晴れ、ときどきマヨネーズ

ヒマツブシ

晴れ、ときどきマヨネーズ

 マヨネーズをかけるたびに嫁のため息が聞こえる。



 俺はマヨネーズが好きだ。

 子供の頃からいろんなものにマヨネーズをかけてきた。苦手だった野菜もマヨネーズをかける事で大好物に変わる。子供の頃の俺にとっては魔法のような存在だった。


 それは大人になった今でも変わらない。

 野菜でも肉でも魚にでもかけたい。



 結婚して嫁が料理を作ってくれるようになった。


「ドレッシングよりマヨネーズ派なんだよね」


 そう誤魔化しながらサラダにはかけていたが、それだけではやはり物足りなかった。時間が経つにつれ、いろんなものに足すようになっていった。


 初めは文句も言っていた嫁もため息一つで何も言わなくなった。


 それでも俺はまだ我慢している方だ。

 

 本当は、白いご飯にもかけたい。

 パンにも、カレーにも、おでんにだってかけたい。

 全ての食べ物にマヨネーズを追加する事ができれば、一段と料理が美味しくなるはずなのに…。


 そんなことまで考えているとは、嫁も思うまい。俺はただのマヨラーではない。だが、それを堂々とやってしまうと今までの生活が壊れてしまう事もわかる。


だから、ギリギリのラインで踏みとどまっている。


 空を見上げると、太陽の周りが滲んでいるように見えた。あれはまさしくマヨネーズだ。





 ある日、そんなマヨネーズを愛する俺の元に、マヨネーズの神様が現れた。


「お前はもうすでに一生分以上のマヨネーズを摂取している」


 なんと⁉︎

 確かに人よりは多いと思うが、これでも我慢しているのに…。


「お前が残りの人生で摂取できるマヨネーズの量は、残り1本だけだ」


 なんだって!?

 1本なんて1カ月も持たないじゃないか。

 死ぬまであと何十年もあるのに。

 使い切ってしまったらどうやって生きればいいんだ。


「わかったか? マヨネーズは無限ではないのだ。よく考えよ」


 マヨネーズの神は去って行った。





 次の日から節電ならぬ節マヨの日々が始まった。


 苦手なサラダに少しだけ付ける。

 あとは我慢。

 サラダのない日は摂取しない。

 初めは不思議がっていた嫁も機嫌が良くなっていった。


 マヨネーズがないだけで家庭がうまくいくなんて魔法のようだと言いたいところだが、俺の体調は日に日に悪化していった。


 食べても食べても痩せ細り、食事は何を食べても味がせず、だんだんと食欲も無くなっていった。マヨネーズは1マヨたりとも摂取しなくなっていた。


「もうそこまで我慢しなくていいんじゃない」


 心配した嫁がマヨネーズを食卓に置く。


「いや、いいんだ」


 窓の外は暗く黒い雲がどんよりとして見える。


 俺はまるで減量中のボクサーのようだった。






 しばらくして夢にまたマヨネーズの神様が現れた。


「ちゃんと節マヨをしているようじゃな?」


「あ、神様」


「だが、体調が悪くなっては意味がない。残りのマヨネーズはまだ一本ある。摂取しなさい」


「お言葉ですが、神様。私には夢があるのです。

死ぬ間際に残りのマヨネーズを全て一気に飲み干してから死にたいと。だから、それまでは摂取いたしません」


「なんと⁉︎」





 それからも俺はマヨネーズを断ち、修行僧のような風貌で生きていった。


 体調は良くないままだが、大きな病気もなく老人になる事ができた。


 妻に先立たれ、ポツンと1人になった私の元にまたマヨネーズの神様が現れた。



「よく頑張った。もう何も気にすることはない。

あとはお前のタイミングで…、好きにするが良い」



 目の前には最高級のマヨネーズが一本置いてあった。






 長年、我慢して我慢して待ち望んだ瞬間がやってきた。


 これで俺の人生も終わりだ。


 途中からマヨネーズを摂取できなかったが、だからこそマヨネーズに取り憑かれた人生だった。


 死ぬ間際に懐かしい友と再開したような気分だった。



 蓋を取り、中の銀紙を剥がす。


 じっくりと目に焼き付けてからそれを手に取り、頭上に掲げた。



「良い人生だった。いただきます」



 蓋のとれたボトルの口に齧り付く。

 力の限り中身を一気に吸い込んだ。



ズゾゾゾゾォォォーーー!!!



 鼻腔に酸味が駆け抜けて行く。


 口から喉へ、そして腹の中へ流れ込むのを感じる。


 今までの思い出が走馬灯のように流れていく。


 涙が溢れる。



 ボトルの中身はみるみると減っていき、ついに空っぽになった。


 男は空のボトルをテーブルに置いて満足げな表情を浮かべた。








「………」



「………」



「………まずい」



 その途端に、口の中に放り込んだはずの白い液体が逆流した。


 噴水のように空高く、次から次へと溢れ続ける。


 天から雨のように降り注ぐ白い油脂を浴びながら、俺は絶望感を味わっていた。

 長年の禁欲生活のせいで体に合わなくなってしまったのか…。



 体が拒否反応のように痙攣を起こし、俺は気を失ってしまった。







————






 病院で目が覚めると成長した子供や孫達がいた。



「おじいちゃん、大丈夫?」



 ああ、生き延びてしまった。

 

 そして、今まで夢に見ていた生きがいがなくなってしまった。



「ああ、大丈夫だよ」



 孫達に笑顔を向けそう答えた。


 この先、どうやって過ごしたらいいのか?

 


「おじいちゃん、マヨネーズ好きだったんだね。僕と一緒だね」



 そう言って孫がマヨネーズのボトルを渡してくる。



「こら、どうやってそんなもの持ってきたの?」




 手渡されたマヨネーズを見て、ドクンッと大きな鼓動が響いた。



 いや、逃げてはダメだ。



 これこそ俺の人生なんだ。



 不思議そうにこちらを見る孫達。その向こうの窓には綺麗な青空と白い雲が浮かんでいるのが見えた。





 あの白い雲は…、マヨネーズだ!!





 とっさにボトルの蓋を開ける。


 銀紙を剥がす。


 ボトルの口に齧り付く。




 そして、力の限り全力で吸い込んだ。





ズゾゾゾゾォォォーーー!!!





「おじいちゃーん!!」






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