第4話 最深層と管理者。

 イカルガダンジョン最深層――

 そこへ向かう転移扉の前で、俺たちは立ち止まっていた。


 空気が、重い。


 ここから先は、

 **戻れない**。


「……本当に行く?」


 奏が、剣の柄に手を置いたまま言う。


「今なら、引き返せる」


 凛も、俺を見る。


「最深層は、

 公式でも“生還率三割未満”です」


 俺は、二人を見る。


「無理なら、言ってほしい」


「俺は……行く」


 一瞬の沈黙。


 それから、奏が笑った。


「ずるいな」


「そんな言い方されたら、

 置いて帰れないじゃん」


 凛も、静かに頷く。


「三人パーティーですから」


 ――決まった。


 ◆


 転移。


 足元が消え、

 次の瞬間、巨大な空間に立っていた。


 天井は見えないほど高く、

 黒い結晶が森のように林立している。


 空気中の魔力濃度は、

 中層の比じゃない。


【最深層】

【推奨ランク:S】


「……綺麗」


 凛が、思わず呟く。


 奏は、すぐに戦闘態勢に入った。


「気を抜かないで。

 ここ、**生き物の気配が多すぎる**」


 俺は、静かに《魔王視座》を起動する。


 ――だが。


「……?」


 情報が、**表示されない**。


「魔王?」


 返事が、ない。


 心の奥は、静まり返っていた。


(……沈黙?)


