「熟女が熟女に転生してどうするのよ!何もできません」と言いつつ、痛快熟女がお悩み解決

藤井

第1話 熟女が熟女に転生してどうするのよ!

「大丈夫ですか?」


 目を覚ました瞬間、カルロッタは声がする方へと視線を向けた。


 心配そうにカルロッタを覗き込むのは、青いドレスを着た、ブロンドの髪が特徴的な綺麗な女性だった。見覚えのない人物に首を傾げれば痛みに気づいて顔をしかめるカルロッタ。


「あいたたたた」

「頭を打っていますから、あまり動かさないでください」


 カルロッタが痛む場所に手を当てれば、大きなこぶになっていることがわかる。そして顔にはガーゼが張られていた。


「怪我?」

「覚えていますか? 私の乗っていた馬車と衝突してしまったのですが」


(馬車? あ、そうだ。思い出した)


 カルロッタは猛スピードで迫ってくる馬車を見た。


 御者を見れば、かろうじて手綱を握ってはいるものの、意識がないようでぐったりしていた。進行方向にいる人達が慌てて逃げているのを見て、カルロッタも足を動かそうとした、その時。


 逃げ惑う人に押し出された子供が、道路に弾き飛ばされた。


「危ない!」


 咄嗟に子供を突き飛ばしたカルロッタは、馬車と衝突してしまう。


 身体に感じる衝撃と共に、カルロッタの意識が暗転した。


 事故の詳細を思い出したカルロッタだが、釈然としない様子で首を傾げている。


「思い出しましたか?」

「思い出したのは思い出したのだけれど……」



 馬車が身体に当たった瞬間のことを思い出したはずなのに、カルロッタの頭の中には別の映像が流れ込んでいた。


 光るライト、迫り来るのは馬車ではなくて大型トラックだった。最後に見たのは青色の歩行者信号が点滅している景色だった。


「えええええええええ」


 それがきっかけだった。


 脳に電流が走ったかのように記憶が蘇る。


 私は私だ。


 けれど、この記憶は前世の私の記憶だ。地球の日本で育った大本久美子、五三歳。ワンオペ育児、反抗期の子育て、更年期、親の介護までを乗り越えた記憶。その記憶がカルロッタの中に溶け込んでいく。


 そして、カルロッタは状況を理解して叫んだ。


「熟女が熟女に転生してどうするのよ!」


 普通は異世界に転生したら、赤ちゃんだったり、チートがあったりすると思っていたのに。


 どうしろって言うのよ。


(五三歳になって転生したことに気づいたって何もできません)


 叫んだと思ったら突然がっくりと項垂れるカルロッタを、エレナが心配そうに見つめている。


「大丈夫ですか?」

「……まあ、なるようにしかならないわ」

「怪我をさせてしまい、申し訳ございません。私は、エレナ・アンダーソンと申します」

「私は、カルロッタ・モリス」


 その後、ベッドから立ち上がろうとしたカルロッタだが、エレナが手で制した。


「回復するまでゆっくりなさってください。今回の事故はこちらの責任ですので」


 その言葉でぐったりとしていた馬車の御者の様子を思い出す。


「御者の方は大丈夫かい?」

「ええ、衝突して投げ出された場所が草木が生えていて柔らかい場所だったので、命に別状はありません」

「それは良かった。あなたは大丈夫だったかい?」


 ニッコリと笑ってそう言ったカルロッタにエレナは大きく目を見張り、頷いた。


「一番のケガ人はカルロッタ様ですわ」

「そうかい、でもみんな無事ならそれが一番だよ」

「本当に申し訳ございませんでした。ご家族も心配されているでしょう」

「家族……」


 家族と聞いて浮かんだのは、なぜか前世の夫と子供たちの顔だった。顎に手を当てて、今世の家族の顔を思い出そうと記憶を探って、やっと今世の家族の顔が浮かんだ。記憶が曖昧なのは、事故の衝撃か、転生したという事実に衝撃を受けたからか、頭が混乱しているようだ。


「ご家族にご連絡はどうされますか? 家を教えていただければ、遣いの者を向かわせますわ」

「大丈夫だよ。夫亡き後に子供たちを育てたのだけれど、今はそれぞれ独立して、私は一人暮らしだからね」

「わかりました。それではお怪我が治るまでは当家で静養してくださいませ。お顔にも傷ができてしまいました」


 痛ましそうな顔で手鏡を差し出すエレナから、手鏡を受け取ったカルロッタは自分の顔を見た。そこにいたのは、恰幅のいい白い肌にはちみつ色の瞳をした女性だ。白髪交じりの茶色の髪は事故の後でボサボサになっていて、頬には大きなガーゼが貼ってあり、血がにじんでいる。


