第44話



宗一さんが、俺の中に入ってくる。彼の汗が頬に伝う。世界の色が変わる。


この痛みも、快感も、温もりも、全て自分を形づくる材料になる。


「生きてる感じがするんだ」


繋がったまま、ぎゅっと抱き締められる。

「君と触れ合ってる時が一番、自分という人間を自覚する。今まではまるで他人の人生を眺めていたみたいだったのに」

「……!」

彼の言葉に息を飲む。俺も同じだったから。


宗一さんと互いの熱を交換している時が、本当に生きてると思える。

何の為に生まれてきたのか、何百回も自問自答する日々。大人になって、ようやく答えを見つけた。


俺はこの人と一緒になる為に生きていたんだ。


重なった掌から、宗一さんの想いが流れ込んでくる。


「あ……」


今までは全然分からなかったけど、やっと彼が言っていた意味が分かった。心音が重なり、呼吸のペースが重なるほど、宗一さんの喜びや高陽が伝わる。

今、彼は心の隅々まで満たされている。俺の中に満ちていくこの幸福感は、間違いなく彼のものだ。


一体どういう仕組みなんだろう……。力が反発するのではなく、むしろ引き寄せ合ってるようにも感じる。

好きで好きで仕方ない。これ以上ないほど幸せ。

「ちょ……宗一さん。あの」

「うん?」

まずい。これはかなりまずい。

さりげなく手を離そうとしたが、彼はしっかり手を握り、中々離してくれない。


このままだと羞恥心で頭がショートしそうだ。

「あのですね。驚かないで聞いてほしいんですけど、……宗一さんの気持ちが俺にも伝わってまして」

「お、やっとか。私はずっと昔から感じていたけど」

彼がそう返した時、彼の記憶と新しい感情が流れ込んできた。


“────可愛らしい字だ”。


「……?」


目を開けているのに、なにかの映像が目前に重なる。

誰だろう。知らない男の人の手が、白い便箋を開いている。

どこかの大きな会議室で、ひとり文字を指で追っている。


“どうして突然こんな手紙を送ってきたんだろう?”

彼はそう思い、便箋を丁寧に折り畳んだ。その角に、一瞬だけ差出人の名前が見えた。


余川白希。


「……!!」


俺の名前だ。俺は今、宗一さんの記憶を垣間見ている。

夢じゃない。何なら最大限現実を体感してる、夜の営みの最中だっていうのに。

心臓が破裂しそうなドキドキを覚えながら、記憶の続きに意識を傾ける。

宗一さんのとめどない思考が、波のように押し寄せた。


“この子のことは知ってる。直忠の弟だ”。

“余川さんの家に近付かないよう言われてるから話したことはないけど……”

“屋敷の中でたまたま見たことがある。綺麗な男の子だと思った”


すごく繊細で、ささいな思考まで読み取れる。

感心しつつも戦慄した。凄すぎる。これ、逆に俺の記憶や思考も彼に筒抜けだったってことだよな……?


今さらながら羞恥心で爆発しそうだった。案の定、ここから最低な時間が始まる。


“返事を出したらまた新しい手紙が来た”

“読んでると変な気持ちが流れ込んでくる……”


「や……」


やばばば……。


間違いない。限りなくブラック。ブラック中のブラックだ。


“好きって気持ちが、文章だけじゃなく手紙そのものに詰まってるのか?”


怪訝な表情で便箋を取り出す、今より幼げのある宗一さんが見えた。

最悪だ。俺が書いた手紙から、俺の思考を読み取っていたんだ。


会ったことも話したこともないのに、孤独と憧れが爆発して、彼に“大好き”感情が込もった手紙を送り続けてしまっていた。


これ、普通にめちゃくちゃ迷惑じゃないか。ただの文通だと思われたらまだマシだったけど、開封する度にホットな感情が流れ込むって……。


前に宗一さんが言ってたラブコールってこれのことか。

泣きたくなる状況の中、また彼の想いを受け取った。


“いつか結婚してほしい?”


「わあああっ!!」

「わっ。どうしたの?」


体が繋がってることも忘れ、上半身を起こした。駄目だ、これ以上は見てられない。


「宗一さん!」

「ん?」

「昔のことは忘れてください!!」


彼の肩に手をかけ、無我夢中で叫んだ。宗一さんはというと、訳が分からず呆然としている。

その気持ちは分かるけど、俺は過去の恥ずかしい行いを払拭することで頭がいっぱいだった。

「あああ……俺、昔の自分が意味分からなすぎて怖いです。結婚とか、はは……昔は同性婚なんてできなかったのに、何言ってるんだか。子どもって本当に怖いですよね。宗一さんも怖い思いさせてすみません」

「白希? ちょっと落ち着いて。何の話をしてるんだい?」

「おかしな力が働いて、宗一さんの記憶が見えたんです。俺が子どもの頃に送った手紙を読んでる貴方が脳裏に浮かびました。はああ……」

「……!」

頭を抱えて俯くと、彼は少し固まり、それからゆるゆると動いた。


腰を引き離し、彼のものが抜ける。唖然としたせいもあるけど、間抜けな声を出してしまった。

「まだやり取りを始めた頃の記憶かな?」

「そ、そうです。宗一さんも嫌だったでしょう。会ったこともない子どもから気持ち悪い手紙を送られて」

「気持ち悪い?」

宗一さんは俺の言葉を反芻し、脱ぎ捨てたガウンを肩に羽織った。


「それこそ意味が分からないな。記憶の中で、私が君の手紙に一度でもそんな風に思っていたかい?」



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