「ユウト?」


 奏が振り返る。


「どうした?」


「いや……なんでもない」


 俺は、言葉を濁した。


 魔王は、黙っている。

 ――**意図的に**。


 ◆


 最深層の魔物は、異質だった。


 個体ごとに、

 魔力の“癖”が違う。


「奏、左!」


「分かってる!」


 奏が前に出て、

 俺は背後から魔力を**制御**する。


 直接命令しない。

 世界を歪めすぎない。


 凛の詠唱が、澄んだ声で響く。


「――氷結陣、展開!」


 連携が、噛み合う。


 三人の呼吸が、自然に一つになる。


【連携補正:発生】


「……やれるな」


 奏が、汗を拭いながら言う。


「三人だと、

 こんなに楽なんだ」


「守ってもらってるからです」


 凛が、微笑む。


 俺は、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


 ◆


 最深層中央。


 巨大な門。


 そこに刻まれていたのは、

 **古代文字**。


 凛が、息を呑む。


「……これ」


「魔王級存在の封印文です」


 奏が、俺を見る。


「……関係、ある?」


「……分からない」


 だが――

 胸が、嫌な音を立てた。


 門が、**ひとりでに**開く。


 中にいたのは、玉座。


 そして――

 **何もいない**。


「……?」


 その瞬間。


 世界が、僅かに揺れた。


 魔王の声が、

 久しぶりに響く。


「――よく来たな」


 だが、その声は

 **以前より遠い**。


「ここから先は、

 “契約者一人”の領域だ」


「仲間を連れてくるとは、

 予想外だったが……」


 奏と凛が、顔を見合わせる。


「……今の、聞こえた?」


「……いいえ」


 凛が、首を振る。


 俺だけだ。


 魔王の声が、

 聞こえるのは。


「選べ、ユウト」


 魔王が、告げる。


「力を進めば、

 **二人は置いていくことになる**」


「だが、人を選べば――

 俺の力は、

 もう“便利な武器”ではなくなる」


 俺は、拳を握った。


 背後で、

 奏と凛が、俺を信じて立っている。


 見えない魔王。

 見える仲間。


 ――選択の時だ。


 俺は、前を向いた。


「……俺は」


 言葉を、選ぶ。


「**三人で来た**」


 魔王は、しばらく黙ってから、

 低く笑った。


「……なるほど」


「ならば、

 世界は――

 お前を“勇者”と呼ぶかもしれんな」


 最深層の核が、

 静かに光り始めた。


 それは、

 **イカルガダンジョン攻略の終点**。


 そして――

 三人の運命が、

 完全に交差する場所だった。



 最深層の核が、静かに脈打つ。


 光は強くない。

 だが、**確かに“意志”を感じる光**だった。


 やがてそれは、人の形を取る。


 白銀のローブ。

 中性的な顔立ち。

 年齢も性別も、判別できない。


 それでも――

 **格が違う**。


 このダンジョンそのものが、

 その存在の延長線上にあるようだった。


「……人?」


 奏が、剣を半分抜いた。


「違う……」


 凛が、喉を鳴らす。


「魔物でも、魔王でもない。

 もっと……根源的な何か……」


 その存在は、俺をまっすぐ見た。


 視線だけで、

 心臓を掴まれる感覚。


 そして、口を開く。


---


「**ダンジョンには、それぞれ管理者がいる**」


 声は、

 直接頭に届いた。


 だが――

 奏と凛も、**同時に息を呑んだ**。


「……聞こえた」


 奏が、小さく言う。


「私にも……」


 凛も、確かに頷く。


 ――魔王の時とは違う。


 この存在は、

 **この場にいる全員に等しく干渉している**。


「このイカルガダンジョンの長は、私だ」


 核の光が、脈動する。


「我は管理者。

 破壊者でも、支配者でもない」


「循環を守り、

 挑む者を選別する者だ」


 奏が、一歩前に出る。


「……じゃあ、あんたが」


「この地獄みたいな場所を

 作った張本人?」


 管理者は、首を横に振った。


「“作った”のではない」


「世界が歪んだ結果、

 **生まれた**」


 そして、俺に視線を戻す。


「勇者よ」


 その呼び方に、

 胸が微かに痛んだ。


「お前は、本来ここに立つ存在ではなかった」


「だが――

 **人を選び、力を選ばなかった**」


 魔王の声が、

 久しぶりに、強く響く。


「……気に入らんな」


 管理者は、わずかに笑った。


「承知している、魔王」


 奏が、はっと俺を見る。


「……今、名前……」


「気にするな」


 管理者は、淡々と続ける。


「攻略者には、

 私の力を与えることにしている」


 核から、

 細い光の糸が伸びる。


「この力は、

 世界を壊さない」


「奪わず、

 侵さず、

 **守るための力**だ」


 凛が、息を呑む。


「……そんな力が……」


 管理者は、

 最後の言葉を告げた。


「**勇者よ**」


「私の力を使った代償として――」


「**お前の中に、私を住まわせろ**」


 空気が、凍りつく。


 奏が、即座に叫ぶ。


「ちょっと待て!」


「それって、

 ユウトの身体を――!」


「奪うわけではない」


 管理者は、静かに否定する。


「同居だ」


「お前の魔王契約と、

 本質的には変わらぬ」


 魔王が、低く笑う。


「……ほう」


「二重契約か。

 人の身で、よくやる」


 俺は、歯を食いしばった。


「……質問がある」


「許そう」


「俺が、

 **お前を拒んだら?**」


 管理者は、少しだけ目を伏せた。


「このダンジョンは、

 ここで閉じる」


「二人は生きて帰れる」


「だが――

 お前は、

 **もう一人では戦えなくなる**」


 奏が、俺の腕を掴む。


「ユウト!」


「無理するな!」


 凛も、必死に言う。


「契約なんて、

 重すぎます……!」


 見えない魔王。

 見える管理者。

 信じてくれている仲間。


 三つの選択肢が、

 俺の前にある。


 ――そして、

 俺はもう知っていた。


 どれを選んでも、

 **元の底辺配信者には戻れない**。


 俺は、管理者を見上げた。


「……一つだけ、条件がある」


「述べよ」


「奏と凛には、

 **絶対に害を及ぼさない**」


 管理者は、はっきりと頷いた。


「誓おう」


 魔王が、楽しそうに言う。


「面白いな、ユウト」


「お前の中、

 だいぶ賑やかになるぞ」


 俺は、深く息を吸った。


 そして――

 答えを口にする。


「……来い」


「俺の中に、住め」


 核の光が、

 俺の胸へと溶け込んだ。


 その瞬間。


 **イカルガダンジョン攻略完了**の

 システム通知が、世界に鳴り響いた。

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底辺ダンジョン配信者の俺、封印された魔王の力で最強になる 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha

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