考えるということ

はすみらいと

考えるということ

 変人扱いされるやつはどこの地域でもいる。ここでもそうだ。明日は~~だ、と適当な天気予報のようなことを、毎日口にする婆さんがいる。


 あまりにも的外れな天気ばかり、言ってはいつも外している。だから子どもの間じゃ「嘘つきババア」とか「ホラ吹きババア」、「お天気婆さん」。などと、まあ、ばかにされている。


 俺が子どもの頃から、その人はそうしていルのを見かけていた。一部の住人や保護者にもやっかい者扱いされているほど有名。


 とはいっても害はないのだ、が。


 やっかい者扱いしている側も婆さんも、俺からすれば、よほど暇人なんだなと思う。


 ちなみに、「能天気婆さん」と俺は心の中では呼んでいる。逆にどうやれば全部外せるのかと、思ったりもする。


 俺はなんだかんだ「能天気婆さん」はいる方が良いんだと思う。自分よりも下の人間を見ると、まだ自分はマシだと感じられるからだ。


 それだけで「能天気婆さん」は役に立っているし、世の中にある種の貢献をしている。


 まあ仮にこの「能天気婆さん」が正しいことを当てたとしても、誰も聞く耳持ちはしないに違いない。


 しかし、仮にそれが、重大な内容だったとしたらどうだろう?


 近しい類型で「オオカミ少年」という物語があったけど、あれは結局ほんとのことを言ったが。


 普段からオオカミが来るぞとホラを吹いていたために、最後は誰ひとりとして村人に信じてもらえなかったのだ。


 これに当てはめるとして「能天気婆さん」が、仮に隕石の落下やら世界の崩壊するような天変地異を告げるとしよう。


 誰も信じてはくれず、ああいつものか。耄碌したのだなぁと思って、誰も本気にしてはくれないことだろう。


 けれどその通りになり、あとからあの時聞いておけばと思うことになるわけだ。


 何が言いたいのかと言うと、元々それを「能天気婆さん」が、端から目論んでいたとしたらどうだろうか?



 

 これほどに怖いことはないのではないか?


 そう考えると、夜も眠れないことがある。


 モノの捉え方ひとつで善にも悪にもなるのだ。これは、この「能天気婆さん」に限らない由々しき問題。

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