妹が大貴族と婚約したせいで、売れ残りの姉に求婚者が殺到しています
金色ひつじ
第1話
5年前。
「スターリング伯爵令嬢、イザベラ。申し訳ないが、きみとの婚約は、今ここで破棄させてもらいたい」
「…えっ?」
王宮の舞踏会。
その場にいた、招待客全員の視線が、私達に集中する。
私の婚約者は、人々の視線を一身に受けて、恍惚とした表情を浮かべた。
「…ハリー、どういう事なの?説明してちょうだい」
「…すまない、ぼくのわがままで、きみを傷つけてしまう事になろうとは…」
ハリーは、芝居がかった仕草で、前髪を払いのけた。
もともとドラマチックな演出が、好きな人ではあったけれど、今夜は更に磨きがかかったようである。
ハリーは、舞台俳優のように、大げさな身振りで話し始めた。
「…嗚呼、ここにお集まりの方々なら、既にご存知でしょう。スターリング伯爵家の悲劇を…!我が愛しのイザベラは、一夜にして、全てを失ったのです…!」
確かに、私の実家であるスターリング伯爵家は、ついこの間、莫大な借金を抱えて破産する羽目になったのだが。
今夜、私が着ているドレスも、王都の貸衣装屋で借りたものである。
ぽっちゃり体形の私には、胸とウエストの部分が、少々きつめに感じた。
要するに、私が一文無しになったから、結婚する気がなくなった。
彼はそう言いたいのだろう。
しかし、それなら、両家の間でひっそりと、婚約解消の手続きを進めればいいものを、どうして彼は、わざわざこんな目立つやり方を選んだのだろうか。
婚約者が窮状に陥った為に、泣く泣く婚約を解消せざるを得なかった悲劇の主人公。
おそらく、彼は自分をそのように仕立て上げて、世間の同情を買うつもりだったのだろうが…。
残念ながら、社交界は、そんなに甘い場所ではない。
これから先、彼は、伯爵令嬢を公の場で侮辱した最低な男として、長く語り継がれる事になるだろう。
「彼女に責任はない。悪いのは全て僕だ…皆さん、それを忘れないでください…!」
わざわざ念を押さなくても、社交界の皆さんは、決して忘れてはくれないだろう。
とりあえず、これ以上彼の三文芝居に付き合う義理もないので、私はここで退散する事にした。
「…分かりました。では両親にこの事を伝えておきます」
「…おお。分かってくれたか、イザベラ…」
彼を無視して、私は会場の皆さんに笑顔を向けた。
「…では、皆様、ごきげんよう」
固唾をのんで見守る周囲の人々に、完璧なお辞儀をしてから、私は大広間を出て行った。
「待って、ベラ」
長い廊下を早足で歩いて行く私に、声を掛ける者がいた。
「…あら、ウィル…」
振り返った先にいたのは、レスター伯爵家の息子のウィルだった。
「…酷い目に遭ったね、大丈夫かい?」
「…大丈夫じゃないわよ」
私の素っ気ない返事に、彼は困ったように微笑んだ。
「…ははっ、それもそうだね」
私達は、長い廊下を並んで歩きだした。
「帰るなら、送って行くよ」
「いいの?」
彼は、ひとりでここに来たのだろうか。
ウィルは肩をすくめた。
「一緒に来たご令嬢が、他の人に取られちゃったんだ。今夜はツイてないから、
もう帰ろうと思っていたところなんだよ」
「…まあ」
私はウィルの言葉に、くすりと笑った。
「イザベラさん、何かあったんですか?」
スティーブは、私が出かける前とは、違う馬車で帰って来た事に驚いていた。
「…うん、ちょっとね。送ってくれてありがとう、ウィル」
「おやすみ、ベラ」
ウィルが帰った後、さっそく家族会議が開かれた。
「…何て奴だ。イザベラさんに恥をかかせるとは…許せん!」
スティーブが、拳を握りしめて、家から飛び出して行こうとする。
私達姉妹は、興奮する兄を必死で止めた。
「スティーブ、落ち着いて。まずはこれからどうするか考えないと」
お母様の言葉を聞いたスティーブは、静かになった。
「とにかく、婚約を解消したい、というあちらの要望は分かった。…イザベラはそれでいいのか?」
お父様に聞かれて、私は頷いた。
「はい。あの方の顔は、もう二度と見たくありません」
「…そうか。では、明日にでも、先方と話を付けて来る」
「旦那様、俺も行きます」
「スティーブは駄目だ。お前は、あの男を見ても絶対に手を出さない、と誓えるか?」
お父様の言葉に、スティーブはぐっと詰まってしまった。
「…それは、無理です」
「そうだろう?だから、今回は遠慮してくれ」
明日の段取りが付いた後、私は寝室に上がって行った。
妹達が、あとから追いかけてくる。
「イザベラお姉様、元気出して」
「私が一緒にいたら、パンチの一つもお見舞いしてやったのに」
妹達が私の事を思ってくれるのは、嬉しかった。
でも今は、一人になりたかった。
「…ありがとう。今日は色々あって疲れたから、もう寝るわ」
私はそう言ってベッドに潜り込んだ。
余程疲れていたのか、私は布団をかぶった途端に、眠りの世界へと引き込まれていった。
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