第4話:名前

 青色が刺すように眩しい。

 明らかにリビングの照明とは違う、さっきの落書き――

 もとい、魔法陣の光だ。

 俺はこの光に直感的に嫌悪を抱いてしまった。

 開きかけてた瞼をもう一度閉じようとしたその瞬間、


「――お願い」


 ――嫌に明るい視界の中、何かに呼ばれた気がしてゆっくりと瞼を開ける。


 優牙の瞼越しからでもわかる程に周囲から淡い青色の光が溢れている。


 ゆっくりと瞼を開く、周りに生い茂る木々の中に魔法陣が地面に描かれ、青白く発光していた。


 魔法陣の中央に立つのはまさかの自分自身――


「ってなんだこれ」


 まだ夢の中にいるのかそれとも現実なのか、そんな考えが頭の中を巡る。


 改めて魔法陣の周りを見てみると、こちらに手をかざしこちらを見る一人の女の子が居る。


 女の子は長い銀色の髪を靡かせながらこちらを見る。


 ここら辺じゃ見ない制服を着用している、俺の少ない語彙じゃ言い表せないぐらいの可愛い女の子がこっちを見ている。


「あのー、これって一体...?」


 優牙の発言によって最後の希望を打ち砕かれた愛は頭を掻き毟りながら感情を露わにする。


「あー!もう!!なんでここで失敗するの!!!」


 念の為右見て左見て、その後念の為にもう一丁右を見る。

 どうやら当てはまるのは俺だけだったらしく、俺は自分に対して指を指しながら、念の為の確認を行う。


「失敗って、俺の事?」


「そ「――――――!!!」んな事言ってる場合じゃないみたいだね」


 優牙は一五年の人生で聞いた事がない、この世のものとは思えない獣の雄叫びに体が思わず怯んでしまう。


「説明する暇はないわ、私の後ろに来なさい」


 愛は親指で自分の後ろを示しながら雄叫びが聞こえた方向を睨む。


 俺は言われるがまま、彼女の後ろに行く。

 その背中は男よりも漢らしいカッコ良い背中だ。


 森を踏み、大地を抉り、空気を震わせながらその魔物は優牙たちの前へ現れる。


「――――――!!!」


「挨拶にしては品がないね!」


 愛は一〇本の指先に魔力を集め、魔物に放つ。


 一〇個の光の球が大猿目掛けて放たれる。

 大猿は光の球を受けながらも彼女の脇腹を切り裂こうとする。


 ――理由はない。

 強いて言うなら自分が男児に生まれたからだろう。

 俺は彼女が受けるはずだった攻撃を全身で受け――


 優牙は思いっきり木に叩きつけられた。


 ――痛い。

 ――――痛い!

 木に叩きつけられた痛みだけじゃない。

 木に叩きつけられた衝撃で木の破片が背中に刺さっている。

 涙が出そうなぐらい、痛い。


「大丈夫!?」


 銀髪の女の子が急いで俺の元へと駆け寄ろうとする。

 男のくせに情けないが、それにどこか安心してしまった。


「――――♪」


「ダメだ来るな!」


 先ほど俺を木に叩きつけた大猿が、女の子の背後から攻撃を仕掛ける。

 何とか危険を伝えようと大きな声は出せたが、体が動かない。


「ぐっ!」


 女の子が顔を歪ませながら、俺のすぐそばまで吹き飛ばされてきた。


「だいっ...大丈夫?」


「ええ、あなたのおかげで何とかね」


 女の子はふらふらと立ち上がる。

 俺にはその姿だどうしようもなくカッコよく見えてしまった。

 対して自分はどうだ、


「――情けねえ」


 心の底から出てきた。

 女の子の背中に隠れて、怯えているなんて情けない。


「あなたは立たなくっていいよ、私が何とかするから安心してなさい」


「え?」


 指摘されて初めて気が付いた。

 俺は立ち上がっていたんだ。

 なんで立ち上がれたとか、その辺の理由は正直よくわからない。

 けど、これだけは聞きたい。

 聞かなきゃいけない。


「――君の、君の名前は?」


 女の子は半目になりながら呆れた声色で聞き返してくる。


「それ、今じゃないとダメ?」


「今、聞きたい。今、知りたいんだ」


「変なの」


 女の子は右手の五指を大猿に向けながら笑う。

 指一つ一つに魔法陣から出ていた青白い光が集まっている。


「八掛 はっかけ まな


「え?」


「私の名前は、八掛 愛。あなたの名前は?」


 八掛 愛、それが彼女の名前なのか。

 俺は八掛 愛と一緒に戦いたい。

 彼女の背中を見続けるんじゃなくって、彼女の横に並んで戦いたい。


「俺の名前は、浅影 優牙」


「よろしくね。浅影君」


「――――――!!!」


 大猿が息を荒くしながら俺たちの方へ向かってくる。

 何もしなければ、さっきみたいに木々に叩きつけられるのが関の山だろう。


 ――だけど、彼女なら


 ――――彼女ならば、きっとなんとかできる。


 そのために、俺ができることは一つだろう。

 行動を起こそうとした瞬間、八掛が俺に話しかけてきた。


「浅影君、あなたは――」


 八掛は突然言葉を止め、声色を変えながら俺に頼んでくれた。


「いいえ、浅影君。悪いんだけど、私のために死ぬほど辛い目にあってくれない?」


 なんだ、その程度の頼みなら――


「――ああ、わかった」


 俺は怯えることなく、八掛の盾となり大猿の攻撃を――


 受け止めた。


「がああああ!死ぬほどいてぇ!!」


 体全身から元気が溢れ出ているのが感じ取れる。


「死になさい」


 氷よりも冷たい声色が発せられる。

 背後から五つの光の弾が大猿に放たれる。


「――――」


 大猿はその光の弾に怯えはじめ、避けようとする。


 ――が、そんなの俺が逃がさない。


 俺を、俺たちを弾き飛ばした腕を出来得る限りのさらに先の力を込め、掴む。


「――――――!」


 大猿の目が吊り上がり、叫ぶ。

 掴まれていない腕を使い、俺のことを叩き殺そうと振りかざす。


「うぅぅぅううううがああぁぁぁぁぁああ!」


 痛みを誤魔化し、耐え続けるために叫ぶ。

 耐えて耐えて耐えて、耐える。

 八掛の光の弾が大猿の顔面に当たり、ふらつき


 ――倒れる。


「があああああああああ!」


 大猿が俺の方に倒れてきた。

 ここで絶対に仕留める。

 大猿は自重で落ちてくる、そのタイミングを利用して俺は思いっきり拳を振り上げ、大猿の顔面を砕いた。



 大猿の顔面は砕かれ、大の字で仰向けになっている。


「終わった...のか?」


 肩で息をしながら、倒れた大猿を見下ろす。

 もう起き上がらないだろう。


「八掛、終わった――」


 八掛の方を見ると、彼女は地に伏していた。


「八掛!大丈夫か!」


 俺は急いで八掛の方に駆け寄り、手首に触れる。

 脈はあるようだ。


「よかった、生きてる」


 思わず表情が緩む。

 とりあえずここから離れよう、少なくとも八掛の家か、安全に休める場所――

 その場所を探すために現在地を考えるも、一つ確認しなければいけないことがあった。


「ここ、どこだよ」

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