第9話



宗一さんは楽しそうに笑ってるけど、自分は他の不安が渦巻いていた。


「私は外に出てきていいんでしょうか。学校もちゃんと行ってないし、働いたこともないし、常識を知らない。何より、温度変化の力で周りの人を危険に晒してしまう。……前と同じように、閉じこもってる方が良いんじゃないか、と思って」

「ふーむ……」

宗一は首を傾げた後、人差し指を上に向かって突き立てた。


「じゃあ外に行こうか」

「え!? でも、力が……」

「私といれば大丈夫。それに君と外へ出掛けるのは私の夢だったんだよ?」


彼は嬉しそうに微笑むと、こちらに手を差し出してきた。


「……!」


その言葉を聞いた途端、視界がパッと明るくなった。

照明は変わらないし、陽射しの強さも変わらないのに。……嬉しいという気持ちだけで、こんなにも世界が変わるのか。


「私も……。……そうでした。はは、何で忘れてたんでしょう?」


彼と外で会うことを、ずっとずっと夢見ていた。こんな大事なことを忘れるなんて……。

世の中には素敵な人や美しい景色があるんだって、彼が教えてくれたのに。


「良かった。じゃあ今日は一日遊ぼう。私もオフだから、良い気分転換になる」


何でもかんでも甘えてしまうのは気が引けたけど、今日ぐらいは……せめて一日だけは、彼と過ごせる喜びを噛み締めたい。


大きな手を取り、広過ぎる世界に飛び出した。ここに来るまでの距離では全然分からなかった空、人、看板、街並み。


これからどこかへ遊びに行くような若者、仕事中と思われるサラリーマン。色んな人が生きている。当たり前のことなんだろうけど、すごく尊いことに思えた。


皆忙しそうだ。私は右も左も分からなくてきょろきょろしてしまうけど、その様子すら誰にも見えてないのかもしれない。


「ははっ。お店がいっぱいあって楽しそうですけど、何のお店なのかも分かりません」

「ふふ、分かるよ。私もそうだった。気になるところは片っ端から見ていこう。欲しいものがあったら遠慮なく言うんだよ」

「いやいや! 見て回ってくださるだけで充分過ぎます」


こんなところ、一人だったら絶対に回れない。迷子になるし、下手したら交番にも辿り着けない。

ここで生きていける気がしない……。


青い顔で佇んでると、宗一さんは手を叩いた。

「そうだ、ひとつ買い物していこう」

「?」

連れてこられたのは、いわゆる携帯ショップというところ。パソコンは分かるけど、最新のスマートフォンと言われてもまるで分からなかった。分からない尽くしで逆に笑ってしまう。


「つまり携帯みたいなものだよ。ネットで色々調べられて、大抵の場所なら支払いができる。私とも連絡がとれるし、白希は持ってた方がいい」

「い、いや……」


店員の男性が見せてくれたパンフレットを見て顔が引き攣る。値段が……これ、ちょっとゼロが多過ぎないか。

今の人は皆こんなものを一台持ってるのか。店内では小さな子どもも自分用に選んでるし、色々凄すぎる。

横を見ると宗一さんは既に契約しようとしていた。


「名義は私でお願いします」

「そ、宗一さん。私は大丈夫です。本当に必要になったら、自分で働いて買います」

「またまた。白希は家庭に入るんだから、働く予定はないよ?」


家庭に入る予定の方がもっとないです。

しかし会話が聞こえてしまったらしく、店員がにこやかに声をかけてきた。

「おや、ご結婚されるんですか! おめでとうございます」

「ありがとうございます。今月中に入籍する予定です」

今……月?

話が飛躍し過ぎてついていけない。蒼白になる白希をよそに、店員と宗一は盛り上がった。


「ケースや保護フィルムはどうされますか?」

「すぐに使いたいので、こちらで全部お願いします」

「かしこまりました。いやー、それにしてもお幸せですね」


ふと、店員がこちらを見る。ケースは女性が好きそうな華やかな色ばかり用意し、奨めてきた。中には花柄やきらきらした装飾のものも多くて、内心ウッとなる。

「お好みの柄があればどうぞ」

「あー……えっと、これはちょっと私には……」

男が持つには異様だ。かと言ってはっきり断るのも悪く、言葉を濁した。すると彼も察したらしく、地味な単色も持ってきてくれた。


「すみません、奥様。他にもありますので、ゆっくり選んでください」




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