第3話 エリザベス・カッパ

「エリザベス・カッパの新作が発売されたよー! また時代を動かす知識になるだろうから、売り切れ前に買っておくことをお勧めするよー! おっと、お客さん、残念だが一人一冊までなんだ。すぐに売り切れるし、人気で次の仕入れもめどが立っていないのさ。作者の意向で多くの人に読んでもらいたいらしい。まとめ買いや転売への対策に一冊までとしている。すまないねえ」


 学園に通う馬車の中から、賑わいを見せる書店前を確認した。

 ホッとする。

 今回も良い売れ行きを記録しそうだ。


 初めて書いた魔法学に関する書物でベストセラー作家となったエリザベス・カッパ先生。彼女はどこから集めたのか不思議になるような知識を書物に残し、一般的な書物と変わらない価格で広く庶民にも行き届かせた。


 その名声は瞬く間に王国内に轟き、2作目『薬学に関する本』が発売された本日も大きな騒ぎを起こしていた。


 本当にありがたいことです。

 だって、エリザベス・カッパとは……この私だから。


 はい、私がカッパです。敬愛する河童先輩から名前をお借りしました。実家の伝手を利用し、私が作者だとバレないようにPNを使って出版している。


 我がモチネオカ伯爵家の書庫には1万冊を超える書物がある。

 おそらくこの国にある書物を全て集めていると思われる。


 そんな巨大な書庫の知識を、私は幼少の頃より頭に叩き込まれていた。上に立つ者として、知識と教養、魔法と剣、それらは女性であっても習得しなければならないというお父様の考えの元英才教育を施された。脱落した者は正当後継者になれないらしい。スパルタかよ。


 家庭教師たちの教え方も素晴らしく、同時に私も魔法学や薬学に興味があって、乾いたスポンジが水を吸うように知識をどんどん吸収していった。いや、乾いた河童先輩の皿が水を吸うように知識を吸収していった、の方が表現の配慮として適切か。


 私は低めに見積もってもかなりの秀才といっていいだろう。優しい河童先輩なら「ちょ、お前は秀才じゃなくて天才だっつーの」って称賛してくれるかもしれない。河童先輩は褒め上手なのだ。


 お父様の課した試練を乗り越えて多くの知識を得た。しかし、父はその使い方までは指示してこなかった。

 私は悩んだ。使わないものを学んで何になるんだろうか? と。


 やはり知識は人のために使ってこそ意味を持つ。日ごろ、立場から悪女にならなければならない私としては、罪滅ぼしのためにもこの知識を世界の役に立てようと考えたのだ。


 河童先輩にも相談したら、「ちょ、自分の出来ることをやるのは素晴らしくね?」と背中を押してくれた。ありがとう河童先輩。


 そうして始まった私の世界貢献事業。

 手始めに魔法から見直し、改良できそうな箇所を洗い出し、数年かけて正しい魔法の姿に戻すための試みをやってみた。

 そこで得た知識をまとめたのが、エリザベス・カッパの処女作『魔法に関する本』である。


 あれは売れた。売れに売れた。

 魔法の常識、学園の教育課程、古い魔法に固執したとある貴族が没落し、新しい知識に沿って商売した貴族が成り上がるくらいには世界を動かした。


 エリザベス・カッパの名は瞬く間に世界中に知れ渡り、多くの称賛を受けたが、同時に多くの敵も作った。ふぃー、河童先輩の名前を借りた私の判断は正しかったという訳だ。敵怖い。


 別に売り上げ目的で書いたものではないのだが、それでも自分が夜な夜な頭を捻って書き上げた、我が子みたいな一冊である。

 あれだけ人々に求められている姿を見ると、ほっと一安心すると同時に、胸の奥に多大なる満足感を覚えるのだった。


 学園に着いても、教室内ではエリザベス・カッパ新作についての話題で持ちきりだった。私と直接会話できる取り巻きの娘たちも、頻りにその話題を振って来た。


「もちろん既に読ませて頂きました。素晴らしい知見で、非常に勉強になりました」

「うわぁー、ルル様にそのような称賛を述べさせるとは、やはりエリザベス・カッパ先生は偉大ですわぁ」


 どう考えてもこんなただの特権階級の娘より、世界に貢献しているカッパ先生の方が偉大なのだが、彼女たちにとって私はカッパ先生よりも上の立場なのだ。

 まあ私がカッパ先生なので、不快な気分にはならない。


 私の感想を皆に伝えに行く取り巻きの娘たち。

 家格次第で、私と直接話してはダメな子たちもいる。というか、そっちの方が多い。

 こんな環境でどうやって心休まるのか。そしてどうやって友達を作ればよいのか。辛すぎワロタ。


 授業が始まるまでのんびりしていると、私の席へと集まって来る派閥の娘たち。

 10人くらいが集まり、手にはプレゼントを持っている。いじめられていた娘もその中にいた。


 全員私に直接話しかけられない身分なので、取次に会話の許可をとる。

「ルル様、彼女たちが昨日の御礼にやってきたみたいです。どうします? 先週の戦いの疲れも御座います。追い払いましょうか?」

「いいえ、全員通して頂戴」


 戦いの疲れってなに?

