第5話 終わりの始まり(1)
車に乗ってから30分ほど経っただろうか。私はまだ、さっきのことを考えていた。
「ハル、大丈夫?さっきから一言も喋っていないけど」
「……」
「ねぇ、ハル。どうかした?大丈夫?」
「…………」
「美阪ハル!!返事をしなさい!」
「うわぁ!?ど、どうしたの?志保」
「もう…まぁいいわ。もうすぐ着くわよ」
「了解。それで、どんなところなの?これから行く『観桜堂』ってとこは」
「和食料理店でとっても美味しいわよ!期待していいと思うわ」
志保に期待していいと言わせられる料理人は、この世界に何人いるだろうか。きっと、数えられるぐらいしかいないはずだ。口の中で唾液が溢れる。
「わかった!楽しみにしてる」
「えぇ!あ、そういえば春。さっきのことなんだけど、あれは…」
志保が何か言おうとした瞬間、冴木さんが車のドアを開けた。
「お話中申し訳ありません。目的地に到着いたしましたが、いかがなさいますか?」
「ああ、着いたのね。降りるわ。荷物をお願い。ハル、降りるわよ」
「うん。やったぁ、お昼ご飯だ〜!」
「あっ、走ったら危ないわよ!」
普段こんなに熟考することなんてないから、脳が疲れていたのか異常なまでにお腹が空いていた。とにかく早くご飯にありつきたい。
「そういえばまだ店が見えないけど、どこにあるの?」
「ああ、ここからは細道だから車は乗れないのよ。まぁ歩いて数分だし、それぐらいは我慢してね」
「もちろん!こっち?」
「そう。そっちをまっすぐ行くとみえるわ」
そう志保が言うのが早いか、私は全力ダッシュで店へ向かった。木の葉が顔に当たっても気にせず走る。しばらく走ると、少し開けた場所に出た。
「うわぁ…すごい」
陽の光が眩しくて思わず目を細める。林を抜けると、そこには大きなお屋敷が立っていた。…まぁ志保の家よりは小さいけども。いかにもおとぎ話に出てきそうな雰囲気だ。鳥の囀りに耳を傾ける。…まるで赤ずきんちゃんになったみたいだ。
「おや?お客様…ですか?」
突然の人の声にビクッと肩を震わせる。背後から声をかけられたようだ。
「あ、そうで…」
私が振り返る寸前、首辺りにフワフワした何かが当たった。すぐ後ろに何かの気配がする…誰か後ろに立ってる…!?
「待ちなさい!!あなた、ハルに何をしているの!」
驚きつつ振り返ると、猫型のMOMが尻尾で私の首を絞めようとしていた。口の端をにぃっと吊り上げ、ゾッとするような笑みを浮かべていた。
「なっ…!!」
とっさにその生物を思い切り突き飛ばす。すると、その生物は簡単に吹っ飛んでしまった。…が、ヨロヨロと立ち上がりまたこちらに走ってきた。MOMが人間を襲うなんて…!今までこんなニュース見たこと…と、今朝のニュースを思い出した。MOMの写真に、凶暴化の文字。これは、MOMの凶暴化を示していたんだ!ちょっと考えればわかったのに…!私のバカ!!頭を掻きむしってもう一度思考を整理しようとした…が、後ろに体がすごい力で引っ張られた。
「ちょっと…あんた何考えてんの!?こんな状況で突っ立ってるなんて!!」
前を見ると、目の前まで猫型が迫っていた。もし志保が助けてくれなかったら…怖いから想像すんのやめよ。焦ったら口調が荒くなるのは昔から変わらない志保の癖だ。懐かしさに思わず頬が緩む。…思い出に浸っている場合じゃなかった。
「とりあえず、車に戻るわよ!打撃であんなに吹っ飛んだってことは、防御力は弱いのかもしれないし…車に乗ればひとまず安全よ!…多分」
「了解!急がないと…冴木さん、大丈夫かな」
「大丈夫よ!ああ見えて元軍兵だもの」
「ええ!?あの冴木さんが!?」
「着いたわ!それについては後で詳しく話してあげるから、とりあえず車に…」
志保が車のスライドドアに手をかけた瞬間、いきなりドアが開いた。
「キャ!?ちょっと!いきなり開けたら危な…」
そう言いかけて志保は後ろに飛び退いた。
「どうしたの?虫でも出た?」
「…まずいことになったわよ」
ドアが開くと、コウモリ型のMOMが姿を現した。ケタケタと笑いながら、ゆっくりとバサバサ翼を羽ばたかせている。時折垣間見える長い爪が、恐怖を引き立てる。冴木さんは…逃げたんだ。きっと、まだどこかで生きてる…よね?そう信じないと、心を正常に保てない。
「…どうしよう。唯一の希望が砕け散ったけど…無理やり乗る?」
「いや、無理でしょ…」
私達が引くにも引けずに立ち往生していると、コウモリ型は容赦なく前にいる志保に飛びかかった。
「キャアアアアア!!」
「志保!!」
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