第3話 見えない魔王と、二人の少女

 ――血の匂いが、まだ残っていた。


 中層ボスの死体が霧散し、ダンジョンが静まり返った直後。

 俺は、微かな**悲鳴**を聞いた。


「……奥だ」


「行くのか?」


 魔王の声。


「決まってる」


 俺は、走った。


 ◆


 崩れた回廊の先。

 魔物の死骸と、割れた盾。


 そこに――**二人の少女**が追い詰められていた。


「凛! 魔力、もう残ってない!」


「分かってる! でも――!」


 黒髪ボブヘア、ショートジャケットに軽装。

 素早い動きの前衛――**奏(かなで)**。


 金髪ロングストレート、ローブ姿。

 歯を食いしばりながら杖を握る後衛――**凛(りん)**。


 二人の前にいるのは、

 中層徘徊型の魔物シャドウ・リッパー


【Aランク魔物】

【二人では危険】


 奏が、叫ぶ。


「誰か――!」


 その声は、俺に届いた。


 ◆


「――下がって!」


 俺は、二人の間に割って入った。


「なっ!?」


 奏が驚いた顔でこちらを見る。


「誰――」


 答える前に、魔物が跳んだ。


 俺は、短く命じる。


「――止まれ」


 シャドウ・リッパーが、空中で硬直する。


「……え?」


 凛の目が、見開かれる。


「詠唱、してない……?」


「今だ、離れて!」


 二人が距離を取った瞬間、

 俺は魔物に視線を向ける。


「――砕けろ」


 **一瞬**。


 魔物は、内部から崩壊した。


 魔石が、床に転がる。


 静寂。


 ◆


「……助かった」


 奏が、息を整えながら言った。


「ありがとう。ほんとに」


 凛も、深く頭を下げる。


「命の恩人です」


「いや、たまたま通りかかっただけ」


 俺は、少し照れながら答えた。


 奏が、俺をじっと見る。


「……ソロ?」


「ああ」


「この階層を?」


「まあ……」


 二人は顔を見合わせた。


 凛が、小さく笑う。


「噂、もう広がってますよ」


「イカルガダンジョンで

 **一人でボスを倒した配信者**」


 ……早いな。


「あなた、名前は?」


「ユウト」


「私は奏。前衛です」


「凛です。後衛、魔法担当」


 凛が、周囲を見回して首を傾げた。


「……あれ?」


「どうした?」


「さっきから、

 **すごく嫌な圧**を感じるんですけど……」


 俺の影が、微かに揺れた。


「……気のせいだよ」


「そう……?」


 魔王が、くすりと笑う。


「安心しろ。

 **我は、あの二人には見えぬ**」


「契約者にしか干渉できん」


「そっか」


 奏が、剣を背負い直す。


「ねえ、ユウト」


「この先、一緒に行かない?」


「……え?」


「正直、今の私たちだけじゃ危険」


 凛も、頷く。


「あなたとなら、

 生きて帰れる気がします」


 少し、迷った。


 ソロは気楽だ。

 秘密も、隠しやすい。


 でも――


 さっき、助けた時。

 胸の奥が、少しだけ**軽くなった**。


「……三人パーティー、か」


「嫌?」


 奏が、挑戦的に笑う。


「いいや」


 俺も、笑った。


「むしろ――

 **心強い**」


---


【パーティー結成】

ユウト/奏/凛


---


 魔王が、静かに言う。


「……面白い」


「人と組むか。

 それは、力を持った者の“試練”だ」


「二人を守れるか?」


「秘密を、守れるか?」


 俺は、心の中で答えた。


(ああ)


(守ってみせる)


 見えない魔王と、

 見える仲間。


 こうして俺は、

 **初めて“パーティー”を組んだ。**


 その選択が、

 後に世界を揺らすとも知らずに。


◇ 


 ダンジョン内のセーフゾーン。

 魔力灯が柔らかく灯る小部屋で、俺たちは腰を下ろした。


 携帯用コンロ。

 保存食のスープパック。

 焼くだけの魔獣肉。


 正直、豪華じゃない。

 でも――生き延びた後の飯は、うまい。


「……あったかい」


 凛が、スープを両手で包みながら息をつく。


「ダンジョンで食べると、なんでこんなに美味しいんだろ」


「分かる」


 奏が、笑って魔獣肉をかじる。


「さっきまで死にかけてたからね」


 俺は、苦笑した。


「冗談にならないな」


 少しの沈黙。

 焚き火の音だけが響く。


 凛が、ぽつりと言った。


「……ユウトさんは、どうしてハンターに?」


「配信者だって言ってなかった?」


 奏が、こちらを見る。


「それも、底辺の」


「……言うなよ」


 俺はスープを啜ってから、話し始めた。


「特別な理由はないよ。魔法の才能も、武術の才能もなかった」


「就職も微妙で……それでもダンジョンだけは、誰にでも“可能性”があるって言われてたから」


 奏が、鼻で笑う。


「現実は、そんな甘くないよね」


「うん」


 俺は頷いた。


「だから、**小銭稼ぎでもいいから**って思ってた」


 魔王が、心の奥で静かに聞いている。

 何も言わない。


 凛が、少し迷ってから口を開いた。


「……私から話してもいいですか?」


「どうぞ」


 凛は、膝の上で指を組む。


「私は、元々――ハンター向きじゃありませんでした」


「え?」


 奏が驚く。


「魔法適性は高かったけど、

 体力がなくて、

 すぐに倒れてばかりで」


「パーティーに迷惑をかけて……何度も外されました」


 声が、少し震える。


「でも、それでもやめられなかった」


「どうして?」


 凛は、微笑んだ。


「ダンジョンでしか、“役に立てる”気がしなかったから」


 奏が、何も言わずに頷く。


 次は、奏が話し始めた。


「私は逆。才能はあった」


 淡々と、事実だけを並べる。


「剣の適性も高かったし、運動神経もいい」


「……でも、それだけ」


 奏は、火を見つめる。


「周りは、どんどん上に行った」


「Sランクパーティーにスカウトされて、有名になって」


「私は、“そこそこ”で止まった」


 俺は、静かに聞いていた。


「気づいたら、二人パーティーで中層に潜るくらいが、一番落ち着くようになってた。……逃げ、かな」


「違うと思う」


 俺は、思わず言った。


 二人が、こちらを見る。


「凛を見捨てなかった」


「それだけで、逃げじゃない」


 奏は、一瞬驚いた顔をして、

 それから照れたようにそっぽを向く。


「……ありがと」


 凛が、少し笑った。


「ユウトさんは、自分のこと、どう思ってます?」


「今の自分かぁ」


 俺は、少し考える。


「……正直、まだ分からない」


「急に、色んなものが変わりすぎて」


「でも――」


 俺は、二人を見る。


「今日、二人を助けられたことは、悪くなかった」


 魔王が、心の奥で囁く。


「人を助けるか。それもまた、力の使い道だ」


 凛が、立ち上がる。


「……ねえ。このパーティー、続けませんか?」


 奏が、即答する。


「賛成」


 二人の視線が、俺に向く。


 俺は、スプーンを置いた。


「……よろしく」


 三人で、軽く拳を合わせる。


 焚き火が、ぱちりと弾けた。


 見えない魔王と、

 見える仲間。


 その距離は、

 まだ微妙だけど――


 悪くない夜だった。

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