番外編第5話『舞台の裏側・その1』

 船内へ侵入した3人(と1匹)は、警戒しつつも素早く進む。ミドリの付加魔術(エンチャント)により、足音や呼吸音は完全に消されている。少し進むと甲板に出た。甲板には、巨大な機械が布を被せられ鎮座している。近くに来ると肌で感じる、威圧感。もしこの装置が起動してしまえば、自分達は間違いなく為す術もなく倒れてしまうだろう。

 --そうなる前に、破壊しなくては。


 詠唱のため、ミドリが付加魔術を解除する。すかさずクリス(人)による詠唱が始まった。


「アイスバレット…」

「なにしてるの?」


「「「!?」」」


 不意に背中から声を掛けられた3人はその場に固まる。振り返れば…1人の少女が立っていた。一体いつから?


「…誰だテメェ」


 ザインが敵意を剥き出しに威圧する。その少女は顔色ひとつ変えることなく、再び口を開いた。


「なにしてるの?」

「ねぇなにしてるの?」

「貴方たち」

「ここで何をしているの?」

「聞いているの」

「答えてよ」


 声は四方八方から聞こえてくる。見渡せば、いつの間にか同じ顔をした少女が無数に接近してきている。


「な、何が起こってやがる…」


「気味が悪い…っ!」


「お前……まさか…」


 ザインが、禁忌を口にしてしまった。


「姐御の…レイの妹か?」


 刹那。






        グシャ!






 ザインの腹部に、少女の腕が深々と突き刺さった。腹からは血が滲み、溢れ、ザインは吐血する。


「カハ……ッ!? ガ……ッ!?」


「判った。あなた裏切り者でしょ。【双面の番狼】ザイン・グレイル」


「な……やっぱり…!」


「《付加魔術(エンチャント)》グロウアップ!」

「《氷結魔銃(アイスバレット)》空間支配(フルディメンション)!」


 ミドリとクリスの声が同時に響く。甲板は一瞬にして氷に閉ざされ、世界が静止した。さらに空を覆い尽くすほど生成された無数の氷の弾丸が、少女へ向かって容赦なく降り注ぐ。それらは少女の体をまるで豆腐のように容易く貫き、粉々に砕いてしまった。一瞬の決着。これがベテラン魔術師による仕事である。


「ザイン!大丈夫!?今回復するから持ち堪えて!」


 ミドリが駆け寄り回復魔法を唱える。ザインの傷口は徐々に塞がり、失われた体力も戻ってきた。


「クソッ油断した……ッ」


 クリス(人)が舌打ちをし、地面を蹴りつける。何よりも彼のプライドを傷付けたのは、気配を感知できなかった事だ。どんなに魔力の弱い人間でも必ず魔力を持っている。彼レベルの魔術師となるとそれを見逃す程甘い鍛錬はしていない。


「それよりザイン、話してちょうだい。さっきの子がレイの妹?どういうこと?」


 手当をしながらミドリが問いかける。


「…姐御には言うなよ?」


 ザインはそう念を押し、ぽつりぽつりと話し始めた。


「姐御…レイには、妹が居るって聞いてンだ。名をドロシーって言うらしい。実物は俺も今日初めて見たンだが…」


 それを聞いたクリス(人)は腕を組む。どうやら自分の知っている情報と食い違いがあったみたいだ。


「妹が居るなんて知らなかったな…アイツ、学生の頃からひとり暮らしで家族なんか居なかったって言ってたが…」


「私も同じことを聞いているわ。どうしてそれをザインが知ってるのかしら?えぇ?」


 ミドリがジリジリと詰め寄る。クリス(人)も背後から圧をかける。


「ちょちょ、そんな詰め寄ンな!別にもう隠さねーよ! ……姐御、小さい頃に家を勘当されたらしいンだ。それでも、妹の為に働いて金を貯めてるって話…なァどこでこれを知ったかなんてどうでもいいだろ?」


「どうでもよく……はないけど、これ以上は本人の口から聞きたいわね」


「嘘ついてる訳でもなさそうだな…念の為だが、嘘ついてねぇよな?」


「ついてねェよ!!」


「お話は済んだかしら?」


 ドロシーの声が遮った。

 --ガゴン…ズズズズ…

唐突に地面が揺れ、3人はバランスを崩す。船が動き出したのだ。


「は?ちょっ待て待て船動いてんぞ!?」


「ちょっと!コレどこへ連れて行く気よ!」


「俺に言われても分かるわけねーだろうが!!」


 甲板には、パニックに陥る3人を嘲笑うかのように見下ろす影があった。ザインだけは無言でそれをキッと睨みつけている。


「…ドロシー」


「流石しぶといわね、ザイン」


 船は瞬く間に港から離れ、街の灯りが遠ざかって行く。退路を絶たれた…3人はそう確信をもつ。

 目の前には相変わらず巨大な機械がそびえ立っている。ドロシーは空からふわり、と降り立ち、礼儀正しく挨拶をした。


「先程は醜態を晒してしまい失礼しましたわ。わたくし、ドロシー・ホワイトと申します。以後、お見知り置きを」


 スカートの間から除く肉体に違和感があった。無機質な肌、節、金属の音……そう、彼女の体は人形で構成されていた。


「なるほど、人形だからその機械の影響を受けずに作業ができる…いや、ズルくねぇか?」


「軽口叩いてる暇があったらこの状況をなんとかしなさいよ!クリス!」


「キュイ!」


 ザイン、ミドリ、クリスは戦闘態勢に入っていた。幼竜クリスも精一杯の威嚇をしている。

戦闘態勢を崩さないまま、ザインは続けた。


「さっきの話の続きだが、その妹は数年前に行方不明となっている。しかし、ちゃんと生きている」


「ナハトリヒトの幹部としてな」


「なるほど、俺達が知らなくてお前が知ってるワケだ」


「なんか癪に障るわね…」


「ねぇ、これ以上お姉様の話はしないでもらえる?」


 ドロシーから放たれた殺気が船全体に溢れる。


「…手加減、できそうにないの」


 無数のドロシー人形が現れ、3人を取り囲んだ。

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