おうまさんといっしょ!

遊月奈喩多

おうまさんとおひめさま

 ヒヒィン、ヒヒィン。


 おや、旅のお方。目を覚ましてしまいましたか。

 月のない夜になると、この辺りでは馬のいななきがよく響くのです。


 ああいけませんよ、無闇に見つめるものじゃありません。

 あれヽヽも昔は、ごく普通の。

 我々と同じ人間だったのですから。

 

   * * * * * * *


 まだ、人と動物が寄り添い合って暮らしていた頃のお話です。ある国に、それはそれは美しい馬がいました。

 馬の名前は、ニコライ。

 王様の所有する軍馬のなかでもその白い毛並みは飛び抜けて美しく、ニコライを見た人は誰でもうっとりと溜息をついてしまうほど。王様の城には是非ともニコライを描きたいと画家が詰めかけ、王様に仕える騎士たちもニコライのような馬を伴うことを夢見て日々励むのでした。


 ニコライは、たいへん勘のよい馬でした。

 野盗や山賊たちが迫っていればいなないて知らせてくれますし、ニコライの歩みが鈍るときはお城で何か重大な出来事が起きているのでした。王様は、まだ若く王子と呼ばれていた頃から、ニコライの勘に幾度となく助けられてきました。


 ニコライは、たいへん脚の速い馬でした。

 ひとたび走れば、雨も風も追い付けず、雲も闇も、季節すらも置き去りにするように駆けるのです。狩りのときはもちろん、急な用向きや遠征のときにも、ニコライは大いに王様を助けたのです。


 そんなニコライに懐いたのが、王様の娘──この国のお姫様のカトリーナでした。

 カトリーナも、たいへん可愛いお姫様でした。カトリーナがひとたび微笑んだなら曇りの日でも人々の心は晴れ渡り、カトリーナがひとたび歌えば千里に至るまで人々の心は幸福に満ち溢れました。

 幼い頃から父王と共にその姿を見ていたカトリーナは、いつしかニコライに対して抱く感情に変化をきたしていました。

 そう、カトリーナはニコライという“牡”をたまらなく求めるようになっていたのです。

 カトリーナは、美しく咲き誇ったその身体にニコライを受け入れたいという気持ちに駆られるようになり、ニコライを想って自分を慰める日々が始まりました。時には侍女に手伝わせ、時には旅の行商人から怪しげな品々を買うようになったそうな。


 さて、困ったのは城に仕える従者たち。ただでさえ忙しい仕事にカトリーナの手伝いまで増えてしまっては、今のお給金では割に合いません。かといって父親である王様に給金を上げるよう陳情するには──カトリーナの痴態を余さず語るには、彼らは慎ましすぎました。

 そこで、ある侍女が一計を案じます。


「いっそのこと、姫様のお望みを叶えて差し上げましょうよ」


 その日から、カトリーナの香水には牡馬の好む匂いが使われるようになりました。また、ニコライ専用にしつらえた厩舎にカトリーナひとりで置いておく時間も作るようにも工夫をします。王様が何やら不審に思うことはあっても、そこは長年の信頼を得てきた大臣の出番。口八丁でうまいこと誤魔化してくれました。

 そうして訪れた遠征の日。

 かつてはどこへでも従軍したニコライも、そろそろ老齢が近付いておりましたので、この頃の王様はニコライを休ませるためもっぱら違う馬に乗って出かけておりました。特にこの時は、資源の多い隣国を攻め落とす激しい戦いに赴くとあって、若く血気盛んな黒毛の馬が王様に選ばれました。戦勝を約束するかのような猛々しい嘶きに、軍勢は大いに沸き立ったそうな。


 そして王様の遠征で忙しくなったのは、カトリーナの情欲を知る従者たち。いくら野心家でも王様も若くはありませんし、そろそろ戦に赴くこともなくなるでしょう。今回の遠征が最後の好機と、せっせせっせと準備を進めます。

 何の準備かって? もちろん、うら若い欲望を募らせるカトリーナの本懐を遂げさせるための準備です。ニコライは年を取っても賢い馬でしたので、いくら匂いや接触で馴染んだとはいえ人間の娘と交わることはありません。

 そこで従者たちは、カトリーナに最近死んだ牝馬の皮を着せ、馬らしい仕草や動きを端正込めて教え込みました。死体の皮を被ることに最初は抵抗のあったカトリーナも、ニコライと交わるためと言われれば頑張ることができたのでした。

 そうしていよいよ準備の整った満月の夜。

 異国の薬草で気分を昂らせたカトリーナはとうとう、同じ薬草を盛ることでニコライとの本懐を遂げたそうです。ひとりと1匹のまぐわう音と声は一晩中響き渡り、城内のみならず隣町の人々も眠れなかったそうな。


 やがてそんな声すらも日常の一部になった頃、隣国を攻め落としてご機嫌な王様が突然帰ってきました。浮かれ気分の王様も、さすがに国中に響き渡る嬌声には気付きます。何が起きたのかと慌てて声のもとを辿れば、なんと自分の愛娘と愛馬が動物のようにまぐわっているではありませんか。

 これには王様もカンカンです。

 威厳も何もかなぐり捨てて怒鳴ったかと思うと、すぐさまカトリーナをニコライから引き離しました。そして怒りに任せて、その場でニコライの首を切り落としてしまったのです。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」


 一拍遅れて、カトリーナの絶叫が響きます。絶望という言葉をこれ以上ないほどに表したその悲鳴は、空を飛ぶ鳥すらも未来を悲観して墜ちるほどだったとか。

 その後、カトリーナは公の場に姿を見せることがなくなりました。美しい姫の姿を心の癒しとしてきた国民たちは大いに残念がりましたが、その代わり、すぐにある噂話が城下町を賑わせることになります。


 夜になると、血にまみれた白馬の頭を被った若い女が現れる。その姿を見たものは、7日以内に命を落としてしまうらしい。


 もちろん、城下町の住民たちはその正体が誰であるかなどと詮索はしません。けれどその噂が流れ始めて程なくして、お城に住む人々が相次いで亡くなってしまいました。王様の遺体を埋葬した人々は、『あんなに怯えた死に顔は見たことがない』と口々に言い合ったそうな。

 かくして王家は断絶し、町に暮らしていた人々も散り散りになったことで、かつて栄えていたその国は、あっという間に滅びてしまったそうです。


 その跡にはいくつかの国家が築かれましたが、いずれも長くは続かなかったのだとか。


   * * * * * * *


 おや旅のお方、いかがされましたか。

 ははぁ、あれヽヽを見てしまわれたと。


 安心なさい、あれヽヽに──あの御方に人を呪う力などありません。あそこで歩いているのは、ただ愛するモノとひとつになりたかっただけの哀れな姫君なのです。

 ただ嗄れた声で鳴きながら、理不尽にも奪われた愛を嘆いて歩くことしかできないのです。


 さあ、安心してお眠りなさい。

 眠れないのでしたら、こちらの馬肉料理などいかがですか? ちょうど焼き上がったばかりだ、我ながら自慢のおいしさですよ。

 朝になればあれヽヽも消えていますから、旅の思い出にでもして差し上げてください。ほら、また聞こえてきた。


 ヒヒィン、ヒヒィン。

 ヒヒィン、ヒヒィン。

 ヒヒィン、ヒヒィン。

 ヒヒィン、ヒヒィン。

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