番外編第6話『舞台の裏側・その2』

「…手加減、できそうにないの」 


 静かに放たれたその言葉には、明確な殺意が含まれていた。



【ドロシー・ホワイト】

 ギルド『ホワイト』ギルドマスター、レイ・ホワイトの妹。【魔法の頂点】とまで称される存在。

 裕福な家庭に生まれ、不自由のない暮らしを送ってきた。彼女の繊細で緻密な魔力制御能力は幼い頃から注目を浴びていた。凡人の努力では到達できない天から授かりし才能、それが彼女を表すアイデンティティであり、代名詞であった。学校を卒業するまでに数多のギルド(企業)から声が掛かり、ギルド間では何とか彼女を引き抜こうと戦略競争が行われていた。一切の誰もが、彼女の将来を心配などしなかった。

 ……しかし、卒業の日。魔法の才能に溢れた天才は、忽然と姿を消した。



 3人は再び囲まれた。視界を埋め尽くすほどのドロシー、そのどれもが精巧な人形であり、同じ顔が無数に並ぶ様は気が狂いそうになるほど不気味である。相も変わらず趣味が悪い、とザインは舌打ちをした。


「もう1度粉砕するわよ。クリス、準備」


「既に整ってる。あとはお前のエンチャント待ちだ」


 ミドリとクリス(人)の身体が淡く翡翠色に輝きだす。


「《付加魔術(エンチャント)》:グロウアップ」


 ズン、と空気が変わる。元々高かった2人の魔力が底上げされ、圧倒的なプレッシャーを放っているのだ。空には再び無数の氷弾が生成され始める。


「《氷結魔銃(アイスバレット)》:狙撃魔弾(スナイプモード)」


 クリスの詠唱と同時に無数の氷弾が動き出す。しかし、今回はその全てが1箇所(クリスの頭上)に収束される。そして、ひとつの巨大な弾丸となり……一直線に、真正面のドロシーへと放たれた。


「……!」


 真正面のドロシー人形は咄嗟に防御の姿勢をとった。魔法障壁が展開される…が、クリスの放った弾丸はそれを無視して身体を貫いた。


「…手応えアリだな」


 クリスが勝ち誇ったように口角を上げる。最初に襲われた時、人形たちは防御をしなかった。また、言葉こそ発していたが今回のドロシー人形(目の前の個体)ほどの会話はしていなかった。つまり、見た目が同じなだけであって、無数に存在するものの中に本体が紛れている、そう推測したのだ。


「今、反射的に防御したわね。やっぱりアレが本体…もといリーダーなのかしら?」


 ミドリも警戒態勢を解く。遠隔で物質を操る魔法の場合、司令を飛ばすリーダーが戦闘不能になれば、操られていた物質は操作権を失い無力化される。これは初歩的な魔法学である。

 しかし、ザインだけは戦闘態勢を解かなかった。


「警戒しろ!アイツらは全員が全員本体だ!」


「「は?」」


 瞬間、油断したミドリとクリス(人)に無数のドロシー人形が襲いかかる。それらは皆同じように、固く無機質な手を伸ばし貫こうとしてくる。2人は咄嗟に魔法障壁を展開し大ダメージは免れたが、軽傷を負ってしまった。


「アレは全員が紛れもない『ドロシー・ホワイト』なんだよッ!気を抜くんじゃねぇ!」


 ザインはそう叫びながら姿勢を低くする。狼を想わせる体制から一閃、機械の左腕が火を噴き十数体のドロシーを吹き飛ばす。間髪入れずに闇魔法を纏った右腕を振り回し、背後のドロシー達を切り裂く。



【双牙連撃(ダブルファングコンビネーション)】

 ザインの得意とする戦闘スタイル。闇魔法を纏った右腕と、機械化された左腕、2つの牙による目にも留まらぬ猛連撃。闇魔法には『物質を削る』特性があり、機械の左腕と共に物理防御に対して大きな損害を与える。戦うための道具として生まれ育てられた、飢える闇狼の牙である。



「オラァ!喰らえッ!てめーもだァ!!」


 ボコッバキッと重い音を立てながら、次々と人形が砕かれていく。ザインの目は血走り、口からは涎も垂れている…その姿は理性を捨て本能のままに暴れる獣のようだ。


「…話は後で聞かせてもらう!とにかく片付けるぞ!」


「《付加魔術(エンチャント)》:ソウルリンク」


 ザインとミドリの身体が淡い青色に光る。


「あァん?ンだコレ」


「ソウルリンク、あなたのダメージは私が肩代わりするわ。 …いいから、今だけは気にしないで暴れなさい!」


「キュイ…?」


 幼竜が心配そうに見上げる。


「大丈夫よ、私はこれでもベテランなの」


「いーい?野郎共!」


 ミドリが高らかに声を張り上げる。


「死にたくなかったら、"私を"守りなさい!」


 バン!と右手を掲げ、前線で戦う2人へ付加魔術による支援を続ける。

 ダメージを受けなくなったザインは、狂気的な笑みを浮かべその速度を上げる。クリス(人)は再び無数の氷弾を生成し、辺り一帯の人形たちを粉砕する。2人の力はミドリの魔術によって大幅に上昇し、圧倒的な物量で攻めていたドロシー軍団を少しずつ削り取って行った。


 戦闘開始から数十分が経過した時点で、とめどなく湧いていた人形の数が減り始めた。術者の魔力枯渇か、敗北を悟っての撤退か…どちらにせよ、この時点でザインたちの勝利が確定した。


「消え失せろッ!!」


 ザシュッ! ザインの爪が最後のドロシーを切り裂き、ガラクタに変える。


「やっと終わったか…ったく、毎度ながら気味の悪ィ奴だぜ」


「思ったよりも余裕だったが…こんなに撃ったのは久しぶりだな!」


 ザインとクリス(人)はドヤ顔で顔を合わせ、そして同時に振り返り……顔を青くした。そこには、ぐったりと倒れ込むミドリと、それを心配そうに見ているクリス(幼竜)の姿があったのだ。

 ミドリの頭がピクリと動き、2人を見上げる。


「……アンタたちねぇ…余裕だったのは誰のおかげだと…思ってる…の…よ……」


 ミドリの頭がガクッと地面に激突した。それもそのはず、ザインはダメージを感じないからと被弾を無視した無茶な立ち回りを繰り返し、クリス(人)は魔力が枯渇しないからと高威力魔法ばかりを放っていた。それらを全て支えていたミドリの状況を考えれば…後で半殺しにされそうである。クリスらは手早く魔力封じの古代機構を破壊した。そして回復を急ぐ為ミドリを抱えギルドへと戻ろうとし、ハッとする。辺り一面広く暗い海。ザインらを乗せた船は、もう後戻りできないくらいに進んでいたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白紙の冒険譚・外伝 れいちゃんず @Ray-pinkman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