。この輝きこそが、世界に選ばれた『正義』の証だ!」

荒野に黄金の光が満ちる。勇者レオンが引き抜いたのは、神の加護を宿し、振るうだけで山を裂き、あらゆる魔を退ける絶対の象徴。

対するコウタが手にしているのは、先ほどの戦闘でさらにボロボロになった、ただの木の棒だ。


「コウタ! 貴様のその『技術』とやらが、神の作った『最強』にどこまで通用するか試してやる! ――死ね!」


レオンが聖剣を振り下ろす。

光の奔流がコウタを飲み込もうとした。回避不能の広域破壊。だが、コウタは逃げない。それどころか、死の光の真っ只中へと、吸い込まれるように一歩踏み込んだ。


「――道具にこだわるのは三流。環境を言い訳にするのは二流だ」


「なっ……!?」


コウタの体が、光の粒子のわずかな「密度の薄い箇所」をすり抜ける。

レオンの眼前、聖剣が放つ光の根本――「最も無防備な一点」に、コウタの木刀がピタリと添えられた。


「お前の剣には、心がない。加護という名の自動操縦に、ただ腕を預けているだけだ。……そんなものは、剣士とは呼ばない。ただの『機材』だ」


「黙れぇ! 聖剣よ、こいつを塵に――」


レオンが無理やり剣を薙ごうとした瞬間。

コウタは木刀を引かず、逆に「押し込んだ」。

聖剣の刀身が震え、キィィィィンという悲鳴のような金属音が響く。コウタは、聖剣が魔力を放出する瞬間の『振動の周期』を完全に読み切り、その逆位相の衝撃を木刀から叩き込んだのだ。


「――折れろ」


パキィィィィィィィン!!


神の加護を宿したはずの聖剣が、ただの木の棒に押し負け、中心から粉々に砕け散った。

黄金の破片が地面に突き刺さり、光を失っていく。


「……そ、そんな……。神の剣が、ただの棒切れに……? 嘘だ、こんなこと、あってはならないんだ……!」


レオンは砕けた柄を握ったまま、膝から崩れ落ちた。

信じていた「最強」を、ただの「腕」と「理屈」で粉砕された屈辱。それは死よりも深い絶望だった。


「……ふふ、あはははは! 傑作ね! 自分の信じた神様のチートが、コウタの『百万回の素振り』に負けた気分はどう? レオン、貴方は今日から、ただの『剣も持てない無能』に成り下がったのよ!」


ユウコが影から現れ、レオンの顔のすぐ横に立ち、歪んだ嘲笑を浴びせる。

彼女はコウタの勝利を我がことのように喜びながら、同時に、レオンの存在そのものを消去してしまいたい殺意を瞳に宿していた。


「……ユウコ。その惨めな男を消す価値さえ、今の俺にはない。……行くぞ」


コウタは振り返りもせず、折れた木刀を捨て、そこらに落ちていた「ただの石ころ」を拾い上げた。


「……待て! 待ってくれコウタ! 悪かった、俺が間違っていた! 貴様を国に……!」


「……聞こえなかったのか? 俺は、お前にも、お前の国にも……もう興味がないんだよ」


コウタの冷徹な背中が遠ざかっていく。

レオンは、自分がどれほど「取るに足らない存在」にまで格下げされたかを思い知り、泥を噛みながら絶叫した。

チートなき最強が、世界の頂点を引きずり下ろした瞬間だった。



 3.【屈辱】王女の懺悔と、冷徹な一蹴

国境の荒野。跪く勇者レオンの背後から、豪華な馬車と共に現れたのは、王女エルゼだった。

かつてコウタを「無能」と呼び、冷笑を浮かべながら追放を命じた彼女の顔は今、驚愕と後悔で白く塗り潰されている。


「コウタ……! 待って、行かないで! 私が悪かったわ、貴方の力こそが王国を救う真の希望だった。……お願い、戻ってきて。貴方を公爵に叙し、私の……私の夫として迎え入れると約束するわ!」


エルゼはドレスを泥で汚すのも厭わず、コウタの足元へ縋り付こうとする。

かつてのコウタなら、その美貌と涙に心を動かしたかもしれない。だが今の彼は、彼女の指が触れる直前に、無機質な一歩を引いてそれをかわした。


「……ねえコウタ。この女、本当に図々しいわね。貴方をゴミのように捨てたくせに、勝てないと分かったら色目で釣ろうなんて。……今すぐ、その喉元から『声』ごと消去してあげようか?」


影から這い出したユウコが、エルゼの髪を掴み上げんばかりの勢いで詰め寄る。その指先には、触れるものすべてを無に帰す黒い虚無が渦巻いていた。


「――止めろ、ユウコ。その女を消すほどの価値、今の俺の技術(スキル)には必要ない」


コウタの声は、吹雪のように冷たかった。


「コウタ……! どうして!? 私は謝っているのよ! 貴方に相応しい地位も、富も、そして私という女も……すべてを差し出すと言っているのに!」


「エルゼ。お前はまだ、自分が何を間違えたのか分かっていないようだな」


コウタは拾ったばかりの石ころを掌で転がし、初めて王女の瞳を真っ向から見据えた。


「俺が欲しかったのは、地位でも、お前という報酬でもない。……ただ、自分の磨き上げた剣が、お前たちが信じる『選民思想』や『加護』という名のチートを凌駕すること。それだけだ」


コウタは一度だけ、手の中の石を軽く弾いた。

シュン、という不可視の衝撃がエルゼの耳元をかすめ、背後に控えていた王宮の豪華な馬車を、中心から真っ二つに叩き割った。


「……っ!? ひ、ひぃ……!」


「お前は、俺の十五年を『無能』と断じた。……なら、俺もお前の『王族としての価値』を断じよう。――今の俺にとって、お前という存在は、道端に転がっているこの石ころ以下の『ノイズ』だ。……消えろ」


「…………っ、あぁ……」


エルゼはその場に崩れ落ち、声を失った。

憎まれることさえ許されない、完全なる拒絶。自分がどれだけ着飾ろうと、コウタの孤高な剣の世界には、彼女が入り込める隙間など一ミクロンも残っていなかったのだ。


「あはは! 傑作ね、エルゼ! 貴方の自慢の美貌も、コウタにとっては『素振りの邪魔』でしかないのよ! ……さあコウタ、次に行きましょう。こんなゴミ捨て場にいたら、貴方の剣が鈍っちゃうわ」


ユウコは王女の絶望を心底楽しそうに笑い飛ばし、コウタの隣へと寄り添う。

コウタは一度も振り返らず、世界の果て、さらに強い理不尽が待つ場所へと歩みを進めた。

復讐ですらなく、ただの「証明」。

そのストイックな背中に、ユウコは呪いのような恍惚を抱き、追いかけ続ける。


 5.【守護】「守りたいものは、俺の手の届く範囲にある」

かつて、無能と蔑まれていたコウタに「お前の剣筋には迷いがない」と唯一言葉をかけ、剣を教えた老兵・バルカス。彼が守る辺境の孤児院が、王国の「反逆者隠匿」の罪を着せられ、軍の殲滅対象となった。

現場に駆けつけたコウタの前に立ち塞がったのは、王国の隠し札、禁忌の魔道具を体に埋め込んだ『人型兵装』百体。


「コウタ! お願い、私にやらせて! 奴ら、人間ですらないわ! 私が指一本鳴らせば、その醜い機械の塊を塵にしてあげられるのに!」


ユウコが必死に叫ぶ。だが、コウタはすでに満身創痍だった。ここに来るまでの道中、数千の伏兵を「技術」だけで切り抜けてきた代償だ。肩は深く斬られ、脇腹からは血が滴り、握った木刀は今にも砕け散りそうに震えている。


「……黙って見ていろと言ったはずだ。ユウコ、お前の手で消した勝利に……俺の歩んできた時間の証明はない」


「でも、死んじゃう! 貴方の体はもう限界よ! 技術(スキル)だけじゃ、その物理的なダメージは埋められないわ!」


「埋められないなら……超えるだけだ」


コウタは吐血しながらも、折れかけた足を一歩踏み出した。人型兵装が一斉に、熱線と物理弾を放つ。コウタは、もはや目視ではない。痛覚、嗅覚、皮膚が感じるわずかな空気の揺らぎ――それらすべてを「剣の理」に変換し、死の弾幕をミリ単位の回避で潜り抜ける。


