第3話 お茶でもいかが

明け方までエレナと話し込んでいたカルロッタは、前日の事故で頭を打っていることもあり、公爵家の屋敷で一日のんびりと過ごすことにした。


「カルロッタ様。お茶はいかがでしょうか?」


 メイドの言葉に、表情を明るくするカルロッタ。


「まあ。ありがとう。窓辺のティーテーブルにお願いしていいかい?」

「かしこまりました」


 エレナのつけてくれた若いメイドは、小柄でよく気が利く娘だった。大きな瞳をキョロキョロ動かしながらよく動くメイドを、カルロッタはニコニコしながら見守っていた。


 明るい窓辺の椅子に腰かけて、公爵家のメイドの入れたお茶を飲む。


 「お天気がいい。お茶が美味しい。もうそれだけで今日は百点よ」


 カルロッタの言葉に、給仕するメイドも心なしか顔が綻んでいる。


 それから、カルロッタとメイドのお喋りが始まった。


 メイドによれば、エレナと公爵様は大変仲睦まじい夫婦だそうだ。貴族には珍しい、政略結婚ではなく、恋愛結婚。平民が貴族に見初められるというシンデレラストーリーに、エレナは社交界でも、市井でも注目の的らしい。


(エレナは美女だし、男が惚れるのもわかるわ)


 のんびりとお茶をしていたカルロッタの部屋の扉がノックされた。メイドが扉を開ける。


 部屋に入ってきたのは、肩幅の広い逞しい体格の男性だ。


「失礼する」


 低い声が響いた瞬間、メイドが慌てて背筋を伸ばして、小さく“旦那様”と呟いた。その言葉でカルロッタは、今入室した男性がこの屋敷の主であり、エレナの夫でもある公爵だと知った。


 カルロッタは座っていた椅子から立ち上がり、公爵を見上げた。

 鋭い青い瞳は鋼のように冷たく、カルロッタをじっと見つめている。


(あらあら、なんだか警戒されている気がするわ)


「はじめまして。公爵夫人のお心遣いで、この屋敷で静養させていただいているカルロッタ・モリスと申します」

「……ロイド・アンダーソン、エレナの夫だ。この度は馬車の事故に巻き込んでしまい申し訳ない」


 ロイドの視線はカルロッタに固定されたままだ。じっと見つめられたカルロッタは優しい笑みを浮かべる。


 カルロッタを存分に見つめたロイドは、低い声でボソッ呟く。


「……体調は、どうだ」


 ロイドの鋭い視線はカルロッタから離れない。

 じっと見つめられたカルロッタは首をかしげる。


(この視線は何かしら?)


 少し考えて、カルロッタは気づいた。


(この視線はただの体調チェックだわ)


「きちんと手当もしていただいたし、気にしないでくださいな。もう平気ですよ」


 ロイドはほっとしたように小さく頷いたけれど、視線はカルロッタから外れることはなかった。じっとカルロッタを見つめ、部屋を出て行く気配のないロイドに、カルロッタは内心で首をひねる。


「どうかされましたか?」

「聞きたいことがあるのだが」

「はい、なんでしょう?」

「……」


 ロイドは何か言いたげに、口を開いては閉じて沈黙している。


(あら、この大男、意外と繊細なのかしら?)


 切り出すのをためらわせる空気ではないとは思うけれど、視線を落としてなかなか言葉を発しないロイドにカルロッタは表情を柔らかくする。


「お時間があるのでしたら、お茶でもいかがでしょうか?」


「……いただこう」


 その言葉を聞いていたメイドは、てきぱきとお茶の用意をして、部屋を退出した。ロイドと向かい合って座ったカルロッタは、背筋を軽く伸ばして優しく視線を合わせた。


「昨夜……」

「昨夜?」

「エレナが……泣いて……ここにいただろう?」


 伺うようにそう言ったロイドに、カルロッタは声を立てずに笑みをこぼす。


(エレナのことが気になって仕方がない様子だわ)


「夜に……エレナが部屋からいなくなって、この部屋に入るところを見たのだ」

「エレナとお話はされましたか?」


 視線を落とした低い声でロイドは言う。


「……まだだ。泣いていた理由をあなたは知っているのか?」

「ええ、知っています」

「俺の……俺のせいなのだろうか?」


 ロイドの瞳が揺れているのを見たカルロッタは小さく首を振った。


「それは違います。私の口から言うより本人に聞いた方がいいと思いますが、それは違うと断言できますよ」


 そんな話をしている時だった。

 トントンとノックの音が響き、中に入ってきたのはエレナだった。


「失礼します。カルロッタさん昨日はありが……えっ? 旦那様?」


 部屋へと入ってきたエレナはロイドが座っていることに気づいて、驚いて足を止めた。


「エレナ」

「……旦那様」


 見つめ合う二人にカルロッタはそっと微笑んだ。


(いいタイミングだわ。これは二人で話すチャンスね)


「旦那様は私の具合を心配して訪ねてくれたんだよ。エレナもこちらに座ってごらん」


 少し躊躇して動きが止まったエレナだが、カルロッタが笑顔で一つ頷くと足を踏み出した。そして、エレナがロイドの隣に腰かけると、ロイドは真顔で身体を硬くしている。


(あらあら、本当に不器用な男だね)


 カルロッタから見れば、二人の内心が手に取るようにわかるけれど、当の本人たちはぎこちなく、妙な空気になっている。


「今ちょうど、お茶を飲んでいたところだったんだよ。エレナも一緒にお茶を飲みましょう」


 エレナの前にカップを置いたカルロッタは、そっと二人を見守る。


 一度口を開いては閉じ、眉間に皺を寄せるロイドと、手を膝の上でギュッと握って伏し目がちなエレナ。


 二人の様子にカルロッタは内心で小さく呟く。


(初々しいわね。お互い思い合っているのに、相手がどう思っているか不安なのね)


「さて、私は小腹が空いたからお茶菓子をもらってくるよ」


 二人一斉にカルロッタを見つめる。その瞳は置いていかないでくれと言わんばかりでカルロッタは小さく笑った。


 どこまでも不器用な男にカルロッタは、優しい声で言った。


「エレナは、あなたに話したいことがあるみたいですよ。ゆっくり聞いてあげてくださいね」


 カルロッタの言葉に不安そうなエレナにも声をかける。


「エレナ、旦那様はエレナが心配でたまらないみたいだよ」


 見つめ合う二人にカルロッタはニコリと笑って頷いた。


(よしよし、ここからは二人の時間だね)


「夫婦ってのはね、話をすることが大事なんだよ。たまにはお互い思っていることを言い合ってみるのもいいもんだよ。二人ならきっと大丈夫さ」


 カルロッタは席を立ち、邪魔にならないようにそっと微笑み扉を閉めた。


「すれ違いながらも思い合っている、あの二人なら心配ないわね」

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