番外編第2話『星落作戦』

 その日、ガリア地方全域にサイレンが鳴り響いた。緊急事態の放送である。


『こちら、ガリア地方東部より、ギルド『ホワイト』です。これより、緊急クエストを発令します。クエスト名『星落作戦』、目標はコードネーム【凶星】の無力化または討伐です。【凶星】は現在、ガリア地方北部の農園地帯にて、周囲の環境を破壊し続けています。このままではこの地域の被害は甚大なものとなるでしょう。そうなる前に、彼女を…私たちの仲間を、止めてください……!』


 --その声は、悲痛に満ち震えていた。



      ・・・・・・・・・



「…姉御があの放送をした後、俺たちはすぐセリナを止めに向かった。だが……」


「結果は失敗。間に合わなかったわね。ハイエナ共に横取りされてしまった」


「狡猾さだけは褒めてやりたいところだな、まったく…」


 ザイン・ミドリ・クリスの3人はテーブルを囲み、皆同じように顔を顰(しか)めていた。ギルドマスターレイが緊急クエストとし戦力を募り、巨大なブラックホールのような化け物となってしまったセリナを救出に向かったところまでは良かった。しかし、辿り着いた頃には既に他の影があった。そして彼らは、【凶星】となったセリナを攫って行ってしまった。



【闇組織『ナハトリヒト』】

戦争時代の魔道具や、法律で禁止された魔法を扱う裏社会の無法者。ギルドではあるが、危険すぎるがあまりその存在が認められず「闇組織」と称されている。国中に構成員が潜んでいるとされ、その規模は大きいと見られる。



「俺がかつて駒として入っていた組織だ。あの時も、見知った顔が居たな」


 ギリリと奥歯を噛み締めながらザインが吐き捨てる。彼も元・ナハトリヒトの1人。今回の組織の行動に思うところがあるのだろう。


「それですぐにアジトに突撃したが…」


「中はもぬけの殻だったって訳ね」


 クリス(人)とミドリも溜め息を吐く。暴走してしまった仲間を取り戻そうと立ち上がった矢先、目の前で攫われてしまったのだ。更に言えば、その足取りを追うための痕跡すら見つけられず手詰まりとなってしまったのだ。ザインが苛立っていた理由はこれである。そして、暴れられても困るので、ミドリがそれを抑えつけていたのである。


「なぁ…姐御(レイ)はどこだ?」


 そう言えばレイの姿が見当たらない。このギルドのギルドマスター、レイ・ホワイト。彼女は魔術と体術を極めた達人であり、その戦闘能力はギルドトップである。(魔法に関しては"ある意味極めた"という方がしっくりくるが…)


「あのアホなら東へ渡ったわ」


 空気に馴染まない穏やかな声で、ミドリが答える。その視線は膝で眠る相棒(クリス)へと向けられていた。普段はツンツンとしている彼女だが、クリス(幼竜)と接している時だけは表情が柔らかくなる。ちなみにクリス(人)からは『いきものがかり』と呼ばれている(もちろん不本意)。


「あぁ…?東ってどこのことだよ」


「東は東、極東よ。海を越えたその先ね」


 ーガタッ

「海を越えたその先だと!?」


「キュイ?」


 ザインが急に立ち上がり、外へ通じる門へと歩いて行く。それをクリス(人)が慌てて呼び止める。


「オイ待て、待てコラザイン!何処行く気だよ!」


「言わなくても分かるだろーが!姐御探しに行くんだよ!」


「手ぶらでか?ならこちらからも言わせてもらう。今の状態のお前が行けば、確実に犬死にする」


 1拍置き、付け加える。


「まぁ、お前にはそれがお似合いかもな」


 ズカズカと進むザインの足がピタリと止まる。


「……あぁん?ンだとコラ」


 一触即発、バチバチとした空気がギルド中に流れ

「ハイハイそこまで!2人ともストップ!」

 …るかと思われたが、ミドリによってそれは未然に防がれた。そして彼女による小言が(いつものように)始まった。


「ザイン、アンタは単細胞すぎ。ちょっとはそのお飾りの頭を使ってみたら?」


「そして可愛くない方のクリス、アンタはいっつも一言余計なのよ。この前のクエストだってアンタが余計な事言わなきゃ成功してたじゃない!どうしてアンタは…アンタはいっつも無駄に暑苦しいの?クールなのは魔法だけ?その氷で自分の頭を冷やしてみたらどう?ねぇ昨日の夜だって…!」


