第2話 ムカつく

こんな世界、無くなってしまえばいい。そう思う様になったのは、いつからだろうか。

いつもアナウンスしてるお兄さんは、知ってるんだろうか。声が掠れるほど泣いても叫んでも、うるさいの一言で片付けられたあの夜を。

いつも食堂で席に案内してくれる女の人は、知ってるんだろうか。朝から食事も喉を通らないほど次の日の実験を怖がって、日に日に衰弱しているあの子を見る、私の心境を。

いつも私を羨ましがってる下級実験体たちは、知ってるんだろうか。全てを壊したいという衝動を必死に抑えるうちに、胃に溜まってく黒い塊を。

きっと知らないんだろう。知っててたまるか。

お前たちに私を知られててたまるものか。

この青年も、きっと知らない。世界は残酷で、絵本のような奇跡が起きるのは、絵本に出てくるような綺麗な人生を歩んできた者だけだと。

だから私が教えてあげないといけない。死んだら何も残らないから。


「やめなよ」

「やめない」

「…なんで?」

「俺には、外に出てやらなきゃいけないことがあるんだ」

そんなの、私にだってたくさんある。

「でも死んじゃったら何も残らない」

「いや、残る」

「なにが」

「情報と希望だ」

「馬鹿馬鹿しい。体と一緒に処分されて終わり」

「処分されない。できないんだよ、あんなやつらには。現に俺ももらった」

「もらったって…誰に?」

「親友…だったやつ」

「…なおさらやめなよ。親友だってあんたに長生きして欲しいと思って…」

「あいつはそんなやつじゃない」

「…なんかもう、時間の無駄だよ。この論争。私行くから」

私は半ば強引に話を終わらせて、部屋を出た。


♢


なにあいつ。なにあいつなにあいつなにあいつ!!

ムカつく。なんでも出来る気になってるんだ。自分なら、親友と一緒なら、仲間がいれば。

そういう無謀な考えができるやつが羨ましい。

私は、そんな機会すらもうないのに。

「あ、チコさん!」

「遥香!」

ああ、癒される。可愛い。

「夕餉はとられましたか?もしまだでしたら…」

「もちのろん!一緒に食べよ!」

「はい!」

そうだよ。私は今の生活に満足してる。人間は嫌いだけど、遥香がいるし。

「…さ…だい…か?」

実験も嫌いだけど、ご飯は美味しいし。

「チ…さん、ど…れま…た?」

自由はないけど…殺されないし。

「チコさん!」

「わ!あ、え…?」

「さっきからボーッとしてますけど、どこか具合でも悪いんですか?」

遥香が私の顔を心配そうに覗き込む。

「大丈夫…私は、大丈夫」

「いや、全然大丈夫じゃないですよね。スプーンも二口目から動いてません。今日はお部屋に戻って休んでください」

「いや、でも」

「だめです!ご飯は明日も食べられますから!ね?」

遥香はたまに妙に頑固な時がある。私のためを思ってくれてるのはわかるけど、その元凶が部屋にいるのよ…。

「わかったよ…」

渋々席を立つ私を満足気に見送ると、遥香は箸を進める。気、使ってたんだよね…多分。

「…寝るか」


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