第14章「公爵の罠」



空調ギルドの成功は、敵の警戒心を高めていた。


ヴァルモント公爵。彼の妨害工作は、水面下で続いていた。


だが、透はそれを甘く見ていた。


その夜——


「火事だ!」


叫び声で、透は目を覚ました。


窓の外が、赤く染まっている。


飛び起きて外に出ると、ギルドの事務所から炎が上がっていた。


「何が——」


「分かりません! 気づいた時には、もう燃えていて——」


ガルドが駆け寄ってきた。その顔は、煤で汚れている。


「消火を! 水を!」


職人たちが必死で水を運んだ。だが、炎の勢いは止まらない。


透は燃え盛る建物を見つめた。


あの中には——


「技術ノートが——」


図面も、設計書も、全ての記録があの中にある。数ヶ月かけて蓄積した知識と情報が、炎に包まれようとしている。


「師匠! 危険です!」


ガルドが透を止めようとした。


だが、透は炎の中に飛び込もうとして——


「待ってください!」


背後から、リーナの声がした。


振り返ると、彼女が走ってきた。その手には、分厚い束が抱えられている。


「これは……」


「技術ノートの写しです。私が魔法で複製しておきました」


透は目を見開いた。


「複製……?」


「前に、トール殿が『バックアップが大切だ』とおっしゃっていたでしょう? 私の家に、全ての書類の写しを保管しておきました」


透は言葉を失った。


やがて、深い安堵の息を吐いた。


「……助かった」


「いいえ」


リーナは首を横に振った。


「当然のことをしただけです」




火事は、明け方にようやく鎮火した。


事務所は、ほぼ全焼。残ったのは、焼け焦げた柱と瓦礫の山だけだった。


「これは、事故ではありません」


シルヴィアが険しい表情で報告した。


「複数の場所から同時に火が出ています。明らかに、放火です」


「犯人の手がかりは?」


「調査中です。ただ……」


シルヴィアは声を落とした。


「目撃者によると、火事の直前に、見慣れない男たちがこの辺りをうろついていたそうです。服装から見て、公爵家の使用人の可能性があります」


透の目が細くなった。


「ヴァルモント公爵……」


「証拠はありません。ですが、状況からして——」


「分かっている」


透は焼け跡を見つめた。


公爵の妨害は、ついに直接攻撃に転じた。もはや、水面下の工作では済まなくなっている。


だが、同時に、透は冷静だった。


「シルヴィア」


「はい」


「ギルドの再建を始める。新しい事務所を探してくれ」


「……それだけですか?」


シルヴィアは戸惑った顔をした。


「公爵に対して、何か——」


「今は動かない」


透は言った。


「証拠がない状態で動いても、逆効果だ。俺たちは、仕事で結果を出す。それが、最大の反撃になる」


透は職人たちを見回した。


全員が、疲れ切った顔で立ち尽くしている。


「皆、聞いてくれ」


透の声に、全員が顔を上げた。


「事務所は燃えた。だが、俺たちの技術は燃えていない。図面も、記録も、写しが残っている。明日から、通常通り仕事を再開する」


「でも、師匠——」


ガルドが口を挟んだ。


「こんな目に遭って、普通に仕事を続けるんですか? 犯人を見つけて——」


「犯人は、俺たちが潰れることを望んでいる」


透は言った。


「だから、俺たちは潰れない。火事があっても、妨害があっても、仕事を続ける。それが、最大の反撃だ」


透は拳を握った。


「俺たちは、負けない。何があっても、負けない」


職人たちの目に、光が戻り始めた。


「……分かりました」


ガルドが頷いた。


「俺たちは、仕事で見返します」


他の職人たちも、一人ずつ頷いていった。




その日の午後、透はリーナと二人で話をした。


「公爵は、本気で私たちを潰しにかかっています」


リーナは険しい表情で言った。


「今回の放火は、始まりに過ぎないかもしれません」


「分かっている」


「では、なぜ——」


「今は、反撃の時ではないからだ」


透は言った。


「公爵を追い詰めるためには、証拠が必要だ。そして、証拠を集めるためには、時間がかかる」


「証拠……」


「ああ」


透は考えを巡らせた。


「リーナさん。公爵の商売について、詳しく知っていますか?」


「魔道具の製造と販売です。王都でも有数の規模を誇っています」


「その製造過程で、廃棄物は出ますか?」


「廃棄物?」


「ええ。金属の削りかす、使用済みの薬品、壊れた部品。そういったものは、どう処理されていますか?」


リーナは少し考えてから答えた。


「正直、よく分かりません。製造業者の内部事情は、外からは見えませんから」


「調べてみる価値はある」


透は言った。


「俺の世界では、廃棄物の不法投棄で摘発される企業が多かった。適正な処理にはコストがかかるから、こっそり捨ててしまう。それが発覚すると、大問題になる」


「不法投棄……」


「この世界にも、廃棄物の規制はありますか?」


「ある程度は。王都内では、決められた場所以外に廃棄物を捨てることは禁じられています。ただ、監視は厳しくないので……」


「なるほど」


透は頷いた。


「公爵の工房を調べよう。もし不正があれば、それを証拠にできる」




調査は、慎重に進められた。


透は、信頼できる何人かに依頼して、公爵の魔道具工房を監視してもらった。


二週間後。


「見つかりました」


シルヴィアが報告に来た。


「公爵の工房から、深夜に荷車が出ています。向かう先は、王都郊外の森。そこに、大量の廃棄物を不法投棄しているようです」


「証拠は?」


「目撃証言と、投棄現場の写真(魔法による記録映像)があります」


透は報告書を受け取った。


「これで、動ける」

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