「「いや、お前が1番落ち着けよ」」


 冷めた声でザインとクリス(人)がツッコむ。


「……!」


「……と、取り乱したわね」


 ……彼女はヒートアップしやすかった。


「とにかく、だ。まずは作戦を立てることが先決だろ?」


 可愛くない方のクリスが冷静に語る。このギルドの最高戦力に数えられる彼は、頭脳面においてもその力量を見せる。書式魔法を用いて空間にホワイトボードのような物を作り、素早く状況の整理を始めた。


「…で、重要なのはここだ。俺たちの"目的"は何もナハトリヒトの殲滅じゃない。それに"あのアホ"はアホだが馬鹿ではない」


 "あのアホ"とはギルドマスターレイのことである。実は、ミドリ・クリス・レイの3人は学生時代を共にした古き友人同士であるのだが…その話はまた別の機会にしよう。


「そもそもザインはナハトリヒトと全面戦争でもするつもりだったワケ?さすがに呆れるわ」


 ミドリは溜め息を深々と吐き出しながらザインの顔を睨みつける。彼女は現実主義者であった。感情に流されやすい面ばかりが目立つが、実は思慮深い性格をしているのだ。ギルド最古参メンバーでありながら国でも名の知れた魔術師であるため、そのプライドとプレッシャーは相当なものであるはず。しかし、彼女は自分の実力をしっかりと理解している。(余談だが、ミドリはこれまでに1人で依頼(クエスト)を達成した経験がない。彼女はそれを"事実である"と受け止め、虚栄を張ることもなかった。)そのため、無鉄砲に殴り込みに行くザインの幼稚さに呆れ果てているのだ。


「ンなこと分かんねーだろ」


「分かってないのはア・ナ・タ・だ・け。少しは先輩の話を聞きなさい」


「キュイ!キュイ!」


 ムッとしながら指を差すミドリの言葉に、クリス(幼竜)が「そうだそうだ!」と言わんばかりに鳴き声をあげる。一方クリス(人)は、そんな2人の言い合いを意にも介さず淡々と情報整理を続けていた。


「なぁ、そういやマスターは何をしに海を出たんだ?」


「はァ?そんなこと知るわけないでしょ。朝起きたら『東の国へ行きます。』とだけ書かれた書置きがあったんだから」


「なに考えてンだよ姐御…」


「キュイ……」


 3人(と1匹)は再び黙り込んでしまった。攫われたセリナ、そして行方をくらましたギルドマスター。ギルドマスターに関しては何か思惑があるのだろう、とは思うものの、非常時に勝手に消えてもらわれるとこの上なく困る。

 数分間の静寂の後、「とりあえず、」とクリス(人)が口を開いた。


「アホは放っておくとしよう。今最優先すべきは新入りの奪還だ。今のアイツは危険すぎる状態…いくらナハトリヒトと言えども、"アレ"を扱いきれるとは思えない。何に使おうとしてるかも大方予想がつく」


「同感。あのままじゃ生命力が尽きるが先か、彼女の精神が引き戻せなくなるまで沈んでしまうのが先か…とにかく猶予はないわ」


「あぁクソ……ッ!ンなこた分かってンだよ…!」


 ザインの額には、はち切れそうなくらいミチミチと血管が浮き上がっている。過去の彼はこの時点で暴走してしまっていたであろう。ここで理性を保ち続けることができているのは、ギルドでの生活と…セリナとの交流のおかげなのかもしれない。そんなザインを横目に、クリス(人)は呟いた。


「作戦を思いついた。決行は今夜だ」


 クリスは唇を歪ませ、意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「真正面から裏をかくぞ」


「「はぁ…?」」



 --緊急クエストは、未だ終わっていない。

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