娘の日記と”必ず当たる”天気よほー
渡貫とゐち
第1話
夏休み初日が日曜日だったので、娘と同じ時間に起きることができた。
と言っても、仕事の日とそう変わらない時間ではあったのだが……。せっかく休みの日なのに、娘はいつもより少し早めに起きている。
まあ、そんなものだろう……子供にとっての夏休みは学校よりも楽しいものだ。
これがあと四十日近くもある。長い。
が、終わりが近づいてくると「もう⁉」となる。あんなにあったのに……。
大人が子供の頃に通った道。
もちろん、今の子供も通るわけだ。
朝食を食べ終えると、娘が机に向かってなにやら書いていた……宿題?
お、偉いじゃん、と思えば、書いているのは算数ドリルではなかった。日記だ。
毎日書くものを、なぜか今、猛スピードで次々と書いていっている……、目に入った日付は既に八月に入っていた。あれぇ? 日記だよね?
「ちょっと、かのんちゃん」
「なあに、パパ」
後ろからそっと近づき、手を伸ばして日記をぺらぺらとめくって戻す――
七月の、ある日のこと。
――天気、晴れ。
今日はパパとキャッチボールをした。パパがノーコン過ぎて困っちゃう。
また別の日。
――天気、晴れ。
今日は大きなセミを捕まえた。
だけどすぐに逃げてしまった。七日しかない命だもんね、仕方ないね。
またまた別の日。
――天気、晴れ。
パパとママと釣りに行くために釣り竿を買いに行った。ついでにキャンプ用品も買った。これで野宿も完璧だね!
……と、ページをめくると出てくる記憶にない思い出たち。~した、までは分かるが、そこに添えられる一言コメントが気になる。娘のセンスなのか? どこで覚えた、このセンス。
ともかく、日記を埋めるために書かれていたのは未来のことだ。未来の出来事――これは記録ではなく願望だろう。
まさか、こうして書くことで、俺にお願いしている? 夏休みなにして遊びたい? と聞く手間が減ったと言えばそうだが、毎日をイベントにされるとこっちもきついのだけど……。
娘は夏休みだけどパパは夏休みじゃないのだ。
言って、悲しくなった……そうだよ俺は仕事なんだよ……。
「パパー?」
「あ、うん。えっとさ――それ、天気。ずっと晴れだけど、そんなわけないよね? 天気予報見てる? 晴れがあれば雨があるし、曇りの日だってあるよ? その、天気だけは空欄にしておいた方がいいんじゃない?」
未来のことを初日に書いてしまうのはダメだと思うけど、ひとまず埋める、というだけなら咎める理由はなかった。後で修正できるわけだし。
それを言い出したら天気もだけど……、毎日の天気を注意深く意識させるためにも、そこだけは空欄の方がいいと思ったのだ……たぶん。
空欄を作っておくことで完遂した感を出さないためだ。
日記を毎日書きたくない横着がゆえの行動なのは分かるが、全てを面倒くさがって、やらなくなるのは褒めたくはないかな……天気なら壁のカレンダーに書けばいいし。
先に埋めたくなる気持ちはすっごい分かるけど!
それに、天気はやはり読めない。天気予報だってあくまで予報であって、報告ではないのだから。晴れと言いながら雨の日だって普通にある。逆もまた然り――。
午前の天気を見て午後の天気を予想するのはいいけど、明日の天気は明日になってみないと分からない。明日、確認することを怠ってしまうと、いけない気がする……。
うん、これもちゃんとした教育だ。
「パパは視野が狭いなあ」
と、下から見上げてくる娘。
小学校低学年ながら、パパのことを転がす魔性があった。
転がっているのは俺だろう、という部分もだいぶあったけれども。
――視野が狭い? しかし、そうだろうか? だって窓の外は雨だ。
朝、目が覚めた時から。
天気予報を見れば昼以降も雨らしい……夜には止むらしいけど。
なのに、日記にはパパとキャッチボールをした、と書いてある。……一応訂正しておくが、俺はノーコンではない。速度がなければ狙ったところへ投げられる。
剛速球で狙った場所へ投げられるなら、もう一軍選手だ。俺にそんなことができたら、一軍選手の価値は大暴落だ――そういう意味では、俺はノーコンであるべきなのだろう。
それはさておき。
キャッチボール? いや、無理だろう。
まさか、夜中にやらせるつもりだろうか?
