第2話 えらい!
部屋へと戻ったカルロッタは、エレナの背に手を置いたまま暖炉の前のソファに二人で腰かけた。しばらく泣き続けたエレナだが、時折鼻をすする音が聞こえてくるだけになり、やがて涙が止まった。
「落ち着いたかい?」
「……ぐす……っ……」
赤くなった目元を手で擦るエレナが、少し落ち着いたのを確認したカルロッタは、部屋の隅に置いてある茶器セットを取りに立ち上がった。
(よかった。ポットのお湯はまだ温かいわね)
「まずは、お茶でも飲んで落ち着いて」
湯気の出ているカップを差し出すと、エレナは両手で受け取った。
「……温かい」
「やけどに気を付けて、ゆっくり飲むんだよ」
エレナの横でカルロッタも自分の分のお茶を一口含む。
「あーーー、美味しいお茶だね」
明るくそう言ったカルロッタを見たエレナもお茶を一口飲み込んだ。
「……美味しい」
「そりゃよかったよ」
しばらく黙ったままのエレナは、やがて、ぽつりと口を開いた。
「……わたくし、もう、どうしていいのかわからないのです」
「何かあったのかい?」
「今日、貴婦人協会のお茶会に呼ばれて行ってきたのですが、わたくしだけ青のドレスでした」
「それがどうしたんだい?」
「今日のお茶会に参加したご婦人は全員赤のドレスをお召しになっていたのです。わたくしだけが青のドレスで、伯爵夫人にマナー違反だと皆の前で指摘されました。そして、私の席だけ用意されておりませんでした」
お茶の入ったカップをテーブルに置いたエレナは、顔を覆い再び泣き出した。
(なるほど。エレナはいじめにあったわけだね)
顔を覆って下を向いたままのエレナの背をカルロッタが撫でれば、エレナは小さな声で呟いた。
「わ、わたくし、椅子がないので、お茶会の間、ずっと一人で立っておりました」
(なんてことを……それは辛かっただろうね)
お茶会の時を思い出したのか、悔しさをにじませたその声を聞いてカルロッタは一際大きな声で言った。
「えらい!」
「え?」
カルロッタの一言に、驚いて目を丸くしたエレナは顔を上げた。そんなエレナにとびきりの笑顔でカルロッタは言った。
「人はね辛い時は逃げたくなるものなのよ。でも、エレナはよく頑張ったじゃないか。その場から立ち去ることもできたのに、しなかったんだろう?」
「そ、それは、公爵夫人としての立場を考えて……」
「そうだよ。エレナは自分の立場を理解して、きちんと行動できたのさ。辛くても頑張ったエレナはえらいと、私は思うよ」
カルロッタはポンポンと優しい手つきでエレナの頭を撫でた。そのフワフワな手は、どこまでも優しくて、エレナの涙はいつの間にか止まっていた。
「実は、このようなことは初めてではないのです」
「そうなのかい?」
「はい、わたくし……平民でしたので、どれだけ努力しても公爵夫人として見てもらえないのです」
エレナが平民だったと聞いて驚くカルロッタ。
(立ち振る舞いも言葉遣いも、公爵夫人としてふさわしいように思うけれど、血筋に誇りを持っている貴族連中からするとおもしろくないのだろうね)
「ご主人には相談したのかい?」
「いいえ、お忙しい旦那様を煩わせるわけにはいきませんし……、わたくしの出自のせいでこのようなことになっているので相談なんてできません。ただでさえ、平民の妻を迎えたことで旦那様に肩身の狭い思いをさせているでしょうから」
目を伏せてそう言ったエレナは唇を噛みしめて、震える声で続けた。
「わたくしが至らないせいで、旦那様が苦労されているかもしれないと、考えるだけで胸が苦しくなるのです」
カルロッタは、エレナの手を優しく包み込んだ。
カルロッタのフワフワな手は温かく、ふわりと安心感を与える。
「エレナは、何も悪くないよ」
「……っ」
「人の価値はね、生まれた場所で決まるわけじゃない。その人が、どんな風に生きてきたかが大事だと私は思うよ」
カルロッタの優しい言葉に、エレナの瞳が揺れる。
「夫婦ってのは、言葉が少ないとすれ違うものだよ。男は頼られたい生き物だし、相談してもいい気がするけどね」
「でも……旦那様に失望されるかもしれません」
「エレナの旦那は、そんなことで失望するような男なのかい?」
「いいえ、旦那様は寡黙ですが、心の優しい男性です」
そう言い切ったエレナにカルロッタは一つ頷いて微笑む。
「じゃあ、エレナは旦那が悩んでいたら頼られたくないかい?」
「それはもちろん頼られたいです」
即答したエレナに、カルロッタはニコリと笑いかけ、握っていた手の甲をポンと軽く叩いた。涙はいつしか止まり、エレナの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「うん、良い顔になった」
ふと、窓の外を見ると、朝陽が昇り始めている。
エレナの表情が和らぐのと同じように、外の空も明るくなっていく。
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