第2話:終業式

 優牙が高校に着いたのは七時五分を過ぎた頃だった。


 いつも通りに自分の教室である一年三組に向かう。

 今日を終えたらしばらくの間この学校に来ることは無いのだなと思うと少し寂しいような思いが少なからず生まれそうなものだが――


「ま、そんなの浮かばないよな、俺勉強苦手だし」


 そんなことをボヤきながら一年三組の教室へと到着した。


 若干、憂鬱気味に優牙は一年三組の教室に入る。


 辺りを見てみると、ホームルームまでまだまだ時間があるというのに、クラスメイトの半数以上は既に教室に入っており、夏休みの予定を話し合う者、部活の合宿や大会の日程を確認をする者、様々な楽し気な会話で教室は盛り上がっていた。


「みんな楽しそうだな」


 素直にそう思う、俺も中学からの友達は居るが、まだ来ていなそうだ。

 自分の席に着きホームルームか誰かしらが来るまで適当に時間を潰そうとスマートフォンを開こうとしたとき――


「よ!優牙」


 軽く背中を叩きながら明るめな声色で優牙に話しかける人達が来た。


 振り返ると後ろには、トランプのカード束を持っている三人組がいた。

 背中を叩いてきた深緑の髪に平均的な背丈の男が若崎 芽流斗わかさき めると

 スキンヘッドに大柄でやや筋肉質の男が荒根 武あらね たけし

 そして紺色の髪に眼鏡を付けた平均よりもやや小さめの細身の男が青峰 水雲あおみね もずくだ。


「んだよ、芽流斗、武、水雲」


 コイツらとは中学校時代からの付き合いだ、何をしたいのかまでなんとなく予想が着く。



「ホームルームまで暇だし、ババ抜きしようぜ!ババ抜き!どうせお前やることないんだしやろうぜ」


 優牙が予想通り、芽流斗がトランプに誘ってくる。


「誘ってくれたことは有難いけど――」


 この学校ではトランプは禁止されていたはずだ。

 禁止の理由は全く分からない。けど俺たちは一昨日も階段下でトランプをして怒られているのだ。

 普段なら快諾するだろうが、明日から夏休みなんだ。

 一学期最後の日ぐらい怒られるようなことをわざわざすることはないだろう。


「一昨日先生に怒られただろ?夏休み前に怒られたくねえよ」


「おやあ?もしかして優牙くぅん?負けるのが怖いのかあ?」


 トランプの束で仰ぎながら芽流斗が優牙にニヤニヤしながら勝負を仕掛けてくる。

 そんな見え見えの挑発に乗るバカはこの学校でも限られるだろう。

 俺はもちろんこんな挑発に――


「いいぜ?泣かせてやるよ」


 武と水雲の二人は若干呆れられてるが、アイツらもやる口だ。


「仕方ないね」


「僕に勝てると思っているのかな?」


「よっしゃ!じゃあやろうぜ!」


 机をあわせつつ、適当な雑談を交えながら四人はババ抜きを始める。


「そいえば武は夏休みハワイに行くんだよな?」


「そうそう、明日から家族で二週間のワイハー旅行だぜ?羨ましいだろ?」


 武はドンと鍛え上げられた腕で胸を叩きながら口角を上げつつ話す。


「水雲は京都だっけ?」


 水雲は眼鏡を直し、柄がそろった札を捨てながら答える。


「ああ、母さんの実家で用事があってね、僕も明日から三週間ほど京都へ行く予定だ。」


「じゃあどこも行かないのは俺と芽流斗だけか」


「ったくよ!羨ましいぜ、みあげには期待してるからな!」


 はいはいと、軽く流しながら四人はババ抜きを続ける。


 最初に武があがった、そこから三周も回らないうちに、水雲があがった。


 残ったのは優牙と芽流斗だけになってしまった。


 俺は芽流斗の事を深く観察し始める。

 最下位だけは何が何でも逃れたい。他二人はともかく、こいつは間違いなく俺の事を煽る。

 そんなのはゴメンだ。

 俺の手札が残り二枚に対して、芽流斗の手札は一枚。

 今は芽流斗の手番だ、この番で芽流斗がペアを揃えなければ俺に勝機がある。


 芽流斗は勝利のために優牙の手札をよく吟味する。


 俺は圧倒的なプレッシャーに息を飲んだ。

 右側の札を選ぼうとすれば優牙は暗い表情をして、逆に左の札を選ぼうとすれば明るくなる。

 一般的に考えれば明るい表情をしていた方にババがあると考えるだろう。

 しかし優牙とは中学校からの付き合いだ――


「あくしろよ」


「うるせぇバカ!今考えてんの!」


 優牙の茶々が入ったが考えを戻そう

 もしかしたら敢えて俺がババを引くように誘導してんのか?