「――閃・断・一文字」


シュン、と。木刀が、人型兵装の動力源である「核」を一点、一点、正確に打ち抜いていく。だが、代償は大きかった。回避しきれない破片がコウタの頬を削り、熱線が彼の腕を焼く。骨が軋む音がユウコの耳にも届く。


「あ……あぁっ……コウタ!!」


ユウコは自分の爪が食い込むほど拳を握りしめた。助けたい。今すぐその最悪な「物理法則」をデリートしてあげたい。けれど、血塗れになりながら、一振りの木刀で鋼鉄の巨人を沈めていくコウタの姿は、神々しいまでに美しく、そして残酷だった。


「……はぁ、はぁ……。見たか、ユウコ」


最後の一体が沈黙した時、コウタは折れた木刀を杖代わりに、ようやく立ち上がっていた。全身の筋肉は断裂し、視界は真っ赤に染まっている。客観的に見れば、敗北寸前のボロ雑巾だ。しかし、その瞳だけは、勝利した勇者よりも鋭く輝いている。


「……守りたいものは、俺の手の届く範囲にある。……それさえ、俺の『剣』で守りきれれば、世界のチートなんて……どうでもいいんだよ」


コウタはふらつきながらも、バルカスと子供たちが震える孤児院の門の前に、毅然として立ち続けた。背後のユウコは、崩れ落ちるように膝をついた。


「……貴方の勝ちよ。……私の『消去』なんて、貴方のその『不屈』に比べれば、なんて安っぽくて、薄っぺらな力なのかしら……」


絶望的な実力差を、文字通り「命を削る技術」で覆したコウタ。ユウコは悟った。自分が彼を屈服させるのではない。自分が、この「不屈の剣士」の歩む道の、ただの観測者(ドレイ)に過ぎないのだということを。




 6.【地獄の検品】ユウコの暴走と、コウタの「しつけ」

辺境の夜。焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂の中、ユウコの精神はついに臨界点を迎えていた。

王女を無視し、ボロボロになりながらも自分を頼ろうとしないコウタ。その「個」としての完結さが、彼女の歪んだ独占欲を逆撫でする。


「……ねえコウタ。どうして私を使わないの? どうして私に縋ってくれないの? 貴方の腕なんて、さっきの戦いでボロボロじゃない……。そんなもの、私が全部消して、新しい世界を作ってあげれば済む話なのに……っ!!」


ユウコの叫びと共に、大気が悲鳴を上げた。

彼女の背後から溢れ出したのは、どす黒い虚無の波動。触れるものすべてを存在定義ごと抹消する、暴走した『終焉の権能』。

周囲の巨木が、大地が、そして星空の光さえもが、彼女の感情に呼応して音もなく「消失」していく。


「――ユウコ。その力を収めろ。これ以上は、俺の『砥石』になるはずの自然まで消え失せる」


削りかけの薪を手に、コウタが静かに立ち上がった。


「嫌よ……! 収めないわ! 貴方が私なしでは生きていけないと認めるまで、私は世界を削り続けてやるんだから! コウタ、私を見て! 私の『絶望』を見てよ!!」


ユウコは涙を流しながら、全方位に向けて『完全消去』の波動を解き放った。

常人ならば、その波動の余波に触れた瞬間に塵も残さず消滅する。

だが、コウタは逃げなかった。それどころか、死の虚無が渦巻く中心へと、ただ「歩いて」接近していく。


「……何よ、その目は。どうして消えないの!? どうして私の『理不尽』が届かないのよ!?」


「……お前の『消去』には、隙間が多すぎる」


コウタは、死の波動が交差するわずかな「不活性領域」を、ミリ単位の歩法で縫うように進んでいた。

それは、激流の隙間を泳ぐ魚のような、あるいは嵐の中を濡れずに歩くような、神懸かり的な空間把握。


「――お前は、心が弱い、ユウコ」


「――っ……!?」


至近距離。

コウタの手が、ユウコの首筋に優しく、しかし抗いようのない力で添えられた。

もう片方の手は、彼女の激しい鼓動を確かめるように胸に置かれる。


「力が強すぎるゆえに、お前は自分の心も、力の制御も、すべてを投げ出している。思い通りにいかないからと世界を消そうとするのは、駄々をこねる子供と同じだ。そんな脆弱な精神で、俺の十五年間に並ぼうなどと……片腹痛い」


