第7話 味覚
最初に失われたのは甘味だった。
砂糖を舐めても、舌は何も思い出さない。白い粒子が溶ける感触だけが、義歯のように口内に残った。
次に塩味が壊れた。
味噌汁は無言になり、汗はただの水になった。医師は「ストレスでしょう」と言い、舌をライトで照らした。その光は眩しすぎて、味の影を焼き切った。
やがて、すべての味が同じ方向へ傾き始めた。
酸っぱいものは鉄の味がし、肉は古い紙の味がした。水だけが例外だった。水はいつも、誰かの記憶のような味がした。
ある朝、林檎を齧ると、はっきりと「後悔」の味がした。
苦く、粘つき、噛むほどに増殖する。私は林檎を捨て、パンを食べた。パンは「言わなかった言葉」の味がした。
気づいたのだ。
味覚が壊れたのではない。感情が、舌へと逃げ込んできただけなのだ。
それ以来、私は食事を避けている。
怒りは辛すぎるし、悲しみは腐りやすい。
どうしても何か口に入れなければならないときは、氷を舐める。
氷は無味だ。
ただし溶ける瞬間、かすかに——
これから起こる出来事の味がする。
私はその予感だけを、噛み砕く。
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