第6話 痛覚

 彼は痛みを感じないのではなかった。ただ、遅れて届くだけだった。


 刃が皮膚を割る瞬間、血は正しく流れ、神経も正しく震える。だがその震えは、封筒に入れられて投函され、どこかで迷子になる。彼の身体に痛みが到着するのは、いつも数日後、あるいは数年後だった。


事故の夜、救急外来で医師は首をかしげた。

 「出血に対して反応が薄い。ショックではない。」

 彼は頷いた。説明する言葉を、まだ受け取っていなかった。


 痛みはまとめて届く。月末の請求書のように。

 ある朝、歯を磨いていると、幼少期の転倒が来た。次に、十七歳の骨折。昼過ぎには失恋の夜の胸痛が、胃酸のようにせり上がった。彼は床に座り、遅延した世界を抱きしめた。


 やがて彼は記録をつけ始めた。

 いつ、どの痛みが、どれほどの量で。

 すると気づいた。痛みは出来事に比例しない。意味に比例する。忘れたはずの侮辱は鋭く、誇りに思っていた傷は鈍かった。


 最後に届いたのは、まだ起きていない痛みだった。

 白紙の封筒。差出人不明。

 開けると、静かな予感だけがあった。


 彼は初めて、先に泣いた。

そのとき、痛みは宛先を失い、どこにも届かなかった。

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