「……あ、あぁ……」


コウタの冷徹な、しかし自分を真っ向から射抜く瞳。

ユウコは、自分の最強の力が、彼のたった一言の「しつけ」によって、霧散していくのを感じた。


「いいか。次に暴走したら、俺は技術(スキル)でお前の『力の源流』だけをピンポイントで断ち切る。そうなれば、お前はただの、力のない、何の役にも立たない女になるぞ。……それでもいいのか?」


「……っ。それは……嫌……」


コウタに「無価値」と断じられること。それこそが、ユウコにとって死よりも恐ろしい『消去』だった。

暴走していた波動が収まり、森に不気味なほどの静寂が戻る。ユウコは糸が切れた人形のようにコウタの胸に崩れ落ち、震える声で囁いた。


「……ねえ、コウタ。……嫌いにならないで。私……頑張るから。貴方の邪魔にならないように、もっと、おしとやかに『消す』から……」


「……次は、俺が許可した時だけだ。わかったな」


コウタは彼女を抱き留めることもなく、ただ突き放すように言った。

ユウコはその冷たさにさえ、自分に向けられた「管理」という名の独占を感じ、頬を赤らめて陶酔する。

チートを持たぬ男が、チートそのものである災厄の少女を、ただの「精神力」と「圧」で支配した。

二人の歪な旅は、主従の関係をより強固なものにして、神の住まう聖域へと近づいていく。



 7.【決戦】神の代行者 vs 限界突破の凡人

世界の中心、天空に浮かぶ『裁定の神殿』。

そこに現れたのは、世界の法則(システム)を管理する絶対的な存在、第一使徒・ルシフェルだった。彼は、世界のバグであるユウコと、理を無視して強くなりすぎたコウタを排除すべく降臨した。


「理解不能ですね、コウタ・リィヴス。貴方の肉体は、すでに生物としての限界を数千回超えて損壊している。なぜ、ただの『剣士』という概念に固執し、神の理に刃を向けるのですか?」


ルシフェルが指先を動かす。

瞬間、コウタの周囲の「重力」が万倍に増大し、「空間」が彼を押し潰そうと歪曲する。それは回避不能、防御不能。世界そのものが「死ね」と命じているに等しい、チートの権化。


「コウタ……! もういい、もういいわよ! 神相手に人間の技が通じるわけない! お願い、私に全部消させて! 世界も、神も、システムも、私が無(ゼロ)にしてあげるから!!」


ユウコが泣き叫び、自身の存在を賭けて『完全消去』の権能を解放しようとする。だが、重力に押し潰され、全身の毛細血管が弾け、真っ赤な血を噴き出しながらも――コウタは笑った。


「……黙って……見ていろと言っただろう……ユウコ。神が『理』を操るなら……俺は、その理の『外側』へ……この一振りで、辿り着いてみせる」


コウタは、もはや折れて柄だけになった木刀の破片を、震える手で構えた。ボロボロの体。力など入るはずがない。だが、彼の精神は今、十五年の研鑽の全てを一点に凝縮し、物質的な肉体を超越していた。


「――心技体、極まれば。……理(システム)さえも、俺の『間合い』だ」


コウタが一歩、踏み出した。

重力による圧壊が、彼に触れる直前で「横」に逸れる。空間の歪みが、彼の歩みに合わせて「道」を譲る。それは魔法でもチートでもない。ただ、彼の剣技が、大気の流れ、魔力の循環、世界の呼吸そのものを『読み切り』、その隙間を完璧に通り抜けているのだ。


「……なっ!? 神の理を……ただの歩法で無効化したというのか!? 貴様、何をした!!」


「……斬ったんだよ。お前が自信満々に操っている、その『世界の法則』の継ぎ目をな」


至近距離。コウタは、もはや武器とも呼べない木の破片を、ルシフェルの胸元へ突き出した。


「――絶剣・零(ゼロ)」


音も、衝撃もなかった。ただ、ルシフェルの体が、神の加護も、不滅の肉体も無視して、一筋の「線」として断たれた。コウタの技は、ついに「物質」ではなく「概念」を物理的に解体する領域へ到達していた。


「ば、バカな……。神に、届くはずが……人間の一振りが……理を……超え……」


ルシフェルは光の粒子となって霧散していく。神の代行者が消え、天空の城が崩壊し始める中、コウタは崩れるようにその場に膝をついた。


「……はは。……どうだ、ユウコ。俺の……勝ちだ……」


「コウタ!!」


ユウコは彼を抱きしめた。血塗れで、ボロボロで、今にも消えてしまいそうな体。けれど、神のチートを自らの『腕』だけで叩き伏せたその男は、ユウコにとって、世界中のどんな権能よりも、どんな奇跡よりも、恐ろしく、そして愛おしい『最強』だった。


「……ああ、そうね。貴方の勝ちよ、コウタ。……貴方の剣は、神様さえも追い越しちゃった。……でも、そんなボロボロの貴方を、一生離さないのは私の勝ちだから」


 裁定の神殿が崩壊し、天から降り注ぐ光の破片が、焦土と化した地上を照らしていた。

王国の軍勢も、神の使いも、もはやここにはいない。残されたのは、血の海の中でボロボロの体を横たえるコウタと、その傍らで彼を壊れ物を扱うように抱きしめるユウコだけだった。


「……終わったのね、コウタ。貴方は神の理さえも、その一振りで解体してしまった。……もう、この世界に貴方の『技術』に抗える理不尽なんて、どこにも存在しないわ」


ユウコはコウタの頬に触れ、愛おしげに、そして酷く歪んだ笑みを浮かべた。彼女の手が、コウタの動かなくなった右腕に向かう。


「ねえ、コウタ。……もう、十分でしょう? 十五年も、こんなボロボロになるまで剣を振ってきたんだもの。……あとは、私が貴方の『腕』になってあげる。貴方を拒絶した世界も、貴方を傷つけた歴史も、私が全部消して、貴方だけの楽園を作ってあげるから」


ユウコが指を鳴らそうとする。コウタの『証明』が終わった今、彼を外界から隔離し、永遠の安寧(檻)に閉じ込める。それこそが、彼女が夢見た真のハッピーエンドだった。


「――待て。勝手に終わらせるな、ユウコ」


だが、その時。死んだように動かなかったコウタの手が、震えながらも、ユウコの指先を力強く掴み取った。


「……なっ!? コウタ……貴方、その体でまだ動けるの!? 骨は砕け、魔力も底をついているはずなのに!」


「……言ったはずだ。俺の剣に、限界はない。……神を斬ったなら、次は……神を超えた先にある『自分』を斬るだけだ」


コウタは、もはや形すら残っていない木刀の『破片』を、震える指先で拾い上げた。その瞳には、安住への誘惑など一分も存在しない。ただ、さらなる高み、さらなる研鑽への、飽くなき渇望だけが燃え盛っている。


「お前の『消去(チート)』は……やはり、最後まで俺にはふさわしくない。……俺の剣が届く限り、お前に出番はないんだよ、ユウコ」


「…………っ!!」


ユウコは絶句した。絶望的なダメージも、神の理も、そして自分の狂おしいまでの愛着(チート)さえも。コウタはそのすべてを「技術を磨くための障害」として切り捨て、ただ一振りの剣として生きようとしている。


「……ああ、そう。そうよね。……貴方は、そういう男よね。……私がどれだけ世界を消して、貴方を孤独にしても、貴方はその空虚さえも『砥石』にして、また剣を振るい始めるんだわ」


ユウコは、自分に向けられた「拒絶」に、かつてないほどの快楽と絶望を感じて、高らかに笑い声を上げた。自分はこの男に、一生必要とされない。けれど、彼が己を証明し続けるその背中を、誰よりも近くで、永遠に見続ける権利だけは――誰も奪えない。


「わかったわよ、コウタ。……貴方が剣を振り続けるなら、私はその『余波』で死んでいく世界を、ただ眺めていてあげる。……貴方がいつか、その腕を使い果たして倒れるその日まで……私は、貴方の影に寄り添う最凶の『ノイズ』でいてあげるわ」


コウタは、返事の代わりに木刀の破片を虚空へ振った。シュン、という小さな、けれど世界の誰よりも鋭い音が、静寂の荒野に響き渡る。


冤罪を晴らすこともなく、王座に就くこともなく。ただ一人の剣士と、一人の災厄が、果てしない強さの先を求めて、再び歩み始める。チートを拒み、理不尽を穿ち、自らの命さえも技術の糧とする。それは、世界で最も孤独で、最も高潔で、そして最も歪な、二人の「終わらない旅」の始まりだった。

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