 女同士でやいやいやってただけなのに、本当の戦場帰りみたいな扱いなんだけど。


「ルル様、先日の活躍はお見事でした。わたくし感動しました! その記念として、ルル様にケーキを焼いて来たのですわ。どうか、お受け取りになって下さい」

「ありがとう。あなたの焼くケーキはいつも美味しくて大変気に入っているのよ。今回のもきっとおいしいでしょうから、執事たちと一緒に食べさせて貰うわね」

「ああっ、なんと! ルル様、光栄に思います!」


 一人一人、順番に通されていく。

 皆、それぞれにプレゼントを持って来てくれている。不思議とお菓子系が多い。私を豚にする気か。執事たちと一緒に食べる(ほとんど使用人たちの元に行く)という事実も伝えているので、私は気に病むことなくこのお菓子たちを横流しできる。


 最後にいじめられていた子がやって来て、一際大きなプレゼントを持って来た。

「あ、あの、ルル様……」

「どうしましたか? セレナ様。ゆっくり仰って下さい」


 彼女は一際緊張しており、呼吸も乱れている。

 感謝の気持ちを伝えに来たことは明白だが、あまりの気の弱さに言葉が続かないのだ。わかるよー。私も小心者だから、わかる、わかる。

 頑張れ、セレナさん!


「いじめの件ありがとうございます! あれからクレナさんたちのグループが教科書の弁償と謝罪をしてくれたんです。今後、二度と同じことはしないと約束もしてくれました。私……私……安心して、嬉しくて、ひっく」

 あちゃー。泣いちゃった。

 セレナさん、泣いちゃった。辛かったんだよね。心細かったんだよね。でも、もう大丈夫。


「これで涙をお拭きになって」

「そんな滅相も御座いません! ルル様のハンカチを使うなど」

「いいから、いいから」


 代わりに彼女の涙を拭ってやると、辺りからいいなぁと感想が漏れていた。そんなにいいか? 私、昨日グラタン定食間食した超庶民だけど。


「あなたのことはご両親から任されています。私はいじめのような醜い行いが嫌いだし、セレナさんを守る義務も御座います。自身の心を満たすため、そして責務を果たしたにすぎません。セレナさんは気にせず、学園生活を楽しむと良いわ」

「……ルル様ぁ」

 耐えられなかったのか、ぶわーと大粒の涙がとめどなく流れ出した。

 よし、来なさい。このグラタン女が抱きしめてあげます。


 しばらくセレナさんを抱きしめた後、解放してやり、集まったみんなに再度念を押した。クレアさん派閥はもう大人しくしているだろうけど、それに便乗して彼女たちに嫌がらせるようなら、私の鞭がみんなに向けられることを。河童先輩の拳も待っていますよ。