 (うん、悪くない。五三歳でこのもち肌なら上出来よ。前世よりも肌の調子がいい気がするわ。とろりとしたはちみつ色の瞳も美味しそうで気に入っているし)


 鏡を手に持ち、いろんな角度から顔を覗き込み満足そうにうんうんと頷いているカルロッタの様子を、エレナが心配そうに見ている。


「まあ、少しふっくらしているけれど、それもそれでよし」

「お顔の傷、しばらくは腫れてしまうと思います。本当に申し訳ございません。傷が残るかもしれません」


 目を伏せて申し訳なさそうなエレナに、カルロッタは何でもないことのように笑う。


「いいんだよ。小娘じゃあるまいし。あれだけの衝撃でこの程度の怪我だったのは不幸中の幸いだよ」


 あっけらかんとそう言ったカルロッタとは対照的にエレナは目に涙を溜めていた。


 エレナが、サイドテーブルの上に置いてある呼び鈴を鳴らせば、チリンと音が鳴る。一拍置いて、ノックの後に開かれた扉から、メイドが四人入室した。


「カルロッタ様が目覚めたことを侍医に報告して。それから軽食とお茶の用意を。侍医の許可が下りましたら湯あみの用意もお願いね。お怪我をされてお洋服が破れてしまったから、お洋服を」


 エレナがそう言うと、メイド達は一斉にスッっと無駄のない動作でそれぞれ動き出す。その様子を見ていたカルロッタは、四人もいるメイドの姿を見てここが貴族の屋敷だという可能性に気づいた。


 肌触りの良いふかふかの布団に、見るからに高そうな調度品の数々。エレナの着ているドレスは平民が着るような質の物ではなかった。


(確か、エレナ・アンダーソンと名乗っていたわね)


「アンダーソン……もしかして、ここは公爵様の家かい?」


 思わず口から漏れた言葉に、エレナが頷いた。


「はい、専属の侍医もおりますので、我が家に運ばせていただきました」

「お貴族様だったとは知らず、申し訳ございません」


 エレナが公爵夫人だとわかって、言葉を正して慌てるカルロッタだが、エレナは首を横に振った。


「カルロッタ様、お言葉遣いは先ほどのままでお願いします。わたくし、堅苦しいのが苦手でして、気軽に接していただけると嬉しいです」


 エレナの懇願するような様子に、カルロッタは内心ではとても驚いていた。


(貴族の奥様と言えば、敬われるのが当たり前のはずなのに、エレナの切実な様子からすると、気安く接した方がさそうだね)


「エレナがそう言うのなら、今まで通りにさせてもらうよ」


 パアアと表情が明るくなったエレナが嬉しそうに頷いた。


「旦那様と結婚してから、気楽にお喋りしてくださる方がいなかったので嬉しいです。必要な物がありましたらメイドに声をおかけくださいませ」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 公爵家専属の侍医の診察では、頭を打っているのでしばらく様子を見たほうがいいとのことだった。お言葉に甘えて公爵家に滞在することになったカルロッタは、怪我の影響もあって、ウトウトといつの間にか眠ってしまった。


 屋敷の中が静まった真夜中。


(完全に目が覚めてしまったわ。トイレに行きたい)


 一瞬呼び鈴を鳴らしてトイレの場所を聞こうかと思ったけれど、真夜中に自分のために人を呼ぶのは忍びない。カルロッタが扉を開けて廊下を覗けば、しんと静まり返っていた。左右をキョロキョロと確認すれば、廊下の蝋燭は灯されている。


(明かりがある方へ行ってみましょう)


 カルロッタが歩いてトイレを探していると、廊下の向こうから、誰かの泣き声が聞こえてきた。


 小さいけれど、深い悲しみの伝わってくる声にカルロッタは思わず足を向けた。


 廊下の角を曲がった瞬間、目に飛び込んできたのは。


「エレナ?」


 そこにはポロポロと大粒の涙を流すエレナの姿があった。


「まあまあ……どうしたのかしら?」

「ひっ……ひぐっ……わ、わたくし……っ」

「大丈夫よ。ほら、深呼吸して」


 カルロッタが、エレナの顔を覗き込みながら背を擦れば、エレナはカルロッタの胸を借りてさらに涙を流した。


「よかったら、話聞こうか?」


 エレナは涙で濡れた瞳を上げ、カルロッタを見つめた。


「……聞いて、くださいますの?」

「もちろんよ。泣いている人を放っておけるほど、薄情じゃないわよ」


 その瞬間、エレナの表情が少しだけ緩んだ。




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