薄暗い中、公園でキャッチボールとか、パパ、嫌なんだけど。
「かのんちゃん、今日の日記は書き換えようよ……」
雨だし、部屋の中でできることをしよう?
「違うよ、パパ。わたし、この町の天気が晴れとは書いてないんだよ?」
……ん?
つまり?
「窓のお外、ここが雨ならべつの場所は晴れじゃん。ほら、間違ってない」
ほお……面白いことを言う。
確かに、それは視野が狭かった……世界は広いのだ。
日記を書いた場所の天気を書け、とは言われていない。
極端なことを言えば、日本の天気でなくともいいのだ……全国的に雨なら、別の国を見て、晴れだったから『晴れ』と書いてもいい……いいのか?
苦笑する屁理屈だが。
だって、言わずもがなだ。そんなこと言われるまでもなく、住んでいる場所の天気を書くべきで……しかし、今はそれを置いておく。
小学生が考えたにしては柔軟な意見だった。
視野を広く……賢い娘だ。
天才か?
「だけど、キャッチボールはできないよね? まさかこの豪雨の中、公園に行ってする、とか言わないよね?」
「もちろん! パパ、キャッチボールって、お外でしかできないと思ってる?」
そう言われると嫌な予感しかなかった。
「……まさか、」
「ここでしよー!」
「部屋の中で⁉ ダメだよ部屋が狭いし!!」
「日記を嘘にしたくないのっ、パパ、付き合って!!」
ピンク色のゴムボールを握る娘。
当然、グローブはなかった。部屋の中でもできるキャッチボールではあるけど、さすがに家具を置いた六畳間でやることではないだろう……距離が近いんだけど。
このキャッチボール、投げるというか……もはやもう手渡しだ。
これでパパはノーコンではない、と一応、証拠を見せられたかな?
娘は興味なさそうだったけど。
「やたっ、キャッチボールクリアー!」
「……パパとの遊びをノルマみたいに言ってる……」
娘が書いたノルマなんだけどなあ。
でも、書いたということはしたいことだった、とも言える。そう思うと嬉しかった。
一休みしていると、日記はさらに埋まっていた。
「うわ、もうこんなに書いてる……夏休みの最後の日までびっしり……」
「うん、もう決めちゃった」
「しかも全部晴れだし……」
「いーの! 雨、キライだし」
「でもさ、ずっと晴れも、それはそれで嫌じゃない?」
夏だし暑いし……それに、雨が降らないと困る人も出てくるだろう。
そういうところに考えがいかないところは、まだまだ子供だった。
娘の視野は、仕方ないけど、まだ狭いのだった。
「ふたりとも、お昼ご飯ができたわよー」
「やたっ、お腹ぺっこぺこだー!」
テーブルに滑り込んだ娘の前に、妻が作ったカレーが置かれた。さっきから良い匂いがしていたので気づいていたが、まるでサプライズみたいに娘が喜んでいる。
カレーか……いや、好きだし、食べたいけど、またか、と思ってしまった……いやいや、こんなこと、思っちゃダメなんだけどね――作ってもらってる立場なんだから。
美味しいよ、もちろん。
大好きさ。
それはかのんちゃんも同じように、カレーは好物だった。
しかし、
「ママ、ダメです」
「なにがかな?」
娘が日記を取り出し、ページを開いて妻へ見せた。あ……もしかして、
「今日はハンバーグだよ、もう決めてあるの!」
「残念だけど無理ね。だって、お母さんの日記にはもうカレーと書いてあったもの。献立という日記は、よほどのことがなければ変わらないの」
妻の時短方法だった。
悩む時間がもったいないので、あらかじめ献立を決めてしまおう、とのことだ。
親子だなあ、と思う。ハンバーグでなかったことで不満そうな娘だが、好物ではあるので一口食べてしまえばもう夢中だった。喉に詰まる勢いで食べ進めていく。
カレーは飲み物、と言うけれど、確かに飲み物みたいに食べている……。
「かのんちゃん、今日の日記に『カレーに夢中』って書いておけば?」
これこそが、本当の日記だろう。
・・・おわり
娘の日記と”必ず当たる”天気よほー 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます