第4話 魔術師を狩る者、彼女の名は
少女の名前は間宮亜音(まみや あのん)。
彼女は、間宮家に怨恨のある者から日々襲撃を受けながら、学生生活を送っていた。
間宮は元々“
時には朝廷、時には豪族、そして時には権力を得た荘園領主から依頼を受け、みな“平等”に仕事をこなした。
その為、間宮一族に恨みを持っているものは多く、史実上は残らない裏社会、現代に至ってもいわゆる“ヤクザ”、“右翼”、“永田町”、等々、裏社会での抗争に手を貸していた。
しかし、世界的な裏社会の多様化によって、そこに財閥や宗教法人、社団法人、私設軍事企業、その他諸々の団体が混ざり込み、今や力の均衡は完全に崩れていた。混沌と化した裏社会の中で、カネや軍事力、社会的な地位の高いものは生き残り、弱いものは淘汰されていった。間宮一族も後者の1つであった。
今や間宮一族として裏社会に広く名前が知れ渡っているのは亜音だけ。時々襲撃に来るのは、決まって昔受けた暗殺依頼を愚直にこなす請け負い魔術師だけ。亜音の持つ魔力と武力にとって、彼等は無力に等しい。
***
そして亜音はもう1つの顔を持っている。
自らも、無差別殺人と言ったこの世に蔓延る“悪”を倒していた。
ニュースで取り上げられる、犯人不明や逃走中の事件。ほとんどの場合は暴力団関係の抗争なのだが、時にそこに裏社会の連中が絡む厄介なものもある。魔術師や呪術師の仕業は大体がそれだ。
彼女はそのような事件を求めている。それは1つの個人的な約束の為に。
***
10月初旬。
高校の制服も冬服に変わり、風もやや冷たくなってきた。亜音は変わらず、学生、迎撃、スナイパーの“3足のわらじ”を履く生活を続けていた。
自らに掛けた魔術によって、友人や知人は相変わらずいないが、一般人を巻き込むわけにはいかない。孤独の守護者として生活を続けていた。
『
彼女は今日も分厚いハードカバーの洋書を開き、教室の隅で肩肘をつきながら眺めている。
洋書は所謂“魔導書”と呼ばれるもので、彼女はこの本を眺めることで様々な魔術を習得している。
眺めるだけで、意味を理解する必要はない。
字を書く時に、“紙の表面の凸凹に、鉛の芯を削らせてその粉を付着させる”などと誰も考えないように。
それは亜音に流れた間宮の血が持つ特別な能力。
「キミは魔力量は非常に高いが、使い方が分かっていない」
かつて、魔術士の先輩に言われ渡された魔導書。
今では、彼女が生活を送るために欠かせない物となっていた。
***
『近付いている……』
魔導書のおかげで、襲撃に来る魔術師の察知能力も備わった。今は半径1kmほどの範囲だろうか。少なくとも、学校の教室で察知してから教師に体調不良を訴えて早退し、正門を出た時でも充分に余裕がある距離だ。
今日も正門から出て、魔術師の反応と反対側に向かって歩く。一定の距離を保ちつつ、所々で道を曲がり
『今日は2人……』
アサルトライフルの入ったスポーツバッグは持ってきていない。脇のコルトに収めた7発と、鞄の中の予備マガジン3本。それと自身の持つ魔術。
亜音はコンパクトミラーを取り出して後方を確認した。『1人』。もう1人は、この先にある商店街の方向。2人の魔術師との距離と道順を考えながら、徐々に工場地帯に向かって歩いていく。やがて、魔術師の反応は2つとも彼女の真後ろの方向に重なった。
目の前にはいつもの廃工場。
もう一度、サプレッサーを出しつつミラーで後方を確認する。
一瞬だが彼女の手が震えた。影が3つに増えていた。2つは黒いローブを被ったいつもの魔術師だが、その少し後ろに2mは優に超える大きな角の生えた2足歩行の牛の悪魔のような影。
ーー“
神に仕える司祭によって召喚された、完全に人とは違う存在。魔力とは違い自然の力を使うため魔術反応が無い。魔術師たちも亜音に集中しており背後の存在に気付いていない。
神魔は両手を振り上げると、一気に2人の魔術師の頭部を目掛けてその鋭い爪を振り下ろした。
爪は一瞬で2人の頭部を砕き、そのままの勢いで腰まで引き裂く。魔術師たちは自分に何があったかを知る間もなく、人のかたちを失った。
亜音はサプレッサーを鞄と一緒に地面に置き、なりふり構わず発砲した。しかし神魔は両手を顔の前に交差させて防御態勢を取る。弾丸は全て弾き返された。
亜音は手元でマガジンを交換しつつ呟く。「幽闇よ、我を喰らえ」。己の姿を消す魔術。
そして踵を返し廃工場の中に飛び込んだ。
***
廃工場の一番奥の部屋で息を潜める。恐らく過去には職員の事務室として使われていた部屋のようだ。勤務表と思われる黒板。シンクとひび割れた湯飲みが2つ。西日が眩しく照らす。
『ズシン……』
地面に伝わる振動に、黒板が揺れホコリがパラパラと落ちる。ミラー越しに入り口を覗き見る。ヤツが入ってきた。
『ベキベキベキ』
入り口付近の崩れた木材を踏んだのだろう。
先ほどの詠唱で亜音の姿は見えなくなっているはず。だが神魔に効く確証はない。亜音は一度深呼吸をして、神魔の前にゆっくりと歩み出た。
『大丈夫。見えてない』
そのまま音を立てずに、一定の距離を保ちながら摺り足で移動する。神魔の周りをゆっくりと、足元に気をつけながら背後に回り込む。そしてそっとコルトの照準を神魔の後頭部に合わせた。
次の瞬間、『パキッ』と背後で音が鳴った。神魔が勢いよく振り向くと同時に連射する。
弾丸は全て神魔の後頭部と側頭部に命中した。
「ゴガアァァァァァァ!!」と叫びながら、まだなお血の噴き出る頭部を押さえて亜音を睨む。
彼女はすぐに次のマガジンに交換し、今度は太ももを狙った。そのまま両膝をついて両手を地面に付けたが、まだ死なない。ただ顔面はガラ空きになった。マガジン内に残った弾丸で眉間を撃ち抜く。ようやく神魔は頭を突っ伏して倒れ込んだ。
亜音はすぐに後ろを振り向く。
神魔に気付かれるきっかけになった、あの音の主は……。そこには誰もいなかった。神魔の生死確認もそこそこに、急いで鞄を取って足早にその場を離れる。
『きっと大丈夫』と自分に言い聞かせながら。
彼女の手は震えていた。
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