 考えれば考えるほど額に汗が溜まっていく。


「あー!もうわかんねえ!これでいいや!」


 もうどうにでもなれと一か八か目を閉じながら適当に一枚の札を引き天に掲げる。

 恐る恐る引いた札を確認するとスペードの八だ。

 ――ってことはババが残ったのは優牙であることが確定した。

 つまりこの戦いに俺は――


「うぅぅぅぅぅおっしゃあ!!」


 叫んだ芽流斗とは対照的に辺りは静まり返っている。


 おや?水雲と武は俺たちを見ないように顔を背けている?


「ま、まさかな」


 後ろに誰かいるのかと芽流斗は恐る恐る後ろを振り返る。


 芽流斗の後ろには身長は二メートルを超えており、その体格はまるでではなく、正に筋骨隆々を擬人化させたかのような立派な肉体。

 これらに当てはまる人物は知り合いにもそうそういない。

 芽流斗は顔を引きつらせながら壊れたおもちゃのような声色でその人の名前を呼ぶ。


「や、山内先生、おはようゴザイマス」


 山内 剛やまうち つよしザ・筋肉類パワー属の教諭だ。

 山内教諭は多くの生徒から恐れられながらも時折見せる寛容さで多くの生徒から頼られている。

 感覚的に言えば恐れている生徒八割、頼っている生徒二割といったところだろう。


「お前たち、何しとる」


 山内教諭から発せられた声色に怒りでは無く、どちらかというと呆れているように聞こえる。

 自分たちはとうとうそこの域まで来たんだろうなと、しみじみ感じる。


 そうしていると山内教諭は深くため息をつく。


「はあ、俺も一昨日お前らには説教したばっかだ、それに明日はもう夏休みだし俺だって怒りたくないんだ、今日は見なかったことにしてやるからさっさと片付けれ」


「はい...」


 ★


 三時間後、終業式を終えた優牙達は教室へ戻り、帰り支度をしていた。


 耳を傾けなくとも、教室内では様々な生徒がそれぞれの友人たちと夏休みの計画を立てたりして教室全体が楽しい空気に包まれている。

 いつの間にか自分たちもその空気に飲まれ、話を始める。


「この後、飯とかどうよ?」


「悪い、俺今日の十七時半頃にフライトだからそろそろ行かねえと間に合わねえんだ、帰ってきたらたくさん遊ぼうぜ!」


 まるでニカッと聞こえてきそうな爽やかな笑顔と共に断りの返事が送られてきた。

 次に水雲が眼鏡を直しながら答える。


「すまない、僕は父方の親戚と食事をする予定があって、君達とは行けないよ。また誘ってくれ」


「そっか、芽流斗は...あー、無理だな」


 芽流斗の方へ目を向けると案の定というべきか、芽流斗はこの一学期に持って帰るべきものを溜め込んでいた。

 両手に山のような教材や、くしゃくしゃになったプリントが積まれてあり、この状態で彼を誘うのはかなり酷だろう。


「そんじゃ、帰るか」


 通学路は途中までは同じなので適当な話題を出しながら一緒に帰る。

 一人、また一人と別れていき最後は俺と芽流斗だけになった。


 芽流斗は汗を垂らしながら、優牙に対して話しかける。


「そうそう」


 芽流斗は大荷物を抱えながら荷物と荷物の間から覗き込んで続ける。


「そいえばよ、あいつらが旅行行ってる間、俺らは俺らで遊ばね?」


「おう、予定空けておくわ」


「へっへ、俺のサイキョーの遊びプランにビビんなよ?」


 楽しそうに芽流斗が遊びの計画を呟く。


「何がいいかな、去年はミラクルスイカ割だったし、その前は三県先のホラースポットで肝試し、さらに前には女装パーティ...」


「法にはあんまり触れるなよ」


「わかってるって、まあ期待しておいてくれよ、例年通りすっげー面白いこと計画しておくからよ」


 芽流斗が荷物の間から少しずつ青くなってきた顔を覗かせる。

 よく見ると芽流斗の両腕は若干震えていた。


「そこまで持ってやるよ」


「よっしゃ!ありがとよ!」


 芽流斗は元気の良い声で跳ねるように喜んだ。

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