 みんなは了承してくれたので、しばらくは安泰だろう。

 平和が一番なのよ、平和が。


 すっかり絆を深めた私たちは、暖かい空気に包まれてこの後の授業を平穏に受けられるはずだった。

 しかし、教室内に入って来て、ずかずかと私の前に歩み寄る男子生徒が一人。


 取り巻きの女の子たちが頭を下げる。取次無しで私の元に、こんな風にやって来る人物は一人しかいない。


 淡い金色の髪をさらりと流し、澄んだ碧眼を持つ男性。白い肌とすらりとした体格は育ちの良さを感じさせ、上質なこの学園の制服も嫌味なく似合っていた

 この国の皇太子、レオ王子である。同級生なんだよねー私たち。子供の頃からの悪縁ってやつだ。


「おはよう、ルル君」

「おはようございます、レオ様」

 目を伏せ気味にしながら丁寧に挨拶をした。

 彼が少し苛立っており、これから何を言い出すか察していたからだ。


 王族と大物貴族。王子とは幼少期からの付き合いだ。彼の性格は知っている。

 清廉潔白。その心に一切の穢れ無し。

 まさしく王家に相応しい綺麗さだ。ただし、私から言えば、まだまだ未熟な器である。


「聞いたよ。君、クレア・フィールデンを叩きのめしたそうだね。実家の権力を使い、退学をチラつかせたとか。それがモチネオカ伯爵家たる者の行いか!」

「はい、私は自分の立場に相応しい行動を取ったと自負しております。クレアさんを慕う生徒がうちの者をいじめておりましたので、少々手荒な手段を使わせて頂きました」

 言い争いはまだ続く。

 彼と会うといつもこれだ。


 私は権力を使う。自分の立場を守るため。仲間の立場を守るため。

 けれど、王子はそれが気に入らない。この潔癖な聖人は、それが堪らなく耐えられないのだ。


「昨日、僕の元にクレア君を慕う者が複数名泣きついて来たぞ。君に権力を振りかざされて、酷い目にあったと。たしかに彼女たちにも落ち度があったかもしれない。しかし、君はいつだってやりすぎている。僕はそれが気に入らない。今はこうして直接君に抗議しかできないが、いずれは正義の力で君を止めてみせる」

「では、その時にお越しください。今のままでは双方の時間を無駄にするだけの議論ですので」

「ぐっ」

 歯を噛みしめて悔しそうにするレオ王子。


 彼の面倒なところは、悪い人じゃないってところだ。

 上に立つ者が権力を振りかざして弱きものをいじめるのが許せないだけ。ちゃんと王様らしい資質だと思っています。今はそれがから回っているだけ。


「無駄だとは思わない。君も誠心誠意、心を込めてクレア君と話し合えば、権力を振りかざす必要もなかったのではないか!? 僕は、そう思っている。そんな世界になるといい、と常々願っている」

「誠心誠意の話し合いで済むなら『正義の力』とやらも必要ないのでは? 語るに落ちていますね」

「こんの! ひねくれ者め! 僕ははっきり言って君のような人が好きじゃない。どうやら僕たちの婚約の噂も出ているらしいが、今のうちに僕の気持ちをはっきりと伝えておく。僕の好きなタイプはこの人だ」


 王子が取り出した物で、私は初めて表情を崩した。目を大きく見開く。

 げっ。


「僕はこのエリザベス・カッパ先生のような人と結婚すると決めている。いいや、彼女のように素晴らしい見識を持った女性なら他の人だって構わない。僕の理想はこういう人であって、決して君ではない。それに、そもそも皇太子は聖女が誕生したら、その女性と結婚するのが法だ。君と僕の結婚など、期待しない方が身のためだ」

「うぬぼれるのも程々にしてください。私ももっと悪くて賢いタイプの殿方が好みです」

 そう、河童先輩のような。「ちょ、俺?」と河童先輩も照れてくれている。ふふっ。


「ふん! 強がりを。では、僕は行く。エリザベス・カッパ先生の新作をゆっくり読みたいのでな」

「ここで時間を無駄にしなければ、もっと読書の時間を確保できましたよ」

「君はまた!」


 これ以上やりあっても勝ち目がないと思ったのか、王子は立ち去って行った。随分とストレスをお抱えのようだ。ストレス発散に、外を全裸でダッシュするのをお勧めします。すっきりすると思いますよ。


 それにしても、レオ王子もエリザベス・カッパ先生のファンだったか。これはますます正体がバレる訳にはいかなくなったぞ。


 レオ王子と私の婚約の話だが、噂には私も聞いている。

 なんたって、我が家は王家に多額のお金を貸し付けている。お父様が国王に圧をかけて「娘をレオ王子の嫁にとってくれるなら借金無しでいいよ?」という汚い裏側を想像したのだろう。


 噂を流した人間もきっとそんな誰でも出来る想像を根拠に噂を流したのでしょう。

 なんて愚かな行いだろう。だって、実際はそんなことないからだ。

 お父様はお金大好き人間である。王家に貸し付けているお金も莫大な金額に登る。私との結婚程度でチャラに、なんて提案は国王側から持ち掛けられても断ることだろう。


 根も葉もない噂がとうとう王子の耳にまで届くことになろうとは。いやはや、これも大物貴族の宿命ってやつですか。実害は王子から怒鳴られるくらいしかないので、放っておいているが、そのうち嘘だという噂も流しておきたいものだ。後王子が裸で外を走り回るのが趣味だという噂も流しておこう。これは今日の仕返しだ。


 悪女も、大物貴族も、私にはあまり向いていないんだよね。本当に。

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