第2話

次の日、私の両親は、元婚約者の実家のボイル伯爵の屋敷を訪ねた。

向こうの両親は、平謝りだったそうだ。

「…うちの馬鹿息子が、とんでもない事をしでかして、誠に申し訳ありません。

慰謝料は規定の額を、支払わせて頂きますので…」


先方からは、慰謝料の話が出ただけで、婚約解消を取りやめる、という話は出なかったそうだ。

「…いい厄介払いができた、とでも思っているんでしょうね。落ちぶれた貴族と縁が切れるなら、慰謝料を払っても惜しくはないわよね」

リリーの辛辣な意見は、あながち間違ってはいないだろう。


これで私は、婚約破棄された悲劇のご令嬢として、社交界で噂の的になる事が決定した。

「まあ、いいわ。どうせこれからは、舞踏会の招待状も来ないでしょうから」


私は身支度を済ませると、村の小学校へと向かった。

「おはようございま~すっ、イザベラ先生」

「おはよう」

「おはよ~、せんせ~いっ」

「はい、おはよう」

子供達は、今日も元気である。


私は家が没落してから、仕事を探し始めた。

ちょうど、村の小学校の教師に欠員が出たと聞いたので、面接に行くと、その場で採用された。

「レスター伯爵様の紹介状もありますし、採用テストの結果も合格です。教育もしっかりと受けておられるようですね。よろしい、いつから働けますか?」


教師として働き始めて、既に一年以上が経っていた。

かつてはお城の舞踏会に招かれて、大貴族とダンスを踊ったこともあった。

そんな名家のご令嬢が、まさか田舎の村の小学校の教師になろうとは、一体誰が予想しただろうか。


「…人生、何が起こるか、分からないわねえ…」

仕事の帰り道、私はそんな事を考えながら、歩いていた。

すると、前方に、何か大きなものが落ちているのが見えた。


近づいてみると、それは大きな犬だった。

どうやら、荷馬車にひかれたらしい。

「…可哀想に。お墓を作ってあげるね」

一旦家に戻って、スティーブを呼んでこなければ。


その時、犬が弱々しい鳴き声を上げた。

「…あら、大変。この子、まだ生きてるわ…ちょっと待っててね!」

私は家に向かって走り出した。


荷車を引いたスティーブと一緒に、犬が倒れている場所まで戻って来た。

「…これは、酷いケガですね。…この辺りの獣医さんと言えば…ウィルさんか」

「ウィルは、獣医さんなの?」

「まだ新米ですが、腕がいいって、近所の農家では評判ですよ」


スティーブは、犬をそっと荷車に載せると、レスター伯爵の館に向かった。

私は、荷車の横について、犬に話しかけていた。

「…大丈夫よ。これからお医者さんに診てもらうからね」


ぐったりしていた犬は、私の言葉が聞こえたのか、ぴくっと耳を動かした。


「…ど、どうしたの?ベラ。…スティーブ君まで」

私達が、荷車を引いて駆け込んできたのを見て、ウィルは目を丸くした。

「…この犬、馬車にひかれたみたいなんですよ」


犬を見たウィルの顔つきが、真剣なものに変わった。

「そこの台にのせて。…ああ、これは痛そうだ」

スティーブが、犬を抱え上げて、台の上にそっとおろした。


「…これでもう大丈夫。治っても足を引きずるかもしれないけど、命に別状はないよ」

ウィルはそう言いながら、麻酔が効いて眠っている犬の頭を、優しく撫でた。

「ありがとう、ウィル先生…」

「…やめてよ。今まで通り、ウィルって呼んで」


ウィルは照れたように、頭をかいた。


それからしばらくして、犬は私の家で引き取る事になった。

「名前は、プリンスにするわ」

汚れを落とした犬は、気品のある姿をしていた。

ふさふさした長い茶色の毛、つぶらな茶色の瞳、垂れた耳と長い尻尾。


「どこかの貴族の家で、飼われていた犬が、逃げ出したのかもしれないね」

プリンスは、事故の後遺症で、後ろ足を引きずるようになったが、他は至って健康だった。

私の顔を見ると、尻尾をぶんぶん振りながら、嬉しそうに近寄って来た。

「きみが命の恩人だって、分かっているんだろうね」


私がプリンスを連れて帰ると、家族みんなが彼に夢中になった。

「かわいい~っ、ふさふさ~っ」

「これだけ大きければ、番犬にもなるし、いいんじゃないか」

家族に撫でられて、プリンスは嬉しそうに目を細めていた。


それ以来、私はウィルと道で会うと、立ち話をするようになった。

「最近、プリンスの具合はどう?」

「元気すぎるくらいよ。散歩の時に、走るあの子について行くのが大変」

ウィルの笑顔を見ると、いつもほっとした気持ちになった。




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