第3話

5年後、妹のアレクシアが婚約した。

相手は、レイヴンクロフト公爵の息子である。

彼らの援助で、私達は、かなりの余裕のある暮らしを送れるようになった。


スターリング伯爵家が、公爵家と繋がりを持った、という知らせは、あっという間に社交界に広がった。

そして、今まで私達を無視していた、貴族達の態度が一変し、晩餐会や舞踏会の招待状が、次々と届くようになった。


そして、招かれたお屋敷では、招待客全員が、私達姉妹の気を引こうとして、躍起になっていた。


「アレクシア様、どうやって、あのブラックウィンド侯爵の心を射止めたんですか?」

「え?…ええと、それはですね…分かりません」

アレクシアの正直な返答を、みんなは冗談だと思ったらしく、どっと笑いだした。


「まあ、スターリング伯爵家のお嬢様は、可愛らしいですねえ」

「そんなところが、侯爵様のお目に留まったのでしょう」


しかし私は、ご令嬢達が、陰で妹の悪口を言っているのを聞いてしまった。

「…あんなやせっぽちのちび助の、どこがいいのかしら」

「…さあねえ、お姉さん達は、そこそこ美人だけど。妹の方は、ぱっとしない見た目よね」


化粧室での陰口と噂話。

貴族の世界では、よくある光景だ。

しかし、それが自分の妹に関する事となると、話は別である。


私は、入っていた個室のドアを勢い良く開けた。

鏡の前の2人の令嬢が、驚いて振り返った。

私が誰だか分かったのか、彼女達の顔が青ざめた。


「…あ、あら、スターリング伯爵様の…」

「…い、今のは、あなたの妹さんの話では…」

私は彼女達を見て、にっこりと笑った。


「…お嬢様方、陰口は人がいない事を確認してから、なさった方がよろしいわよ?

誰が聞いているか、分かりませんからね」

ご令嬢達の顔が、羞恥で赤く染まった。


「…なによ、田舎の成り上がり貴族が、偉そうに…!」

私はその言葉を、余裕の笑みで受け止めた。

「あら、その成り上がりとお近づきになろうと、必死になっていたのは、どこのどなただったかしら?」

「…くっ…!」


ご令嬢は、言い返せずに黙ってしまった。

「…ふふふ。次の舞踏会が、楽しみですわねえ。あなた方が、私の妹の容姿を、どんな風に話していたか、他の方々が知ったら…どうなるかしら?」

ご令嬢達が、青ざめて狼狽える様を、私はたっぷりと楽しんだ。


「…お、お願い、今日の事は黙っていてください…!イザベラ様!」

「…私達、婚約が決まっているんです。この事が、相手に知られたら…」


「あら、そうなんですか。おめでとうございます。…では、ごきげんよう」

呆気に取られている2人を尻目に、私は颯爽と化粧室を出て行った。


私は彼女達に仕返しをするつもりは、全くと言っていいほどなかった。

しばらくの間は、されもしない復讐に、勝手に怯えていればいいのだ。


しばらくして、祖父を騙して、領地と財産を巻き上げた詐欺師が捕まった。

私達は、スターリング伯爵家の屋敷に戻り、以前と同じ半農半貴族な生活を始めた。


そして、とある貴族の屋敷で開かれた舞踏会での事。

「…イザベラ?イザベラじゃないか」

「…ハリー?」

そこには、元婚約者が立っていた。


…この人が、あのハリーなの?

彼は別人かと疑うくらいに、変わっていた。


以前は、すっきりと引き締まっていた体は、だらしなく肥え太り、突き出たお腹の前ボタンが、今にも弾け飛びそうだ。

髪は白いものが目立ち、頭頂部が薄くなりかけている。

不健康にむくんだ顔は、目元が赤くただれていた。


彼は確か今年、27歳になるはずである。

しかし、どう見ても今の彼は、自堕落な生活を送っている中年男性にしか見えなかった。

「…元気そうね、ハリー」

私が話しかけると、彼は嬉しそうな顔をした。


「…ああ、やっぱりきみも、僕の事を思っていてくれたんだね…嬉しいよ」

「…えっ?」

私達は、婚約解消したんですよね?

あなたが一方的に、婚約破棄したんですよね?


心の中で突っ込んでいる間に、その場から離れるタイミングを失ってしまった。

ハリーは、私のそばに近寄って来た。

彼の体からは、お酒の匂いが漂ってきた。


「…あれからずっと後悔していたんだ。きみと婚約を解消したせいで、僕は社交界での立場を失った…」

「…そうね」

自業自得でしょ、とは礼儀上、口には出さなかった。

彼のすえた体臭を吸い込まないように、私は息を詰めて返事をした。


「そこでだ、僕達、もう一度婚約しないか?」

「…は?」

一瞬聞き違いかと思い、私はハリーの顔を見た。





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